99 / 105
恋人の前で異性を褒めるのはジェラシー誘発が目的の事が大半
しおりを挟む
ローラ様とクリスティーナの壮絶な戦いの終盤で、俺は再び意識を失ってしまった。
「レオ、レオ! しっかりして……!」
「陛下……」
次に目覚めた時、目の前には涙目のローラ様がいらして。窓の外はもう暗くなっていた。
といっても、昨夜から降っている大雨のせいで、朝から曇天ではあったけれど。
「泣いて、いらっしゃるのですか……」
「だって、ようやくあなたに会えたと思ったら……こんな、瀕死の状態で!」
次々とあふれる涙を拭う事もせず、ローラ様は俺の手を両手で強く握った。
「ここで住民と同じ暮らしを送っていれば……俺も……彼らと同じように体調を崩すかもと……それで……」
「自分を実験台にして、調査をしていたのでしょう? ジェニーを連絡係にして、アラン君や、伯爵の協力も得ながら……」
ああそうか。この村にいらしたという事は、陛下は全てご存知なのだ。
全てが終わるまで、陛下には秘密にしてほしいと……あの3人には言っておいたけれど。
「はい。仕事や食生活や、毎日の暮らし……住民の模倣をしたら、こうして見事に倒れてしまいました」
「……クリスに、ハドソン一族の全医師をここへ向かわせるよう命じたわ。すぐに住民達の診察と検査が始まる。これまであなたが集めてくれた情報を元に、本格的な調査が出来るのよ。大丈夫、きっと助かるわ。あなたも、村の皆さんも」
「……陛下、どうかクリスティーナに寛大な処置を」
俺が彼女の名を口にした途端、陛下の陶器のように滑らかな眉間に、皺が寄った。
「まず言う事がそれなの? 相手はあなたを陥れて、全てを奪った女なのに? そもそもクリスティーナがクリスだと気付いた時点で、なぜ――」
「狂言失踪を企て、レノックス家を没落させたなんて公になったら、彼女も彼女の家も終わりです。慈悲深い陛下ならば、そんな事は望まれないかと」
「……ではつまり、あなたがクリスを告発せず、夫婦ごっこをしていたのは私の為だと?」
強張っていたローラ様の表情が、心なしか柔らかになった。
しかし……
「ええ。それに、彼女が俺を本当に愛してくれているのは感じましたし。自分を想ってくれる人は大切にしなくてはと……」
俺がそう言うと、外の空と同じように、再び曇り模様になる美顔。
「……そう。そうよね、あなたはそういう人よね」
なぜだろうと不思議に思いながらも、俺はクリスティーナの擁護を続けた。
「陛下、クリスティーナは決して悪人ではありません。子供達の面倒もよくみてくれて、村の皆から愛されています。夜中に彼女が付け毛を外して、クリスになっているのを見た時は驚きましたが……。王都での性悪騎士と同一人物とは思えない程、朗らかで、飾らず、心根の優しい女性なのです。恐らく、それがクリスティーナの本質ではないかと。それに、クリスティーナは優秀な医師でもあります。今までは性別を偽っていましたが、今後は史上初の女性侍医として活躍してくれるでしょう。あの美貌とボンキュボンのパーフェクトスタイルを持つ彼女ならば、多くの人の注目を浴びるに違いありません。そうしたら、陛下が目指していらっしゃる女性の社会進出の」
「やめて」
「は……?」
まだ話の途中だったのに。
ローラ様はピシャリと俺の話を遮ると、俺の胸元に顔をうずめた。
「クリスティーナを責めなかったのも、恋人のフリをして一緒に過ごしていたのも、全部全部私の為だった……。そういう事にしておいてちょうだい。じゃなきゃ……今よりもっとずっと、おかしくなりそう」
涙の後の、少し鼻がかった声。
なぜ陛下がそんな事をおっしゃるのか……その真意はいまいちわからなかったけれど。
摘みたての花のような甘い香りも、ブランケット越しに伝わってくる温もりも、本当に久しぶりだったから――愛おしさで、胸がいっぱいになってしまって。
「……はい」
とりあえずそう答えてから……仰向けに寝たまま、力の入らない手でローラ様の頭を撫でた。
「ローラ様……またお会い出来て……本当に嬉しいです」
「私もよ……」
俺の心臓の鼓動を確かめるように、ピタリとくっついてくる、ローラ様。
数か月ぶりの俺を、噛みしめて下さっているのだ。
会いたかった。寂しかった。不安だった。心配だった。
そんな陛下の想いが、心から心へ、流れ込むように伝わって来て……
「申し訳ありません。あなたに、辛い想いをさせて……」
本当はもっと強く固く、目の前の愛おしいお方を抱きしめたいけれど。
今の俺には、叶わない。
俺は馬鹿だった。
この村に来てからも、ローラ様を忘れた事など無かったものの。
少しだけ……ほんの少しだけ、クリスティーナにぐらりと来てしまったのは事実。
未知の世界への招待状かのような、濃厚なキスをされた時。
空の雲に包まれたらこんな感じかなという程の、ふわふわ豊乳に顔をうずめた時。
あやうく、俺の将軍が立ち上がり、暴れ出してしまう所だったのだ。
そんな事、陛下には絶対に言えないけれど。
「いいのよ、あなただって相当辛い想いをしたでしょう? そうとも知らずに私は……クリスティーナとの仲を疑って、あなたを忘れようとしていた。本当にごめんなさい。二人の間には、やましい事は何もなかったのに……そうよね?」
「え」
……言えない、けれども。
尋ねられたら、嘘はつけない。
「へ、陛下、実は……」
その後――
愛する人に乱打され、再び薄れゆく意識の向こう側で……
死んだ筈の父が、『ローラ様を鍛えたのは間違いだったな』と、笑うのが見えた気がした。
「レオ、レオ! しっかりして……!」
「陛下……」
次に目覚めた時、目の前には涙目のローラ様がいらして。窓の外はもう暗くなっていた。
といっても、昨夜から降っている大雨のせいで、朝から曇天ではあったけれど。
「泣いて、いらっしゃるのですか……」
「だって、ようやくあなたに会えたと思ったら……こんな、瀕死の状態で!」
次々とあふれる涙を拭う事もせず、ローラ様は俺の手を両手で強く握った。
「ここで住民と同じ暮らしを送っていれば……俺も……彼らと同じように体調を崩すかもと……それで……」
「自分を実験台にして、調査をしていたのでしょう? ジェニーを連絡係にして、アラン君や、伯爵の協力も得ながら……」
ああそうか。この村にいらしたという事は、陛下は全てご存知なのだ。
全てが終わるまで、陛下には秘密にしてほしいと……あの3人には言っておいたけれど。
「はい。仕事や食生活や、毎日の暮らし……住民の模倣をしたら、こうして見事に倒れてしまいました」
「……クリスに、ハドソン一族の全医師をここへ向かわせるよう命じたわ。すぐに住民達の診察と検査が始まる。これまであなたが集めてくれた情報を元に、本格的な調査が出来るのよ。大丈夫、きっと助かるわ。あなたも、村の皆さんも」
「……陛下、どうかクリスティーナに寛大な処置を」
俺が彼女の名を口にした途端、陛下の陶器のように滑らかな眉間に、皺が寄った。
「まず言う事がそれなの? 相手はあなたを陥れて、全てを奪った女なのに? そもそもクリスティーナがクリスだと気付いた時点で、なぜ――」
「狂言失踪を企て、レノックス家を没落させたなんて公になったら、彼女も彼女の家も終わりです。慈悲深い陛下ならば、そんな事は望まれないかと」
「……ではつまり、あなたがクリスを告発せず、夫婦ごっこをしていたのは私の為だと?」
強張っていたローラ様の表情が、心なしか柔らかになった。
しかし……
「ええ。それに、彼女が俺を本当に愛してくれているのは感じましたし。自分を想ってくれる人は大切にしなくてはと……」
俺がそう言うと、外の空と同じように、再び曇り模様になる美顔。
「……そう。そうよね、あなたはそういう人よね」
なぜだろうと不思議に思いながらも、俺はクリスティーナの擁護を続けた。
「陛下、クリスティーナは決して悪人ではありません。子供達の面倒もよくみてくれて、村の皆から愛されています。夜中に彼女が付け毛を外して、クリスになっているのを見た時は驚きましたが……。王都での性悪騎士と同一人物とは思えない程、朗らかで、飾らず、心根の優しい女性なのです。恐らく、それがクリスティーナの本質ではないかと。それに、クリスティーナは優秀な医師でもあります。今までは性別を偽っていましたが、今後は史上初の女性侍医として活躍してくれるでしょう。あの美貌とボンキュボンのパーフェクトスタイルを持つ彼女ならば、多くの人の注目を浴びるに違いありません。そうしたら、陛下が目指していらっしゃる女性の社会進出の」
「やめて」
「は……?」
まだ話の途中だったのに。
ローラ様はピシャリと俺の話を遮ると、俺の胸元に顔をうずめた。
「クリスティーナを責めなかったのも、恋人のフリをして一緒に過ごしていたのも、全部全部私の為だった……。そういう事にしておいてちょうだい。じゃなきゃ……今よりもっとずっと、おかしくなりそう」
涙の後の、少し鼻がかった声。
なぜ陛下がそんな事をおっしゃるのか……その真意はいまいちわからなかったけれど。
摘みたての花のような甘い香りも、ブランケット越しに伝わってくる温もりも、本当に久しぶりだったから――愛おしさで、胸がいっぱいになってしまって。
「……はい」
とりあえずそう答えてから……仰向けに寝たまま、力の入らない手でローラ様の頭を撫でた。
「ローラ様……またお会い出来て……本当に嬉しいです」
「私もよ……」
俺の心臓の鼓動を確かめるように、ピタリとくっついてくる、ローラ様。
数か月ぶりの俺を、噛みしめて下さっているのだ。
会いたかった。寂しかった。不安だった。心配だった。
そんな陛下の想いが、心から心へ、流れ込むように伝わって来て……
「申し訳ありません。あなたに、辛い想いをさせて……」
本当はもっと強く固く、目の前の愛おしいお方を抱きしめたいけれど。
今の俺には、叶わない。
俺は馬鹿だった。
この村に来てからも、ローラ様を忘れた事など無かったものの。
少しだけ……ほんの少しだけ、クリスティーナにぐらりと来てしまったのは事実。
未知の世界への招待状かのような、濃厚なキスをされた時。
空の雲に包まれたらこんな感じかなという程の、ふわふわ豊乳に顔をうずめた時。
あやうく、俺の将軍が立ち上がり、暴れ出してしまう所だったのだ。
そんな事、陛下には絶対に言えないけれど。
「いいのよ、あなただって相当辛い想いをしたでしょう? そうとも知らずに私は……クリスティーナとの仲を疑って、あなたを忘れようとしていた。本当にごめんなさい。二人の間には、やましい事は何もなかったのに……そうよね?」
「え」
……言えない、けれども。
尋ねられたら、嘘はつけない。
「へ、陛下、実は……」
その後――
愛する人に乱打され、再び薄れゆく意識の向こう側で……
死んだ筈の父が、『ローラ様を鍛えたのは間違いだったな』と、笑うのが見えた気がした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
35
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる