【完結】うるさい犬ほど、よく懐く

兎沢にこり

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第2話

2


今このトンチキ野郎はなんて言った?
好き?……聞き間違いだよな。
コイツ今、俺に告白したのか?

中坊の時はバンドで有名だったから、先輩後輩に至るまで瀬戸を放課後呼び出した。
体育館裏、駐輪場、誰もいない教室等々。
他校の女子なんかにも瀬戸のファンクラブはあったようで、差し入れももらったりしていた。
それだけモテていた。人生一番のモテ期というやつだ。
しかし瀬戸自身、恋にうつつを抜かす余裕なんかなく、ずっと歌詞を書いたり楽器の練習をしたりで、彼女がいた経験はない。
だからこそ、告白を断った経験は異様に高かった。

たとえ、初対面で大泣きぶちかます変人だとしても。
自分よりタッパのある男子だとしてもだ。

瀬戸は過去のトライアンドエラーを思い出しながら、男に向き合う。
額に触れていた髪を払うように顔を動かしてから、口を開いた。

「勇気を出してくれてありがとう。でも、君とは付き合えない。ごめんな」

塩らしく、眉根を寄せる。
百点満点の憂い顔で男を見つめた。

「せ、先輩……えっと、」

しかし、相手の反応が何かおかしい。
何か気まずいことでもあったか?
言い淀みそうな男を再度睨みつける。
シャキっとしろ!の声が聞いているようだ。
早くしろと促すように、顎でしゃくる。

「僕、先輩のこと、そういう風に見ていないんですけど……」
「……そういう?」
「勘違いさせちゃって、ごめんなさい!えっと、好きなのは先輩の歌で、」

ボッと顔から火が出るようだった。
今すぐその場から逃走したくなって体をよじるが、逃さないと男は長い腕を瀬戸の腹に巻きつけた。

「離せ!っこら、くそ一年!」
「離しません!やっと、やっと先輩を見つけたんですからぁー!」

ギリギリ腹を締められて、まだ昼飯を何も入れていないのに何か出てきそうだ。
腕を拳で殴って抵抗する。
しかしタッパの違いは残酷にもデカい。
必死に殴っても痛くも痒くもないみたいで、またも癪に触った。

「分かった!どこも行かないから離せ!出る!」
「本当ですか?約束ですよ?」
「分かったから!」



暴れて乱れたシャツとネクタイを整えて、瀬戸は足を組む。
乾いた喉にバナナ牛乳はよく沁みた。

「で、お前名前は。出身校は」

瀬戸が見下ろした場所。
男は石のベンチのすぐ目の前に、膝をついた状態でいる。
側から見れば下僕と主人以外の何者でもないのだが、瀬戸は今頭が回っていない。
何せ、高い位置から見下ろされたら癪に触る。
そこに座っとけと言われて、男は素直に従っていた。

「真木奏太です。同じ花中でした」

花丘中学校。瀬戸の母校でもある。
文化祭の時に体育館でライブをした事がチラついた。

「マキ」
「はい!」

便宜上、呼んでやっただけなのに。
見えないはずの尻尾が見える気がする。
大型犬のデカいしっぽを、風が立つほどブンブン振って喜んでいる……勿論幻覚だ。

「お前にいい事を教えてやる。俺はもう歌わねぇ」
「え……なんでですか!」

真木は分かりやすく、絶望といった表情だ。
勢いのまま縋りつこうとするから、ステイと手を出して止める。
そうすれば真木の体はピタッと止まり、大人しく従うから、それだけは助かった。
こんなにデカいのに縋られたら、暑苦しくて敵わない。

「中学卒業してから、バントはやめたんだ。気の毒だが、憧れるなら別の奴にしろ」

好かれて悪い気はしないが、コイツの言う"瀬戸先輩"は昔の自分だ。
がむしゃらにやってた頃が、懐かしい。

前はもう少し、周りとも上手くやれてたんだ。
皆に合わせて、バンドして、そりゃ好かれた。
明るくて、とっつきやすくて、優しくて。
ステージの上でも、同じバンド仲間の前でもその姿勢をどうしたって保っていた。

まぁ、最後は酷いもんだったが。

でも今はその肩の荷が降りて、ホッとしている。
無理をしなくなったら、なんかもう、どうでも良くて。
瀬戸は音楽から逃げるように、進学校に来たのに。

やっとあと一年で、ここも卒業だ。
今更、後輩とツルむ気もない。
あっちいけと手のひらを払って、横に放置していたメロンパンの袋を開ける。

「ほら、帰った帰った」
「歌、どうしてやめちゃったんですか」
「……なんでお前に言わなきゃならないの」

ピクリとこめかみが動く。
昔のことを掘りっ返されて、嫌な気持ちだ。
後輩に当たりたくないのに、つい冷たい口が出てしまう。
突き放したいが、傷つけたいわけじゃない。
傷つけたくないから、一人でいたいんだ。

自分が頑張って、曲でも詩でも率先して作れば、仲間は喜んでくれた……最初は。
でも自分が頑張る度に、劣等感で苦しがる奴がいるなんて。
本当は、そんな事気にすんな、ってふんぞり返れば良かった。
だけど、中三の瀬戸にそれは難しかったし、その仲間の声が、傷ついた心にずっと居座っている。

真木を上から下までジロリと見る。
花中に軽音部は無かったし、取り巻きにいた記憶も無い。
母校が同じというだけで、それ以上の接点など見当たらなかった。
しかし、真木は大きな体を震わせながら、上目に瀬戸を見つめる。

「僕、瀬戸先輩が好きだから!」
「だから言い方」
「先輩の歌が本当に好きなんです。僕あの文化祭で完全に落ちました!その為に志望校もここにして」
「お前、何やってんだよ!大事な進路を」
「それだけ、俺は先輩の歌が聞きたかったんです!」

頭が痛くなる。

「先輩が卒業したら、先輩が歌ってる動画も消されちゃうし」
「そらそうだろ。もうやらないんだから」

眉間を抑えて、目の前の馬鹿をどうするか思考する。
頑として、断ることは変わらない。

「とにかく、俺は歌わない。強要すんな」
「うっ、」

強要なんて言われちゃ、それ以上言えなかったんだろう。
口ごもってしまい、しゅんと肩を下げる。
体を小さくして、哀愁漂う仕草は、瀬戸の心臓を抉る。

「……俺が抜けたバンドはまだやってるから、そっち行けよ」

ほんのちょっとの優しさで、促した。
曲もよく出来ていたし、ギターヴォーカルの瀬戸が退いても、組んでいたバンドは解散しなかった。
同じように、楽器と歌が出来る奴が入れば、代替は効くのだ。
別に自分じゃなくてもいい。
そういう気持ちで、言ってやったのに、真木は嫌だと首を振る。

「瀬戸先輩がいいから……また来ます」
「もう来んな」

頭を下げて中庭を後にする後輩は、通り過ぎる生徒が皆振り向くほどの人間である。

「いつまでもつかな」

大きめのメロンパンに齧り付く。
砂糖のジャリジャリした食感が、今日は何故か気になった。
妙に甘ったるくて、喉が渇く。
まさか追いかけてくる程とは。
中学の友人や同じバンドのメンバーだったやつにも、自身の学校は教えなかったと言うのに。

同じクラスの奴と過ごせば、歌わない過去の憧れなど、どうでも良くなる。
食べ終わったメロンパンの袋を潰して、石のベンチに寝転んだ。
鐘がなるまで昼寝をきめこもう。

そのうちすぐ諦めるだろう。
しかしそんな瀬戸の読みは、大いに外れることになるのだ。



次の日、昼休みの鐘が鳴りいつも通り購買に向かう。
しかし、もうその時点でおかしかった。

「瀬戸先輩!奇遇ですね」
「お前、なんで」

隣にピッタリと立って瀬戸と並ぶ大男。
しかも手にはメロンパンとバナナ牛乳を持っている。

「お前なんてやだなぁ~、真木って呼んでください!マキちゃん♡でもいいですよ」
「キッツ」
「酷い!」

そう言いながらも、真木にメロンパンと、バナナ牛乳を押し付けられる。
自分より先に購買部にいること自体が、おかしい。
ここは三階にある一年の教室から、かなり離れている。
学年が上がるごとに、昇降口から教室が近くなる仕組みであるから、逆に三年は一階に教室があるので、購買部は通いやすい。

怠惰な瀬戸は鐘がなり終わる前に教室を出るので、走りはしないが到着は早い。
入ったばかりの一年である真木が、金の音が鳴り終わる前に教室を出るとも思えない。

「真木、お前授業サボったんか」
「サボってどうするんですか、僕不良じゃないですよ」
「だってここに着くのが早すぎるだろう」
「あぁ。階段五段、飛ばしてきました」

真木は長い足を見せつけて揺する。
タッパが違うんだ。同じ人間の枠組みにいれちゃあいけない。

「聞いた俺がおかしかったわ」
「すいません、ちょっと階段の幅が合わなくて」

やっぱり腹が立つ。
そんな瀬戸を気にせず、真木は購買部のマドンナ(マダム)に手を振った。

「いつもコレだって教えてもらったんです!瀬戸先輩は常連さんなんですね」
「仕方ねぇだろ、弁当なんて作れないし……っていいんだよ!お前なんでここに居るんだ」
「え?瀬戸先輩とお昼したいなって」
「約束してないぞ」
「はい。約束してないんで」
「俺は静かに食べたい」
「やだなー。食べてる時は僕も黙りますって」

そんなことを言いながら、真木は自身の手の中にモリモリとパンを積み上げていく。
カレーパン、焼きそばパン、コールスローのサンドイッチ、あんぱんにシュガーラスクまで。

「おい、誰がそんなに食べるんだ」
「僕ですよ。今日はこのくらいで」
「何だこのくらいって、まだいく時あるのか」

真木はにっこり微笑んで会計に向かう。なんだあの笑みは。
タッパを作るのはやはり食事か?遺伝ってことで頼む。
高一であの身長じゃあ、もしかしてまだ伸びる気じゃあないよな。
そろそろやめておけ。
瀬戸自身、別に小さいわけじゃあない。
皆で並んだ時に、頭は人より上に出る。
しかし、こうもでかいヤツが隣にいたら自分が、小さく見えるじゃあないか。
勝手に劣等感を覚え、ぐぐぐと奥歯を噛むがどうしようも無いことで。

自身も会計を済ませて、中庭の石のベンチに座った。
なんとなく会話を交わして。昼を共に過ごす。

「待てよ」

パンを齧っている時に思ったのだ。

なんで俺は、真木と仲良く昼飯食ってんだ?

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