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第2話 駆け出しの青さ
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「アリガトウゴザイマシタ」
「はい、お疲れ様でした。また来週だね」
生徒のたどたどしい挨拶にそう返し、ノートパソコンを閉じた。マイクつきのヘッドホンを頭から取り外して、ふーっとひと息つく。
◇
家からカフェ・ボヌールまでは歩いて十五分。
お店に向かう道中、見知った後ろ姿を発見した。声をかけようとすると、僕の気配を察知したのか、彼女は後ろを振り返る。つり目がちな瞳が僕をとらえた。
「こんにちは、静哉さん。ストーカーですか?」
「萌花ちゃんはほんっと僕の扱いが雑だね」
萌花ちゃんがいつものようにからかってきたので、僕は肩をすくめる。
「今日は遅刻じゃないんですね」
にやにやとした顔を向ける萌花ちゃんは、なんだかテンションが高い。
またお客様の様子をこっそり見に行ったんだろう。チラッと萌花ちゃんを見たあと、僕は独り言のように呟いてみた。
「そういえば、昨日お店に来た女の子どうなったのかなぁ」
すると萌花ちゃんは待ってましたと言わんばかりの笑顔になった。
「ふふふ、気になります? 実は今朝、駅まで見に行ったんですけど、大丈夫そうでした。昨日とは違って、落ち着いた雰囲気になっていましたよ」
「そうなんだ、良かったね」
「はい!」
萌花ちゃんの方がよっぽどストーカーっぽいのだが、僕は何も言わないことにした。彼女の満面の笑みにはどうしても弱い。
「いいよね、萌花ちゃんの姿なら、こっそり観察してても不審がられなさそうだし」
「静哉さんはアウトですねぇ。その姿で都会にいると、注目浴びちゃいますもん」
僕たちがそんな話をしていると、あっという間にお店に着いた。もうすでにマスターは準備している。僕たちに気づき、相変わらずの優しい笑顔で「こんにちは」と言った。
――カランカランと、お客様を知らせる鈴が鳴る。スーツ姿の男性が興味深そうに店内を見回した。
「いらっしゃいませ」
「一人っす」
「こちらへどうぞ」
僕は彼をカウンター席に案内した。水とメニュー表を渡すと、すぐに「クリームソーダ一つ」と注文してきた。
「はい、かしこまりました」
僕は裏方に下がり、グラスを用意した。その中にたっぷりと氷を入れ、炭酸水を注ぐ。泡を弾かせシュワッと音をたてる炭酸水の中にシロップを注ぎ、ストローでかき混ぜた。
初夏の訪れを知らせるような氷の音を聞きながら、真っ白なアイスクリームをスプーンですくい、チェリーとともに乗せて完成だ。
「お待たせしました、クリームソーダです」
「ありがとうございます。……緑じゃないんすね」
そう言って彼はグラスを持ちあげ、青色のグラデーションをジッと眺めた。
「はい。爽やかでみずみずしい青。お客様にはブルーハワイの方が合っているかと思いまして」
「あ、あざっす。いただきます」
照れたように、彼は頬をかいた。クリームソーダを一口飲み、「うまっ!」と声をあげる。その無邪気な姿は、学生時代を思い出させる。
「……窪田さんって今おいくつ何ですか?」
僕の名札をチラッとのぞき見て、彼は口を開く。
「四十です」
「四十!? もっと若いかと思ったっす。あ、俺は懸田翔って言います。二十三っす」
僕が名前を聞く前に彼は教えてくれた。懸田くんは現在プログラミング会社で働いているそうだ。
「俺、いっつも先輩に注意されてばっかりなんです。わからないことがあったら聞けって言うから、色々質問してるんすけど、しつこいって言われたりして……働くって難しいっすね」
彼は弱々しく笑った。
「うーん、わからないことをわからないって言えるのは、素晴らしいことだと思いますよ。でも、そうですね。何がわからないのか、何に悩んでるのか、具体的に言ってほしいってことじゃないですか?」
「具体的に?」
「はい。自分はこういうやり方でやってダメでしたが、どこがいけなかったのか、とか。何でもかんでも質問するんじゃなくて、まず自分で考えてやってみた上で、どこがわからないのかを明確にするんです」
「なるほど! あ、メモ取っていいっすか?」
僕がうなずくと、懸田くんはすぐさまカバンからメモ帳を取り出した。見るとそこには文字がぎっしりと書かれていた。先輩から言われたことだろうか。
なんとなくチャラくて適当そうだと最初は思っていたが、すごく真面目な子なんだと気づいた。人を見た目で判断してはいけない、ずっと言われていることだが、案外難しい。
そのあとも、僕が営業の仕事をしていたころの話をすると、懸田くんは熱心にメモを取った。自分の知恵や経験が、誰かの役に立つってすごく嬉しいことだなと改めて思う。
「今日はありがとうございました。貴重なお話がうかがえて嬉しかったっす」
白い歯を見せて笑う懸田くん。うっ、とてもまぶしい。
「いえいえ、頑張ってくださいね」
「うっす!」
彼はお店で売っている透明なグラスを買っていった。クリームソーダが大好物だそうで、家でも挑戦してみるんだとか。
僕は懸田くんを入り口の外まで見送り、店内に戻った。
「わんこみたいで可愛らしい方でしたね」
懸田くんが飲み終わったグラスを片付けながら、萌花ちゃんはそう言った。今時はああいう可愛い子がモテるんだなぁ。
「だね。萌花ちゃんってそういう相手はいるの?」
なんとなく話の流れで聞いてみただけだったが、彼女はすっごく不快なものを見るような目で僕を見た。
「静哉さん、それセクハラですよ」
「えっ! ダメなの!?」
「今はそういうのに敏感な時代なんです」
「そうなんだ……ごめん」
シュンとなる僕が面白いのか、くくっと萌花ちゃんは笑っている。またからかわれたのか。
僕はマスターのそばへと移動し、口に手を添えて話した。
「マスター、なんで萌花ちゃんは僕の扱いがあんなに雑なんですか。マスターはすごく慕われてるのに……」
「何言ってるんだい。あれは静哉くんに甘えてるんだよ」
「え?」
マスターはそれだけ言うと、手際よく閉店作業に取りかかった。
甘えてる? 萌花ちゃんが僕に?
彼女は両親とあまり仲が良くなく、一人で京都から上京してきた。親に甘えたかったんだろうか。そうはいっても、僕には子どもがいないから接し方がよくわからない。
うーんと一人考えながら萌花ちゃんを見ると、なにやらマスターと話しこんでいる。もっとわかりやすく甘えてほしいなぁなんて思ったけど、こんなことを本人に言ったら、またセクハラだって言われそうだ。
はぁ……若い子って難しい。
「はい、お疲れ様でした。また来週だね」
生徒のたどたどしい挨拶にそう返し、ノートパソコンを閉じた。マイクつきのヘッドホンを頭から取り外して、ふーっとひと息つく。
◇
家からカフェ・ボヌールまでは歩いて十五分。
お店に向かう道中、見知った後ろ姿を発見した。声をかけようとすると、僕の気配を察知したのか、彼女は後ろを振り返る。つり目がちな瞳が僕をとらえた。
「こんにちは、静哉さん。ストーカーですか?」
「萌花ちゃんはほんっと僕の扱いが雑だね」
萌花ちゃんがいつものようにからかってきたので、僕は肩をすくめる。
「今日は遅刻じゃないんですね」
にやにやとした顔を向ける萌花ちゃんは、なんだかテンションが高い。
またお客様の様子をこっそり見に行ったんだろう。チラッと萌花ちゃんを見たあと、僕は独り言のように呟いてみた。
「そういえば、昨日お店に来た女の子どうなったのかなぁ」
すると萌花ちゃんは待ってましたと言わんばかりの笑顔になった。
「ふふふ、気になります? 実は今朝、駅まで見に行ったんですけど、大丈夫そうでした。昨日とは違って、落ち着いた雰囲気になっていましたよ」
「そうなんだ、良かったね」
「はい!」
萌花ちゃんの方がよっぽどストーカーっぽいのだが、僕は何も言わないことにした。彼女の満面の笑みにはどうしても弱い。
「いいよね、萌花ちゃんの姿なら、こっそり観察してても不審がられなさそうだし」
「静哉さんはアウトですねぇ。その姿で都会にいると、注目浴びちゃいますもん」
僕たちがそんな話をしていると、あっという間にお店に着いた。もうすでにマスターは準備している。僕たちに気づき、相変わらずの優しい笑顔で「こんにちは」と言った。
――カランカランと、お客様を知らせる鈴が鳴る。スーツ姿の男性が興味深そうに店内を見回した。
「いらっしゃいませ」
「一人っす」
「こちらへどうぞ」
僕は彼をカウンター席に案内した。水とメニュー表を渡すと、すぐに「クリームソーダ一つ」と注文してきた。
「はい、かしこまりました」
僕は裏方に下がり、グラスを用意した。その中にたっぷりと氷を入れ、炭酸水を注ぐ。泡を弾かせシュワッと音をたてる炭酸水の中にシロップを注ぎ、ストローでかき混ぜた。
初夏の訪れを知らせるような氷の音を聞きながら、真っ白なアイスクリームをスプーンですくい、チェリーとともに乗せて完成だ。
「お待たせしました、クリームソーダです」
「ありがとうございます。……緑じゃないんすね」
そう言って彼はグラスを持ちあげ、青色のグラデーションをジッと眺めた。
「はい。爽やかでみずみずしい青。お客様にはブルーハワイの方が合っているかと思いまして」
「あ、あざっす。いただきます」
照れたように、彼は頬をかいた。クリームソーダを一口飲み、「うまっ!」と声をあげる。その無邪気な姿は、学生時代を思い出させる。
「……窪田さんって今おいくつ何ですか?」
僕の名札をチラッとのぞき見て、彼は口を開く。
「四十です」
「四十!? もっと若いかと思ったっす。あ、俺は懸田翔って言います。二十三っす」
僕が名前を聞く前に彼は教えてくれた。懸田くんは現在プログラミング会社で働いているそうだ。
「俺、いっつも先輩に注意されてばっかりなんです。わからないことがあったら聞けって言うから、色々質問してるんすけど、しつこいって言われたりして……働くって難しいっすね」
彼は弱々しく笑った。
「うーん、わからないことをわからないって言えるのは、素晴らしいことだと思いますよ。でも、そうですね。何がわからないのか、何に悩んでるのか、具体的に言ってほしいってことじゃないですか?」
「具体的に?」
「はい。自分はこういうやり方でやってダメでしたが、どこがいけなかったのか、とか。何でもかんでも質問するんじゃなくて、まず自分で考えてやってみた上で、どこがわからないのかを明確にするんです」
「なるほど! あ、メモ取っていいっすか?」
僕がうなずくと、懸田くんはすぐさまカバンからメモ帳を取り出した。見るとそこには文字がぎっしりと書かれていた。先輩から言われたことだろうか。
なんとなくチャラくて適当そうだと最初は思っていたが、すごく真面目な子なんだと気づいた。人を見た目で判断してはいけない、ずっと言われていることだが、案外難しい。
そのあとも、僕が営業の仕事をしていたころの話をすると、懸田くんは熱心にメモを取った。自分の知恵や経験が、誰かの役に立つってすごく嬉しいことだなと改めて思う。
「今日はありがとうございました。貴重なお話がうかがえて嬉しかったっす」
白い歯を見せて笑う懸田くん。うっ、とてもまぶしい。
「いえいえ、頑張ってくださいね」
「うっす!」
彼はお店で売っている透明なグラスを買っていった。クリームソーダが大好物だそうで、家でも挑戦してみるんだとか。
僕は懸田くんを入り口の外まで見送り、店内に戻った。
「わんこみたいで可愛らしい方でしたね」
懸田くんが飲み終わったグラスを片付けながら、萌花ちゃんはそう言った。今時はああいう可愛い子がモテるんだなぁ。
「だね。萌花ちゃんってそういう相手はいるの?」
なんとなく話の流れで聞いてみただけだったが、彼女はすっごく不快なものを見るような目で僕を見た。
「静哉さん、それセクハラですよ」
「えっ! ダメなの!?」
「今はそういうのに敏感な時代なんです」
「そうなんだ……ごめん」
シュンとなる僕が面白いのか、くくっと萌花ちゃんは笑っている。またからかわれたのか。
僕はマスターのそばへと移動し、口に手を添えて話した。
「マスター、なんで萌花ちゃんは僕の扱いがあんなに雑なんですか。マスターはすごく慕われてるのに……」
「何言ってるんだい。あれは静哉くんに甘えてるんだよ」
「え?」
マスターはそれだけ言うと、手際よく閉店作業に取りかかった。
甘えてる? 萌花ちゃんが僕に?
彼女は両親とあまり仲が良くなく、一人で京都から上京してきた。親に甘えたかったんだろうか。そうはいっても、僕には子どもがいないから接し方がよくわからない。
うーんと一人考えながら萌花ちゃんを見ると、なにやらマスターと話しこんでいる。もっとわかりやすく甘えてほしいなぁなんて思ったけど、こんなことを本人に言ったら、またセクハラだって言われそうだ。
はぁ……若い子って難しい。
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