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幕間 家族の午後に落ちた影-1
68-1
「エリィ、おじさん、お元気ですか。俺は元気です」
ソルグラン王国城内、ノアリスは小さな手で羽根ペンを握って、手紙を綴っては読みあげる。子供らしいその様子に、口元へ手を当てて微笑むのはノアリスの母であるフィオレッタだ。彼女は、白く細い指先で愛息子のために手製のマフラーを編み上げていて、なんとも穏やかな家族の団欒の姿である。
しかし、ノアリスの声は所々、チクチクと棘が混ざっていた。
「父様、は、まだ、意地をはって、エリィおじさんに、ごめんなさいを、言えません、」
「……やめないか、ノア」
ティーカップを傾けながら新聞に目を通していたソルグラン王国国王、セレノスはため息まじりに口を出す。
しかし、それで「はい、ごめんなさい」というノアリスではない。
エリオスが国を旅立ち、ヴァルデンハイトに向かってから、ノアリスはセレノスに対してぷいっと顔を背けていた。
何度かヴァルデンハイトにも向かい、そこでエリオスとも時間を過ごしていたからか、唯一未だ仲違いをしている……という言い方があっているか定かではないが、セレノスを気にしているんだろう。
セレノスは、エリオスがヴァルデンハイトで何をして過ごしているかは知っている。
本人やゼフィルは隠しているつもりなんだろうが、その上の兄……オリオンとアスレイは大事があってはと逐一報告をあげていた。
時には目を剥く話も多かったが、箱入りに可愛がった手前、己への罰だと粛々と受け入れている。
元々、ノアリスはエリオスによく懐いていたのもあるし、ヴァルデンハイトに嫁ぐという話を一番拒絶していたのは、本人以外ではダントツだ。
しかし、ヴァルデンハイトで何があったのか、この子はその国の第一王子レオンハルトの事が気に入ったようで、あんなにエリオスが嫁ぐという話に敏感だったにも関わらず、今では好意的なようだ。
子供の気持ちが移ろいやすいのか、はたまた一歩成長したのか。
実の親だというのに、その心理が読めず首を傾げる毎日だ。
「父様が早くエリィ叔父さんに、ごめんねをすればいいんです」
「なぁノア。俺は別に悪いことをしたわけじゃないんだぞ」
息子にずっとツンとされていれば、父の言い分も聞いてくれという気分になる。
しかし、羽ペンをさらに強く握ったノアリスは、机にインクが落ちたのを見送った。
慌てる仕草などなく、小さく首を振った。
「そこから違います。エリィおじさんはずっとソルグランで暮らしたかったのに、お話しもしないで無理矢理「結婚しろ!」って言われたら、父様のこと嫌いになります」
「き、嫌い……」
「今は、あのレオンハルト王子がいますから、寂しくなんかないでしょうが」
"嫌い"という言葉に、一瞬意識を飛ばしそうになったが、なんとか耐える。
一番下の弟、それも十五も下だと可愛がるのも無理はないと思う。甘やかした分だけかなり懐いてくれた弟に、嘘でも冗談でも"嫌い"は堪えるのだ。
レオンハルト王子。セレノスの中の第一印象は"友人の若い頃と瓜二つで、圧の強い王子様"と言った具合だ。その父親であるジークハルトもそうだったが、"ウチ"の家系とは、また違った目を見張る容姿は迫力ものであった。
レオンハルト王子がエリオスの運命であったら……という一縷の望み。贈答用のネクタリンでまさかこのようになるとは。
可愛がっている末弟の老後が、一人寂しいものでは無いとは思う。
その頃すでにセレノスは土の中かもしれないが、ノアリスにも子供がいるだろう。エリオスは好々爺とした、今と変わらない気のいい爺になっているんだろうな、と。
それでも……番のいないΩの孤独を思えば、兄心でセレノスは強く出てしまったのだ。
話を聞いていたフィオレッタは、ソファから立ち上がると、ノアリスの髪を優しく撫でて、デスクチェアに腰掛けたその背中を抱きしめた。
「ノア、あまりお父様をいじめないであげて」
「母様、っでも!」
ノアリスは甘えも多分に込めて、フィオレッタを見上げる。慈愛に満ちた眼差しはノアリスにふんだんに注がれた。
「お父様はね、"エリィに嫌われた"って散々騒いだのよ……」
「フィオっ、それは!」
国王たる顔、父たる顔が一気に剥がされ、セレノスという一人の男が映る。それに「ふふっ」と笑ってみせるのだから、フィオレッタは番である強さを持っていた。
ノアリスの丸い頭を撫でながら、柔らかい口調は崩さない。
「……でもね、それほどエリィのことが大事だから、っていうのも分かってあげて?Ωはね、特に寂しがりやだから」
「……母様も?」
「そうよ、私……セレノスもノアもいてくれるから、寂しくないの」
Ωであるフィオレッタは、昔馴染みの義弟の事は特に気にかけていた。
同じΩだからこそ、独りは沼の底にいるように暗く寂しく、生きた心地すらもしない。
それを、ずっと薬と、から元気だけで乗り越えてきた義弟は、もう十分孤独に耐えたのだ。
だからこそ誰よりも愛されて、報われて貰わないと割に合わないと、穏やかで精霊のような細やかさを思わせるフィオレッタでも、熱いものを胸に宿していた。
「エリィはレオンハルト王子と仲良くやっているのでしょう?」
「凄い仲良しだよ!嫌だけど!……でも、もしもだよ?エリィ叔父さんが結婚するんだったら、レオンハルト王子以外は、俺嫌だ!」
「まぁ」
うふふと微笑んだフィオレッタは、セレノスに楽しそうな視線を向けた。子供の心は繊細だ。
「ねぇ父様。エリィ叔父さまもきっと父様と仲直りしたいって、思ってるよ」
「ノア……」
「一緒にお手紙書こう!俺ね、あっちに友達も出来たんだ!」
セレノスは優しく育った息子に、兄弟であるエリオスと似た笑みを浮かべる。
「そうだな」とセレノスが唇を開いたのと、部屋のドアを強く叩かれたのは、同時であった。
「失礼しますっ」
普段であれば、入室の許可が無ければ扉を開けないルールだが、入ってきたオリオンは髪を振り乱し、只事では無いと物語っていた。
「どうしたオリオン、そんなに慌てて」
「セレノス兄さん、と、フィオ義姉さんノア……申し訳ない突然」
オリオンはフィオレッタに深く頭を下げると、兄であるセレノスに向き合った。
「賊が侵入しました。それも……エリオスの部屋に」
「エリィ、おじさん、お元気ですか。俺は元気です」
ソルグラン王国城内、ノアリスは小さな手で羽根ペンを握って、手紙を綴っては読みあげる。子供らしいその様子に、口元へ手を当てて微笑むのはノアリスの母であるフィオレッタだ。彼女は、白く細い指先で愛息子のために手製のマフラーを編み上げていて、なんとも穏やかな家族の団欒の姿である。
しかし、ノアリスの声は所々、チクチクと棘が混ざっていた。
「父様、は、まだ、意地をはって、エリィおじさんに、ごめんなさいを、言えません、」
「……やめないか、ノア」
ティーカップを傾けながら新聞に目を通していたソルグラン王国国王、セレノスはため息まじりに口を出す。
しかし、それで「はい、ごめんなさい」というノアリスではない。
エリオスが国を旅立ち、ヴァルデンハイトに向かってから、ノアリスはセレノスに対してぷいっと顔を背けていた。
何度かヴァルデンハイトにも向かい、そこでエリオスとも時間を過ごしていたからか、唯一未だ仲違いをしている……という言い方があっているか定かではないが、セレノスを気にしているんだろう。
セレノスは、エリオスがヴァルデンハイトで何をして過ごしているかは知っている。
本人やゼフィルは隠しているつもりなんだろうが、その上の兄……オリオンとアスレイは大事があってはと逐一報告をあげていた。
時には目を剥く話も多かったが、箱入りに可愛がった手前、己への罰だと粛々と受け入れている。
元々、ノアリスはエリオスによく懐いていたのもあるし、ヴァルデンハイトに嫁ぐという話を一番拒絶していたのは、本人以外ではダントツだ。
しかし、ヴァルデンハイトで何があったのか、この子はその国の第一王子レオンハルトの事が気に入ったようで、あんなにエリオスが嫁ぐという話に敏感だったにも関わらず、今では好意的なようだ。
子供の気持ちが移ろいやすいのか、はたまた一歩成長したのか。
実の親だというのに、その心理が読めず首を傾げる毎日だ。
「父様が早くエリィ叔父さんに、ごめんねをすればいいんです」
「なぁノア。俺は別に悪いことをしたわけじゃないんだぞ」
息子にずっとツンとされていれば、父の言い分も聞いてくれという気分になる。
しかし、羽ペンをさらに強く握ったノアリスは、机にインクが落ちたのを見送った。
慌てる仕草などなく、小さく首を振った。
「そこから違います。エリィおじさんはずっとソルグランで暮らしたかったのに、お話しもしないで無理矢理「結婚しろ!」って言われたら、父様のこと嫌いになります」
「き、嫌い……」
「今は、あのレオンハルト王子がいますから、寂しくなんかないでしょうが」
"嫌い"という言葉に、一瞬意識を飛ばしそうになったが、なんとか耐える。
一番下の弟、それも十五も下だと可愛がるのも無理はないと思う。甘やかした分だけかなり懐いてくれた弟に、嘘でも冗談でも"嫌い"は堪えるのだ。
レオンハルト王子。セレノスの中の第一印象は"友人の若い頃と瓜二つで、圧の強い王子様"と言った具合だ。その父親であるジークハルトもそうだったが、"ウチ"の家系とは、また違った目を見張る容姿は迫力ものであった。
レオンハルト王子がエリオスの運命であったら……という一縷の望み。贈答用のネクタリンでまさかこのようになるとは。
可愛がっている末弟の老後が、一人寂しいものでは無いとは思う。
その頃すでにセレノスは土の中かもしれないが、ノアリスにも子供がいるだろう。エリオスは好々爺とした、今と変わらない気のいい爺になっているんだろうな、と。
それでも……番のいないΩの孤独を思えば、兄心でセレノスは強く出てしまったのだ。
話を聞いていたフィオレッタは、ソファから立ち上がると、ノアリスの髪を優しく撫でて、デスクチェアに腰掛けたその背中を抱きしめた。
「ノア、あまりお父様をいじめないであげて」
「母様、っでも!」
ノアリスは甘えも多分に込めて、フィオレッタを見上げる。慈愛に満ちた眼差しはノアリスにふんだんに注がれた。
「お父様はね、"エリィに嫌われた"って散々騒いだのよ……」
「フィオっ、それは!」
国王たる顔、父たる顔が一気に剥がされ、セレノスという一人の男が映る。それに「ふふっ」と笑ってみせるのだから、フィオレッタは番である強さを持っていた。
ノアリスの丸い頭を撫でながら、柔らかい口調は崩さない。
「……でもね、それほどエリィのことが大事だから、っていうのも分かってあげて?Ωはね、特に寂しがりやだから」
「……母様も?」
「そうよ、私……セレノスもノアもいてくれるから、寂しくないの」
Ωであるフィオレッタは、昔馴染みの義弟の事は特に気にかけていた。
同じΩだからこそ、独りは沼の底にいるように暗く寂しく、生きた心地すらもしない。
それを、ずっと薬と、から元気だけで乗り越えてきた義弟は、もう十分孤独に耐えたのだ。
だからこそ誰よりも愛されて、報われて貰わないと割に合わないと、穏やかで精霊のような細やかさを思わせるフィオレッタでも、熱いものを胸に宿していた。
「エリィはレオンハルト王子と仲良くやっているのでしょう?」
「凄い仲良しだよ!嫌だけど!……でも、もしもだよ?エリィ叔父さんが結婚するんだったら、レオンハルト王子以外は、俺嫌だ!」
「まぁ」
うふふと微笑んだフィオレッタは、セレノスに楽しそうな視線を向けた。子供の心は繊細だ。
「ねぇ父様。エリィ叔父さまもきっと父様と仲直りしたいって、思ってるよ」
「ノア……」
「一緒にお手紙書こう!俺ね、あっちに友達も出来たんだ!」
セレノスは優しく育った息子に、兄弟であるエリオスと似た笑みを浮かべる。
「そうだな」とセレノスが唇を開いたのと、部屋のドアを強く叩かれたのは、同時であった。
「失礼しますっ」
普段であれば、入室の許可が無ければ扉を開けないルールだが、入ってきたオリオンは髪を振り乱し、只事では無いと物語っていた。
「どうしたオリオン、そんなに慌てて」
「セレノス兄さん、と、フィオ義姉さんノア……申し訳ない突然」
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