人類を救うことを決意したんだが、敵がチート過ぎてつらい

名無なな

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第四章 

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「くっ」

 着地した護国寺は、その衝撃に耐えきれず膝を折った。一度身体を楽にしてしまえば、津波のように蓄積した疲労が押し寄せてくる。限界を迎えていた身体に鞭打って動かしていたのだ、当然の反動と言えた。
【修羅王】に目をやるが、ダメージは男の方が深刻らしくピクリとも動いていなかった。それでも意識自体は残っているようで、うわ言のように呟きを漏らしていた。

「何故、何故だ……? 人を超越した私が、何故――――」

 護国寺はその疑問に対し、正確な答えを持ち合わせていなかった。勝者でさえこうなのだ、敗者は一層腑に落ちていないことだろう。
 だが一つ要因を挙げるとするならば、それは最後まで切り札を温存していたことだろうと思う。残しておいた【風林火山】の一角、【山】が窮地を救いそこから勝利に結びついたのだ。その前に一度でも使っていれば、きっと警戒されて上手く決まらなかっただろう。

【動かざること山の如く】は触れた地点から一定範囲内の大地を操ることのできる能力。加えてその場で動かなければ大幅に耐久力も引き上げることが可能である。後者は【修羅王】には通じなかっただろうが、前者は比較的有用な力だが、万が一のために残しておいてよかったと心底思った。

 さて、と一息吐いた護国寺は、早速男にあることを問いかけた。

「【修羅王】、勝負は付いた。できればその身体をムサシさんに返してもらいたいんだが」

 身動きの取れない今が絶好の機会だった。【十二使徒】に憑依された当人は自我を失うと聞いているが、あのムサシがそう易々と消失したとは思えないのだ。もし明け渡してくれるのなら、これ以上のハッピーエンドはない。
 けれど男は鼻で笑って、

「ふん。誰が貴様らなぞに与するものか。私はこの器を放棄せん。脅威を捨て去るには器ごと処分するしかないぞ?」

 やっぱりそうなるか、と護国寺は首を振った。【十二使徒】側の男が、人類の最大戦力であるムサシを無条件で変換するわけがないと分かっていた。
 ならば仕方ない。少年は決断する。


「さあ、一思いにサクッとやれ、サクッと」
「…………悪いが、それはできない」
「甘えたことを言うつもりか? どうせ貴様がやらずとも他の人間が手を下すだけ、」


 そうじゃない、と彼は頭を横に振って否定した。


「【風林火山】にそんな都合良くサクッと殺せるような力はない。かと言って殴打で殺すのもあれだし……うん。ここは日本らしく火葬するしかないな」
「え、ちょっ」


 露骨に【修羅王】が慌てふためく。まさかこんな展開になるとは予想だにしていなかったのだろう。護国寺が右手から炎を発し、すぐ傍まで歩み寄ってくる。

「焼け残った骨は、そうだ、アメリカの風にでも乗せよう。気象庁に問い合わせたら分かるかな? ムサシさんにはせめて世界を旅して終わってもらいたい」
「馬鹿か貴様おいやめろ! 火葬は死人にするものであって生者にするものではない! だいたい貴様それ火刑と言って拷問に近い処刑方法だぞお!? すぐには死ねないし死ぬのに数時間かかるしホント人間って愚かっていうか頭おかしいって待てそれ以上近付くんじゃないいいいいいいっ!?」

 全身に力を入れて何とか逃げようとするが、【修羅王】の身体はまるで縫い付けられたかのように動かない。護国寺はどこで覚えたのか念仏まで唱え始めた。

「さようなら、ムサシさん。できれば、可能な限り安らかな死を――――」
「だから安らかに死ねないって言ってんだろぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 護国寺が火球を掲げ、それを男の肉体目掛けて投げつけようとした瞬間。

 ――――スッ、と。ホラー映画で見たことあるような白い亡霊が、ムサシの身体から抜け出した。
 それが【修羅王】の精神体ほんたいであることは疑いようもなかった。スピーカーのように、全体に響くような声音で【修羅王】は言う。

「狂った人間め! 覚えておけ、この借りはいつか必ず返す! まずは私に相応しい器を見繕って、それから――――ッ!」




「いや、お前に『次』はない。ここが自身の墓標と知れ、【修羅王】」





 ――――! と。

 紫電が、迸った。

 音はなかった。余波も生じなかった。ただ気付けば、白の亡霊が真っ二つに両断されていた。

「ば、かなぁ……! 何故、すぐに目を覚ませたというのだ…………っ」


 ――――柳生武蔵が立っていた。


 それだけで一瞬のうちに何が起こったか、少年は仔細悟ることができた。
 ムサシは一度刀を鞘へと戻し、美しい立ち姿を保ったまま告げる。

「【言霊王】に敗れてからというもの、自分に何が足りなかったのか、ずっと思考に耽っていたところだ。世界を救うために、ただ無為に眠っている時間なぞあるものか。こう言っては何だが……良く学ばせてもらった、有意義な時間だった」
「や――――」

 シュバッ!! と今度はその太刀筋すら目に収めることができなかった。
 コマ送りのように、鞘に納まっていたはずの刀をムサシはいつの間にやら抜刀し、振り上げた状態のまま固まっていた。

 もう一度斬られた【修羅王】は、それ以上言葉を発することもできずに霧散した。さらさらと塵となって虚空へと消えていく。
 残心ののち、今度こそムサシは構えを解いた。反転し、護国寺の方へと歩み寄ってくる。

 彼の表情に安堵の様子は窺えない。反省の色が色濃く出た表情をしていた。【修羅王】にはああ言っていたものの、不覚を取ったことは彼自身が一番身に染みて分かっていた。
 けれど頭を下げてほしいわけではなかった。ムサシにはもっと毅然としていてほしかったのだ。黒の剣士もそれを察したのか、謝罪をすることはなかった。

 たった一言、振り返るようにして。


「……あの時嗣郎と協力していればこんな無様、晒さずに済んだのかもしれないな」


 あの時――――ムサシが単身【言霊王】に挑んだ時。認められたようで、護国寺はとてつもなく嬉しく思った。
【修羅王】を倒し、柳生武蔵も無事取り戻した。長い一日を最良の形で終えることができて、本当によかった。
 ――――否。まだ今日を締め括るには早過ぎた。

「……ムサシさん。俺にはまだ、行くべき所があります」
「ほう……。【修羅王】に乗っ取られた時からずっと見てきたが――――なるほど、彼女の所だな?」

 はい、と護国寺は頷いた。彼女を救わずして、明日を迎えることなどできなかった。
 ムサシは少年の横に立って、静かに告げた。

「――――俺も付き合おう。お前が心配だということもあるが、何より『奴』には個人的に借りがあるしな」

 幾千の味方を得た思いを胸に、二人は闇夜を駆けていった。



 今日が終わるまで、およそ二〇分。――――されど、史上最も長い二〇分となることは今から想像に難くなかった。


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