アルタイルの名を添えて。

かぎのえみずる

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星座(一話完結)

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 空から降ってきたような、恋だった。


 毎日公園にあるベンチで夜遅くに、空を眺める少年がいた。
 年は十代後半の見目をしていて、よく頬や身体に傷をつけて空をひたすらに見つめていたから心配だった。
 ある日、オレはあんこが食べられないというのに、肉まんとあんまんを間違えられたことに気づいたのが公園を通って帰路の途中だったので嘆息をついた。
 勿体ないので目についた、いつも空を見上げていた少年にあげた。

「お兄さん、これで僕が死んだら明日ニュースにのるね」
 そういえば知らない人なのに食べ物をあげるのも貰うのも危険だった。
 少年はそんなことを告げながら礼を告げあんまんを食べた。
 瞳をよく見れば少年は灰色の目をしていて、茶髪だった。
 背丈は百六十センチくらいの今時珍しく小柄な、大変神秘的な少年。
 いつも学ランに身を包み込んでいる、その制服は頭が馬鹿なことで有名な高校の制服だった。
 夏の時期は見かけなかったのに冬になってから現れだしたので、オレは少年をオリオン座のような存在だと思い始めていた。

 それから時折、少年と公園で出会っては話し合う日が続いた。
 時にはくだらない話やゲームの話、時には未来の話をしていた。

「僕は大きくなったら、星座の研究がしたいんだ」
「星座?」
「宇宙の研究でもいい。ずっと空が好きな人と、空のことを語りたい」

 少年は何処か不思議な雰囲気をいつも纏っていた。
 流石オリオン座、浮世離れしている。

「君をオリオンと呼んでいいか?」
「どうして。本名聞けばいいじゃないですか」
「それよりはロマンあると思わないか?」
「あだ名ってやつかな。いいですよ、それなら僕は貴方をアルタイルと呼びます」

 自分でも妙な提案をしたというのに、やたらと気に入られ、オレと少年は交流を続けた。
 あるシーズンから、少年の服装は学ランでは無くなっていた。
 卒業したのかなと聞けば頷かれたので、おめでとうとお祝いに缶コーヒーをあげた。
 今度は目の前で自販機から買い、きちんと安全性を示して。
 オリオンは嬉しそうに缶コーヒーを飲んでくれて、少しだけ寂しげな顔を見せた。


「大きくなったら何かが変わるって思い込んでいたんです。大学に入れば、環境も。オンナノヒトとヤれば、人間性も。どれも僕は僕のままでした」
「子供の方が自由っていうしなあ」
「それでも僕は、大人になりたかった。子供は弱いままだったから。僕ね、貴方に救われたんですよ。僕なんかと話してくれる人はあまりいなかった」
「どうしてだ、君は愛嬌もあるし、素敵な心の持ち主だ」
「それはね、この土地が田舎だからとしか。僕のような見目は目立つみたいで、皆こそこそ僕の噂を集めて嗅ぎ回る」
「君に秘密でもあるのかい、オリオン」
「偉大なる金星(ヴィーナス)のもとで産まれているのですよ」

 オリオンの揶揄で少し心当たりが過った。
 そういえばこの辺りには、かつて芸能人として名をはせていた美人女優がこの土地で夫と死別したと聞いたな。
 美人女優は外国人だった気がした、なるほどそれゆえのこの見目と目か。

 オレは納得すると、オリオンの頭を撫でる。
 オリオンは気持ちよさそうに目を細め、視線でもっと撫でて欲しいと強請った。

「触れるのはそれだけでいいんですか」
「どうしてさ」
「僕を欲しがる人と同じ目をしているのですよ、アルタイル」
「オレが欲しがっていたら答えてくれるのか、尻軽だな」
「他ならぬ貴方だからですよ」

 オリオンはオレの手を掴むとそっと指先にキスをして、甘く指先を噛んだ。
 伏せ目がちな瞳から妖艶さが伺え、オレは喉を鳴らした。
 ――元からオレはゲイではあるのだが、見抜かれてるとは思わず、ただ普通に接していた。
 オリオンに惹かれる心をないものとして、接していたのに、オリオンは簡単に暴いたのだ。

「貴方に花を贈るのなら、薔薇二本がいい」
「熱烈だね、二人の世界がいいってか」
「そのような場所ご存じでしょう? 連れて行って、アルタイル」

 我がオリオン座からのご命令であれば、と巫山戯てオレと少年は人目につきたくないあまり少し地元から離れたホテルへ向かった。
 ホテルにつくと、オリオン座ははしゃぎ、先に風呂へ入っていった。

 これでよかったのだろうか。
 ぼんやりと思いながらも、オレは次に風呂へ入り、ベッドで寝転び待つ少年にのし掛かる。

 少年は悲しげな表情に色気を募らせて、身体を揺らめかした。
 オレが唇で触れていく箇所は、薔薇が色づくように跡がついていったし、綺麗に残る赤い噛み痕にも征服欲が満たされていく。
 少年は喘ぎ、オレを只管に求める、怖がっていながらオレの背中に手をあて、しがみつき。ただかりかりと背中を引っ掻く。
 オレは少年の身体を暴き、秘所に指を入れたり舌先をつっこみ舐めたりして啼かせる。
 オリオンに夢中になって身体を開かせ、やがて菊に肉棒を突き刺し貫いた。
 貫くと温かみに、オレは腰を揺らす。
 温かみがもっと欲しくて腰を揺らすとオリオンは啼きながら、オレの頬に手を当てキスをした。
 魘されるように互いの熱を求め、オレとオリオンは果てた。

 ベッドの中でオリオンは秘密の話をするように、こっそりと教えてくれた。

「僕、もうすぐ上京してきます。東京で勝負してきます。今のままだと腐りそうで」
「腐るってなんで? 大学にも行ってるんだろう?」
「大学という枠は確かに空の話をするにはいい。けれど皆マウンディングだらけなんです。いかに凄いか、いかに知識があるかだけを話していてつまらない」
「君はそれなら東京で何になる? 何者になるの?」
「金星に生まれ変わってきます。上手くいきましたら、いつか花束をくださいね、アルタイル」

 朝になるまで話し、朝になってから別れ夢のような一夜が過ぎれば、少年とは二度と会わなくなった。
 オリオンと会わなくなることで、オレがあの星座に恋をしていたのだと思い知る。
 他にどんな恋を重ねても、あの神秘さに叶う男はおらず、どうしても内心で比べてしまう日々だった。

 そうしてそれなりの日々を送り、それなりの恋人ができて、それなりに同棲してる頃合いにその日はきた。

『僕は星なら、アルタイルが好きです。ずっとずっといつまでも大好きな星なんです』

 芸能人がテレビに映る。
 見慣れた見目は少し体格が良くなっていて、世間の流行に合わせた服装だった。

「この子は……」
「ああ、有名だよな。舞台が主なんだけど、最近テレビにも出てくるようになってきたミュージカル俳優さんなんだって」


 なるほど、あれからそんなに月日は経つのか。
 少年は青年に。オレは中年に。
 薔薇が二本だった時代は終わったのだから、沢山の他の花を纏めよう。
 今度、花束をファンとして贈っておこう、アルタイルの名を添えて――。
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