女王様に恋する騎士は身分違いに悩むが、問題はそこではなかった

杏 みん

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ワンコが嬉しい時にしっぽを振るのは反射なのか故意なのか

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 「そうか、やはりハドソン君は君達の同期だったんだね」

 「はい。あいつが医者だって事も、侍医一族の跡取りだって事も、俺は全然知ってました。レオと違って」

 伯爵から明かされた、元同級生の素性には驚いたが――。
 呆れたように俺を横目で見るアランの言葉に、驚きに拍車がかかる。

 「知っていたなら、なぜ教えてくれなかったんだ、アラン……!」

 「いや、クリスの家柄なんて話題になった事なかったし。そもそも、あいつの経歴とか家柄とか……騎士団で知らねぇの、お前位だからな? 超絶エリートで有名なクリス・ハドソンの存在自体覚えてなかった奴に言っても仕方ねえけど」

 「そ、存在自体覚えてなかった? 同じ教室で青春を共にした、友人の事を……?」

 若干引いたような目で、俺を見る伯爵。
 なんだか自分が非常な人間だと言われているようで、必死に弁解したくなってしまう。
 
 「違うんです伯爵! 俺はその……決して薄情だとか、常識や記憶力に乏しい人間というわけでは無く! 俺の頭はいつだって陛下の事でいっぱいで! ローラ様についてならば、どんな細かな事も記憶しています! 試しに、適当な日にちを言ってみて貰えますか?」

 「え? 日にち?」

 「俺がお会いした日であれば、陛下がどこで何をしていたか、完璧に答えられます!」
 
 「うわ、気持ちワル……っ」

 「気持ち悪くなど無い! 多忙な君主の行動や健康状態をご本人に代わり記憶しておくのは、護衛騎士の重要な仕事だ!」

 「いやお前、護衛騎士になる前から陛下に関する記憶力は病的によかったじゃん。着ていたドレス、アクセサリーから、食事の内容まで……健康状態とやらに関係ねぇ事も全部覚えてて。俺は何度鳥肌が立ったことか」

 「食事やお召し物が健康に関係ないだと? 呆れた! 本当にお前は無知だなアラン!」 

 グロテスクな昆虫を見るような視線を俺に向けるジェニーとアランに、全力で反論する。
 
 「女性というのは食事や衣類によって、全身の浮腫み具合がまるで違ってくるんだ! 塩分と炭水化物の多いパスタを召し上がり、更に座りっぱなし立ちっぱなしの公務が続いた日の翌日なんてヒドイぞ!? 顔なんて瞼まで腫れて、二重の幅が変ってしまう程だ! それにウエストがキツめのドレスを着たりしたら……コルセットでうっ滞した水分が全て下半身に溜まって、靴が悲鳴をあげるのでは無いかという位、脚もパンパンになる! そういう日の陛下はすごく不機嫌なんだ! いや不機嫌と言っても、陛下は人間が出来ておいでだから、人に当たり散らすような真似はなさらないが! ヒールがカーペットに引っかかっただけで、舌打ちをなさって……それがまた、お傍に控えている俺にしか聞こえない位のささやかな、けれど何とも言え無いいやらしい音なんだよ! 陛下の小さなお口の中で、ねっとりとした官能的な舌が、どんな風に動いてあの音が出ているのかと思うと……それだけで俺はもう……!」

 「伯爵、医療衛生の専門家として、クリス・ハドソンを迎え入れられないか……という質問でしたね? 私が代わりにお答えします」

 なぜか顔を赤らめて俺の話を遮り、こちらを睨み付ける陛下。
 おかしいな。今日は顔も足も浮腫んで無いし、さほどタイトなドレスも着ていらっしゃらないのに。どうして急にご機嫌ナナメになってしまったのか……。

 「彼が協力してくれる可能性は低いと思うわ。クリスはレオに良い感情を持っていないらしいの。理由はわからないけれど……だから……」

 「そうなのですか? それは……意外です。御父上同士は仲が良かったと聞いておりましたので……てっきり息子である君達も……」

 「仲が良かった? 俺の父と、クリスの父親が、ですか?」

 伯爵によって明らかにされた意外な交友関係に、少々くどめに確認をしてしまう。

 「ああ。親交があったようだよ。聞いた事が無いかい? 君の母君が、いつまでも若すぎて心配……という理由で、医者にかかった事があると。その時、母君を診たのが先代のハドソン先生……クリス・ハドソン君の父君だよ。レノックス伯爵から相談を受けて、往診したらしい」

 知らなかった。

 父は親しい友人は必ずと言っていい程家族に紹介してくれていたのに。俺は、ハドソン侯爵に引き合わされた覚えが無い。

 「伯爵はなぜそんな……息子の俺ですら知らなかった父の交友関係をご存知なのですか?」

 「知らなかったぁ? また忘れてるだけなんじゃねえの?」

 皮肉めいた笑みを浮かべながら、茶々を入れてくるアラン。しかし伯爵は、奴の推測に賛同せずに答えた。

 「社交界で耳にした話だよ。生前は、お二人が親しい仲だとは知らなかったんだが……5年前の今頃、父君達が亡くなられた時、様々な情報が飛び交って。人が死ぬと、故人について語る人々が多くなるだろう? それで……」

 「ちょっと待ってください、5年前って……クリスの父君も、俺の父と同時期に亡くなっているんですか?」
 
 伯爵が、あまりにもサラリと言うものだから。俺もサラリと聞き流しそうになってしまったけれど。
 元クラスメイトの父親が、実は俺の父と友人で、しかも同時期に死んでいる。
 
 何とも気味が悪い偶然に、俺は思わず顔をしかめた。

 しかし、この偶然は父達二人だけに限った事では無かったようで――

 「あら偶然! あたしの母親が亡くなったのも5年前よ」

 まず最初に会話に入り込んできたのはジェニー。
 純粋に驚いている様子の彼女を見る限り、特に深い意味の無い発言だったのだろうが……彼女の言葉を聞いた同期の桜は、引きつった笑顔を浮かべた。

 「……嘘だろ……俺の親父が死んだのも、ちょうど5年前だぜ……?」

 静まり返る恵みの間。

 反射的に見合う、俺とローラ様。

 「……単なる偶然というには……出来過ぎているわね……」

 「ええ。それに……陛下、彼らには死期以外にも共通点があります」

 『共通点?』と、オウム返しをしながら首を傾げる陛下から視線を外し、俺はグランヴィル伯爵を見た。
 何か重要な事を知っているけれど、言えない。そんな葛藤の滲ませながら、俺達のやりとりを見守っていた、彼の顔を。

 「伯爵、教えて下さい。クリスの父上……ハドソン侯爵は、紅薔薇の受領者でしたか? 俺やアランの父……そしてジェニーの母君と同じように」

 「――ああ。君の言う通りだ」

 心なしか嬉しそうに頷く伯爵を見て――

 俺は、『紅薔薇の秘密』とやらのしっぽに触れたような……確かな手ごたえを感じていた。
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