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キーと言ってハンカチを噛むやつはいつ誰が始めたのか

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 グランヴィル伯爵がおそらく善人であろう事はわかった。

 が。それだけでは足りない。

 今この場で俺に嘘をつき、何かを隠そうとしているのも、また間違いのない事実だから。
 そんな人物に、陛下の大切な秘密を共有する事を許していいものだろうか。
 
 「伯爵、あなたは何を隠しているんです? 俺と陛下の為に尽力すると言っておきながら、こちらの質問には真摯に応じて頂けない。これでは大切な陛下の……秘密のメンバーにお迎えする事など、出来ません」

 睨んでいる、と受け取られても致し方ない鋭い視線を、伯爵に向ける。
 そんな俺と伯爵の間に、申し訳なさそうな顔で割って入るソレリ様。

 「申し訳ありません、レオナルド様。伯爵には言いたくても言えない事情があるのです。決して破ってはいけない、掟のために――」

 『掟』――。

 再び出てきたそのワードに、いささかげんなりとしてしまう。

 「一体何なのですか、その掟とは……それも、お話し頂けない……のですよね?」

 「……ごめんなさい」

 心苦しそうな顔でうつむくソレリ様。伯爵はそんなフィアンセの手を握り、真剣な表情で俺を見る。

 「レノックス君……詳細を口にする事が許されているのは、限られた人間だけなんだ。どうか自力でたどりついて欲しい。真実に。君が後継者ならば、きっと御父上が鍵を残してくださっている」

 「父は……紅薔薇の秘密を突き止めろと……さもなくば、私が爵位を継ぐ事を許さないと、遺言を残していたのです。最近知った事ですが。あなた方がおっしゃる掟とは、その紅薔薇の秘密と関係があるのですか?」

 「……紅薔薇の受領者を調べてください。御父上の遺言を果たす事が、陛下をお救いすることにも繋がる。今の私が言えるのは……それだけなんだ。面目ない……」

 頭を下げる伯爵の後頭部を見ていたら、思わせぶりな事を言いながらも核心には触れてくれない彼への怒りは、静かに消えて行った。

 きっと、これが伯爵の限界なのだ。
 『掟』とやらに自由を奪われながらも、許す範囲で俺や陛下の力になろうとしてくれている。
 そう、感じたから。

 「いえ……ヒントを頂きありがとうございます。あなたをクイーンズ・ソルジャーに加わる件に関しては……女王陛下にご相談の上、お返事させて頂くという事で……よろしいでしょうか?」

 「ええ、勿論。よろしくお願いします」

 ホッとしたような伯爵の笑顔を見ながら、この件をご相談した時の、ローラ様の反応を想像する。

 どれ程驚かれるだろうか。

 妹の様に可愛がって来られたソレリ様が、あのグランヴィル伯爵と婚約しただなんて。

 『年下の従妹に先を越されるなんて焦る~! 私も早く結婚しなきゃ!』

 なんて……陛下が俺との交際を前倒しで始めたくなるような、着火剤になってくれればいいのに……。

 聡明なあの方に限って、そんな事はあり得ないとわかってはいるけれど。
 目の前で手を握り合うお二人は、既にあんな事やこんな事を致しているのだろうかと思うと……

 ハンカチを噛みたくなる程に羨ましくなってしまった俺には、そんな淡い願望を抱く事しか出来なかった。
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