26 / 31
第四章
⑤
しおりを挟む「くっ」
着地した護国寺は、その衝撃に耐えきれず膝を折った。一度身体を楽にしてしまえば、津波のように蓄積した疲労が押し寄せてくる。限界を迎えていた身体に鞭打って動かしていたのだ、当然の反動と言えた。
【修羅王】に目をやるが、ダメージは男の方が深刻らしくピクリとも動いていなかった。それでも意識自体は残っているようで、うわ言のように呟きを漏らしていた。
「何故、何故だ……? 人を超越した私が、何故――――」
護国寺はその疑問に対し、正確な答えを持ち合わせていなかった。勝者でさえこうなのだ、敗者は一層腑に落ちていないことだろう。
だが一つ要因を挙げるとするならば、それは最後まで切り札を温存していたことだろうと思う。残しておいた【風林火山】の一角、【山】が窮地を救いそこから勝利に結びついたのだ。その前に一度でも使っていれば、きっと警戒されて上手く決まらなかっただろう。
【動かざること山の如く】は触れた地点から一定範囲内の大地を操ることのできる能力。加えてその場で動かなければ大幅に耐久力も引き上げることが可能である。後者は【修羅王】には通じなかっただろうが、前者は比較的有用な力だが、万が一のために残しておいてよかったと心底思った。
さて、と一息吐いた護国寺は、早速男にあることを問いかけた。
「【修羅王】、勝負は付いた。できればその身体をムサシさんに返してもらいたいんだが」
身動きの取れない今が絶好の機会だった。【十二使徒】に憑依された当人は自我を失うと聞いているが、あのムサシがそう易々と消失したとは思えないのだ。もし明け渡してくれるのなら、これ以上のハッピーエンドはない。
けれど男は鼻で笑って、
「ふん。誰が貴様らなぞに与するものか。私はこの器を放棄せん。脅威を捨て去るには器ごと処分するしかないぞ?」
やっぱりそうなるか、と護国寺は首を振った。【十二使徒】側の男が、人類の最大戦力であるムサシを無条件で変換するわけがないと分かっていた。
ならば仕方ない。少年は決断する。
「さあ、一思いにサクッとやれ、サクッと」
「…………悪いが、それはできない」
「甘えたことを言うつもりか? どうせ貴様がやらずとも他の人間が手を下すだけ、」
そうじゃない、と彼は頭を横に振って否定した。
「【風林火山】にそんな都合良くサクッと殺せるような力はない。かと言って殴打で殺すのもあれだし……うん。ここは日本らしく火葬するしかないな」
「え、ちょっ」
露骨に【修羅王】が慌てふためく。まさかこんな展開になるとは予想だにしていなかったのだろう。護国寺が右手から炎を発し、すぐ傍まで歩み寄ってくる。
「焼け残った骨は、そうだ、アメリカの風にでも乗せよう。気象庁に問い合わせたら分かるかな? ムサシさんにはせめて世界を旅して終わってもらいたい」
「馬鹿か貴様おいやめろ! 火葬は死人にするものであって生者にするものではない! だいたい貴様それ火刑と言って拷問に近い処刑方法だぞお!? すぐには死ねないし死ぬのに数時間かかるしホント人間って愚かっていうか頭おかしいって待てそれ以上近付くんじゃないいいいいいいっ!?」
全身に力を入れて何とか逃げようとするが、【修羅王】の身体はまるで縫い付けられたかのように動かない。護国寺はどこで覚えたのか念仏まで唱え始めた。
「さようなら、ムサシさん。できれば、可能な限り安らかな死を――――」
「だから安らかに死ねないって言ってんだろぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
護国寺が火球を掲げ、それを男の肉体目掛けて投げつけようとした瞬間。
――――スッ、と。ホラー映画で見たことあるような白い亡霊が、ムサシの身体から抜け出した。
それが【修羅王】の精神体であることは疑いようもなかった。スピーカーのように、全体に響くような声音で【修羅王】は言う。
「狂った人間め! 覚えておけ、この借りはいつか必ず返す! まずは私に相応しい器を見繕って、それから――――ッ!」
「いや、お前に『次』はない。ここが自身の墓標と知れ、【修羅王】」
――――! と。
紫電が、迸った。
音はなかった。余波も生じなかった。ただ気付けば、白の亡霊が真っ二つに両断されていた。
「ば、かなぁ……! 何故、すぐに目を覚ませたというのだ…………っ」
――――柳生武蔵が立っていた。
それだけで一瞬のうちに何が起こったか、少年は仔細悟ることができた。
ムサシは一度刀を鞘へと戻し、美しい立ち姿を保ったまま告げる。
「【言霊王】に敗れてからというもの、自分に何が足りなかったのか、ずっと思考に耽っていたところだ。世界を救うために、ただ無為に眠っている時間なぞあるものか。こう言っては何だが……良く学ばせてもらった、有意義な時間だった」
「や――――」
シュバッ!! と今度はその太刀筋すら目に収めることができなかった。
コマ送りのように、鞘に納まっていたはずの刀をムサシはいつの間にやら抜刀し、振り上げた状態のまま固まっていた。
もう一度斬られた【修羅王】は、それ以上言葉を発することもできずに霧散した。さらさらと塵となって虚空へと消えていく。
残心ののち、今度こそムサシは構えを解いた。反転し、護国寺の方へと歩み寄ってくる。
彼の表情に安堵の様子は窺えない。反省の色が色濃く出た表情をしていた。【修羅王】にはああ言っていたものの、不覚を取ったことは彼自身が一番身に染みて分かっていた。
けれど頭を下げてほしいわけではなかった。ムサシにはもっと毅然としていてほしかったのだ。黒の剣士もそれを察したのか、謝罪をすることはなかった。
たった一言、振り返るようにして。
「……あの時嗣郎と協力していればこんな無様、晒さずに済んだのかもしれないな」
あの時――――ムサシが単身【言霊王】に挑んだ時。認められたようで、護国寺はとてつもなく嬉しく思った。
【修羅王】を倒し、柳生武蔵も無事取り戻した。長い一日を最良の形で終えることができて、本当によかった。
――――否。まだ今日を締め括るには早過ぎた。
「……ムサシさん。俺にはまだ、行くべき所があります」
「ほう……。【修羅王】に乗っ取られた時からずっと見てきたが――――なるほど、彼女の所だな?」
はい、と護国寺は頷いた。彼女を救わずして、明日を迎えることなどできなかった。
ムサシは少年の横に立って、静かに告げた。
「――――俺も付き合おう。お前が心配だということもあるが、何より『奴』には個人的に借りがあるしな」
幾千の味方を得た思いを胸に、二人は闇夜を駆けていった。
今日が終わるまで、およそ二〇分。――――されど、史上最も長い二〇分となることは今から想像に難くなかった。
0
あなたにおすすめの小説
神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ゴミ鑑定だと追放された元研究者、神眼と植物知識で異世界最高の商会を立ち上げます
黒崎隼人
ファンタジー
元植物学の研究者、相川慧(あいかわ けい)が転生して得たのは【素材鑑定】スキル。――しかし、その効果は素材の名前しか分からず「ゴミ鑑定」と蔑まれる日々。所属ギルド「紅蓮の牙」では、ギルドマスターの息子・ダリオに無能と罵られ、ついには濡れ衣を着せられて追放されてしまう。
だが、それは全ての始まりだった! 誰にも理解されなかったゴミスキルは、慧の知識と経験によって【神眼鑑定】へと進化! それは、素材に隠された真の効果や、奇跡の組み合わせ(レシピ)すら見抜く超チートスキルだったのだ!
捨てられていたガラクタ素材から伝説級ポーションを錬金し、瞬く間に大金持ちに! 慕ってくれる仲間と大商会を立ち上げ、追放された男が、今、圧倒的な知識と生産力で成り上がる! 一方、慧を追い出した元ギルドは、偽物の薬草のせいで自滅の道をたどり……?
無能と蔑まれた生産職の、痛快無比なざまぁ&成り上がりファンタジー、ここに開幕!
【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜
るあか@12/10書籍刊行
ファンタジー
僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。
でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。
どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。
そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。
家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
蔑ろにされましたが実は聖女でした ー できない、やめておけ、あなたには無理という言葉は全て覆させていただきます! ー
みーしゃ
ファンタジー
生まれつきMPが1しかないカテリーナは、義母や義妹たちからイジメられ、ないがしろにされた生活を送っていた。しかし、本をきっかけに女神への信仰と勉強を始め、イケメンで優秀な兄の力も借りて、宮廷大学への入学を目指す。
魔法が使えなくても、何かできる事はあるはず。
人生を変え、自分にできることを探すため、カテリーナの挑戦が始まる。
そして、カテリーナの行動により、周囲の認識は彼女を聖女へと変えていくのだった。
物語は、後期ビザンツ帝国時代に似た、魔物や魔法が存在する異世界です。だんだんと逆ハーレムな展開になっていきます。
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる