【完結】畑暮らしのΩ王子、20年越しに“番”が現れました

兎沢にこり

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君の幸せを願って

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「うんしょ……うんしょ……んーっ!」
「おーら!頑張れー!」

葉を刈り取られて少し残ったバターテの茎。そこを小さな手で掴んだマルクは、しゃがみこんで全体重を後ろに倒した。
思ったよりも大きく育った実は、まだ土の中に留まりたいと粘っている。
マルクは抜けないと随分格闘しているものだから、エリオスは周りの土を少しだけクワで起こしてやった。
プチプチと小さな根っこが切れる音に、マルクは「あとちょっ、と!」と更に大きく引いた。

ぶちぶち、ボコン!
大きな音と共に、マルクは茎を握ったまま盛大に尻もちをつく。

「と、取れたー!!リオおじさん、みて!」

マルクは大きく育ったバターテを、天高く掲げて得意げだ。実に付いた泥が、ボトボト落ちて顔やら服を汚すのを気にせずに、満点の笑顔を見せてくれる。

「おぉ!でっかいぞ!こりゃ食いでがありそうだ」
「すごいすごい!リオおじさん凄いよっ」
「マルクが頑張ったから、こんなに大きく育ったんだよ」

ふわふわの髪を混ぜるように撫でてやると、上目遣いに「えへへ」と笑った。
畑仕事のスタートに選んだバターテが、ついに収穫の時期を迎えた。
凸凹した実は周りに沢山の土つけている。それを拭うように泥を払ってやれば、皮は綺麗な臙脂色だ。
マルクは初めて自分で育てたバターテをしみじみみつめて、歓喜の声を上げながら汚れるのも構わずその実をぎゅっと抱きしめる。はやる気持ちもそのままに、エリオスに飛び跳ねながら聞いてきた。

「ねぇ、これもう食べられる?今すぐ食べたいよ」
「他の野菜は採れたてが一番だが、バターテは一回休ませたほうが美味いぞ」

収穫したバターテは、暗所に泥が着いたまま一、二週間置いておくと味に甘みが増す。
しかし、マルクは分かりやすく肩を落とした。

「……えぇー、すぐ食べたかったのにぃ」
「焼きバターテ大会。みんなでするんだろ?」

苗を植え付ける際に話した約束を
「そーだった!ママとパパとそれに……レオンハルト王子も呼ばないとっ」
「……れ、レオな。うん、そうだよな」

マルクの口から出た"レオンハルト"の名に、途端歯切れが悪くなる。
嵐のあの日、話してしまったこと。
全てを終わらせようと伝えたことは、レオンハルトの心を大きく傷つけた。




嵐の夜。

「エリオス王子の運命は……お前の父、ジークハルト王だったんだ」

しっかりと言い切ったエリオスに対し、レオンハルトは最初、理解が追いつかないようだった。

「何を、言っているんですか」

アイスブルーの瞳を見開いたまま、それを言うのが精一杯とその後は黙り込んでしまう。
それもそうだ……勘違いを正すには、あまりにも重い真実が目の前にあった。

「初めて出会った時が、お前の両親の結婚発表の場だったんだ」
「……そんなっ、冗談でしょう?……それに父も母も互いに運命だったと私は聞いて、」

信じられないと、首を何度も降るレオンハルト。

「……運命か、だけどな……エリオス様の体は、ジークハルト王が自分の運命だとずっと訴えてて。今すぐ叫び出したいのに、初めて社交界にデビューした子供はさ……幸せそうなお二人に水なんかさせなかった、って……聞いてる」

あくまで他人事のように。"エリオス王子"から聞いた事だと、ちゃんと思わせるように。
レオンハルトの顔から、感情というものがすっかり抜け落ちた。
哀でも悲でも無でもない。何も読めない顔は恐ろしい。
運命を目の前で失ったあのデビューの日を思わせる表情……それは、昔の自分によく似ていて、追いかけてくる過去が、胸をざわつかせる。

「わたしは……エリオス王子から運命を奪って、生まれた……と?」
「そんなっ、それは違う!」

極論とも言える境地。
エリオスは運命こそ番えなかったが、レオンハルトに出会えたことに後悔は無い。
出会えたことに感謝こそしている。
自分が死ぬまで体験することも無いと思っていた恋を、味あわせてくれたのはレオンハルトだ。
好きで好きで、幸せになって欲しくて。なのに自分がその隣にいたいと、他人に対して我儘に思えることも初めての体験だった。
生まれてくる子供に、罪などあるわけがない。
しかし、レオンハルトは"こう"と決めたら曲げない頑固さがある。

「いいえ。その時に私の意思は無くとも……そういうことになってしまいます」

冷めきったロザゴールドのお茶を見つめて、それきり黙り込んだレオンハルトに何も言えず、そのまま背中合わせでベッドを共にした。
カチコチとした時計の音と、小さくなる風の音。
触れ合った背中から熱は伝わるのに、こんなにも胸が痛む時間はなかった。

一睡も出来ずに朝を迎えると嵐は止んでいて、レオンハルトは短く礼をエリオスに言うと、こっそりと腫らした目元のまま、朝日が昇る前に城へ帰っていった。
背中合わせに震えた肩を撫でる資格すら、エリオスには無かったのだ。


別れた日を思えば、レオンハルトと会うのはとても気まづい。
だが、エリオスはここでは"リオ"というただの農夫だ。
農夫のリオは真実を伝える非常に嫌な役回りをやってのけた、ただのおじさんである。
自分とエリオスがイコール出ない以上、今は思い出作りをさせてもらいたい。
バターテは育つと分かったし、グレピプの成長も良さそうだ。
あとは指南書でも作ってしまえば、リオの仕事は終わりだ。
この国を出る日も遠くない。だからこそ、それまで少しだけでいいから、レオンハルトと同じ時間を過ごしたいなぁと、考えてしまう。
エリオスは信じた。こうして"運命"の夢から覚めたレオンハルトは、きっと本当の運命に目を向けられるだろうと。
そうしたら……もしかしたら。
あのフィルとだって、いい感じになるかもしれない。
この話を聞けば、フィルも"レオンハルトの運命であるエリオス"に固執する必要がなくなる。
わざわざ、自分が人様の恋の障害になりたくない。
フィルの想いが届けばいいと、素直に思ってしまうのだ。
運命に出会ったことの無い、あと十五年は若いフリーのΩだったら。血気盛んにレオンハルトを取られまいと鼻息荒くしたかもしれない……だが、そこまで考えて「揉めるのはちょっと……」と、妄想ですら上手く出来なかった。
年はしっかり重ねるものだ。
こうなってしまった自分の人生という道。それを他のΩには味合わせたくない。
不運な事故として、どこかの記録にでも名無しで載せてくれたらそれでいい。それすらもΩの記録としては、烏滸がましいことであろうが。

エリオスはバターテ大会の日取りを決めようと、ヴァルデンハイト城内を歩いていた。
思い出作りの一環でもあるそれだが、暫く会っていなかったレオンハルトの顔がそろそろ見たい。
口実はしっかり使いどころがあるものだ。
もし、休みが合うのならフィルも誘って皆で食べたいな、と上機嫌だ。
もうレオンハルトが、迫って来ることがないと分かっているから、とても気が楽なのだ。
鼻歌でも出そうなエリオスは、足取りだって軽い。
門番からは今日は室内で事務作業をしていると聞いていたから、その執務室を探しているのだがこういう時ほどメイドともすれ違わないから不思議だ。

「何階にあるかだけでも、聞いときゃよかったな」

今更後悔しても遅いのに、階段をいくつか登ったり降りたりしてこれだ。
気づいたら、いつも行かない棟に来ていて、見覚えはまるきり無い。
廊下に洗練された華美でない家具が置かれてきた事に気づいて、城の内部という所まで来てしまったようだ。

「まいったな……」

焦っても仕方ないがこればっかりはどうしようも無い。
立ち止まり腕を組んでいると、廊下の先から見知った声が二つ聞こえてきた。

「レオン、酷い顔だ……君、寝てないだろ」
「いいんですよ、私のことは気にしなくて」

低くてよく通る声はレオンハルト。華やかなアルトを感じるフィルの声に、文字通りエリオスは飛び上がる。
今いる廊下を曲がった先に二人はいるようで、一人でいるエリオスにあちらは気づかない。

「フィルこそ、随分と夜更かしをしているようじゃないか」
「君の"運命"のため……って言ったら褒めたたえてくれる?」
「……運命、そのことなんだだが……私は、」

弱りきったレオンハルトの声に、閉じ込めたエリオスの恋心が胸の奥底で叫んだ。
(何してるんだエリオス!早く行け!……リオをとられちまうっ)
しかし、その行動を起こすことは無い。これは誤作動だと、胸の前でシャツを握りしめ宥めてやる。

「そんな、ことって……」
「あぁ、私の存在が……どれほど彼を苦しめていたのかと思うと、罪悪感で押しつぶされそうなんだ」
「あぁ、レオン……」

いやだ、いやだ。
どちらの声も聞きたくない。
理性で上がっていた機嫌が、本能の暴走により急降下していく。
声はだんだんとこちらに迫ってきていて、目の前が真っ赤になったように眩んだエリオスは、今すぐ逃げないと、という感情でいっぱいになった。

普段ならばしない行動であろう、エリオスはすぐ側にあった部屋の扉を掴むと勢いよく捻って力任せに引っ張った。
鍵が掛かっていてガチャガチャと音を鳴らすのみだ。
ならばすぐ隣と思うが、大きな城だからこそ扉と扉の間が広い。
このままだと鉢合わせることは確定だ。
だがそもそもエリオスは、レオンハルトに用がある。
目標では、このまま待っていればいいことなのに、心の状態は瞬きの瞬間に春から冬に変わったかのように一瞬だ。

今すぐ、隠れないと。
二人がいる所を見たくない。

エリオスは命がかかっていると錯覚するほど必死に駆け、隣のドアノブへ飛びついた。
グルっとノブを回すと、あっけないほど簡単に開く。
助かったと逃げるように飛び込んだエリオスは、扉を背にしてへなへなとへたりこんだ。
呼吸は犬のように喘鳴としていて、足は震えている。

心と体の変化も、レオンハルトが関係しているとは……この時、エリオスは気づきもしなかったのだ。
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