女王様に恋する騎士は身分違いに悩むが、問題はそこではなかった

杏 みん

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多いとうっとおしいが、なければ飢えるのが愛と雨

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 海沿いのこの村では、王都やノースリーフよりもずっと、雨音が激しく感じられる。
 
 雨粒は海の水面目がけて、空から垂直に降り注ぐ。
 水と水がぶつかる音は、水が地面に打ち付ける音よりも大きいから。

 だから、サロイド村に来たばかりの頃は、耳では大雨と推測したが、目視すると小雨であった。という経験を何度かしたものだ。

 けれど……今この村を襲っているのは、大雨。というか、豪雨レベルのものだろう。
 
 もしかして嵐が来るのだろうか。
 
 たった今クリスティーナが放った言葉のように、人の心を乱す程の……大嵐が。


 「あの女……というのはローラ様の事だろう? ローラ様を救う為に、俺の父が君のお父上を呼んだというのは一体どういう――」

 「……怖い顔。相変わらず、あの女の事となると目の色が変わるのね。まだ忘れられないなら、帰ればいいのに。女王の元へ」

 頬杖をついて、小悪魔的な笑みを浮かべるクリスティーナ。

 「俺は王都では人殺しだ」

 「私を突き出せば、冤罪だとわかるでしょ?」

 「そうしたら、君とクリスは破滅する。愛してくれる人は大切だと言っただろう。陥れる事はしたくない」

 「……お人好し過ぎ。その上バカ過ぎ」

 呆れたようにため息を吐く彼女に、俺はらしくも無くイラっとしてしまった。

 「君達兄妹を想っての事だ。そんな風に言われるのは心外だな」

 「っていうか、あなたって結局私の事どう思ってるの? 私があなたを好きだから、ぞんざいに扱えないだけ?」

 クリスティーナは不満気に眉間に皺を寄せて、ワカメスープをすくっていたスプーンを俺の方へ向けた。
 名家のお嬢様とは思えない、行儀の悪い行為。

 だがなぜだろう。美麗な容姿とのギャップに、少々胸が高鳴ってしまう。

 「待て、そもそも今はそんな話をしていたのでは……」

 「私にとっては大事な問題よ。これだけ誘惑し続けても、指一本触れて来ないって事は、もう脈無しだと諦めた方がいいの?」

 「ゆ、指一本どころか、キ、キスをしただろう! それに、ハグだって毎日されているし……」

 「もう! 指一本ていうのは言葉のあやよ! まったく困っちゃう! ホントに頭が固いっていうか真面目っていうか……好きだけど! そういう所可愛くて、本当に大好きだけど!」

 困ってしまうのは、こちらの方だ。

 上等な玉の輿にすら、容易く乗れてしまいそうな美貌の女性に、そんな風に頬を膨らませられたら……たまったものじゃない。

 誰をも虜にする容姿。素直で飾らないキュートなこの性格。

 俺は王都にいる頃、それこそ困ってしまう位にモテていたが……どの女性に愛を告白されても、こんな気持ちになる事はなかった。

 それは既に、ローラ様という想い人がいたから……だと思っていたが。
 クリスティーナのようなレディーに出会っていたら……違ったのかもしれない。

 そんな事を考えてしまう位に、俺は彼女に惹かれていた。
 
 「……女王に未練がある事位わかってる。あなたから全てを奪った私を、妻にするなんて簡単じゃないって事も……。でもね、苦しくなってきたの。最初は、ただあなたの傍にいられたらそれでいいって思っていたけど……一緒にいると、どうしても期待して、辛くなる。だからはっきり言ってくれない? 今後どれだけ待っても、あなたが私を愛してくれる事は……無いの?」

 テーブルに置いた俺の手を、ぎゅっと握るクリスティーナ。
 哀願するような目で、俺を見つめる。
 
 つまらない自尊心を守る為の、駆け引きなんてしない。
 ただ純粋に、素直に、愛を乞うてくるその姿。
 健気過ぎる。そして可愛過ぎる。

 全然アリだ。全然好きだ。全然触れたい。
 指一本どころか、俺の全身を、彼女の全身にねっとりとしっかりと、当てこすりたい。

 だが……そんな欲望には、蓋をしておかなくては。

 「すまない、クリスティーナ。君の気持ちには応えられないんだ。でも……でも、叶うならば……」

 「叶うならば?」

 続く言葉を訪ねてくる。上目づかいで、少し小首を傾けて。
 キュートが過ぎて、理性が機能不全に陥りそうだ。本音と建て前を使い分ける事が出来ない。
 
 こうなったらもう、前々から思っていた事を正直に言ってしまおう。

 「叶うならば、俺の事は好きでい続けて欲しい! ローラ様以外の女性に想われる事が、こんなにも心地良いと感じたのは初めてなんだ! それはきっと君の容姿や性格がゴリゴリに俺の好みだこらで……! だからといって、結婚だとか、今は考えられないのだが……他の男に乗り換えるのはやめてほしい! 俺は君のものにはなれないけれど、君にはずっと俺のものでいてほしいんだ!」

 次の瞬間、俺の視界は真っ白になった。

 「さいってー……」

 クリスティーナが投げつけた、白いナフキンが顔にかかったのだ。

 「それ、大抵の男が持ってる、身勝手な独占欲ってやつよ! 世間一般の常識人なら、そんな事思ってても口に出せないの! なのに……ああもう! 言っていい事と悪い事の区別もつかない、途方も無い程のバカ!! モラルもデリカシーも無視した真っ直ぐさ!! あなたのそういう所が、私はたまらなく好きなのよ!!」

 そう言うと、クリスティーナはナフキンが床に落ちるよりも早く、俺を抱きしめた。
 座っている俺の顔面に、自分の胸を押し当てるような形で。

 これも彼女の色仕掛け作戦だろうか。だとしたらばっちり大成功だ。

 「も、もう我慢出来ない!! クリスティーナ……!!」

 鼻腔を塞ぐちょうど良い乳を前に、俺の中の何かが爆ぜ……俺はクリスティーナの肩を鷲掴みにした。

 が、しかし。その直後――


 「え!? きゃああぁ!!」

 ダッシュで去って行く理性の足音と、窓ガラスを叩く雨音を聞きながら……

 俺は意識を失ったのだ。
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