カフェ・ボヌールでひと息

浅川瀬流

文字の大きさ
3 / 5

第2話 駆け出しの青さ

しおりを挟む
「アリガトウゴザイマシタ」
「はい、お疲れ様でした。また来週だね」

 生徒のたどたどしい挨拶にそう返し、ノートパソコンを閉じた。マイクつきのヘッドホンを頭から取り外して、ふーっとひと息つく。



 家からカフェ・ボヌールまでは歩いて十五分。
 お店に向かう道中、見知った後ろ姿を発見した。声をかけようとすると、僕の気配を察知さっちしたのか、彼女は後ろを振り返る。つり目がちな瞳が僕をとらえた。

「こんにちは、静哉せいやさん。ストーカーですか?」
萌花もかちゃんはほんっと僕の扱いが雑だね」

 萌花ちゃんがいつものようにからかってきたので、僕は肩をすくめる。

「今日は遅刻じゃないんですね」

 にやにやとした顔を向ける萌花ちゃんは、なんだかテンションが高い。
 またお客様の様子をこっそり見に行ったんだろう。チラッと萌花ちゃんを見たあと、僕は独り言のように呟いてみた。

「そういえば、昨日お店に来た女の子どうなったのかなぁ」

 すると萌花ちゃんは待ってましたと言わんばかりの笑顔になった。

「ふふふ、気になります? 実は今朝、駅まで見に行ったんですけど、大丈夫そうでした。昨日とは違って、落ち着いた雰囲気になっていましたよ」
「そうなんだ、良かったね」
「はい!」

 萌花ちゃんの方がよっぽどストーカーっぽいのだが、僕は何も言わないことにした。彼女の満面の笑みにはどうしても弱い。

「いいよね、萌花ちゃんの姿なら、こっそり観察してても不審ふしんがられなさそうだし」
「静哉さんはアウトですねぇ。その姿で都会にいると、注目浴びちゃいますもん」

 僕たちがそんな話をしていると、あっという間にお店に着いた。もうすでにマスターは準備している。僕たちに気づき、相変わらずの優しい笑顔で「こんにちは」と言った。

 ――カランカランと、お客様を知らせる鈴が鳴る。スーツ姿の男性が興味深そうに店内を見回した。

「いらっしゃいませ」
「一人っす」
「こちらへどうぞ」

 僕は彼をカウンター席に案内した。水とメニュー表を渡すと、すぐに「クリームソーダ一つ」と注文してきた。

「はい、かしこまりました」

 僕は裏方に下がり、グラスを用意した。その中にたっぷりと氷を入れ、炭酸水をそそぐ。泡をはじかせシュワッと音をたてる炭酸水の中にシロップを注ぎ、ストローでかき混ぜた。
 初夏の訪れを知らせるような氷の音を聞きながら、真っ白なアイスクリームをスプーンですくい、チェリーとともに乗せて完成だ。

「お待たせしました、クリームソーダです」
「ありがとうございます。……緑じゃないんすね」

 そう言って彼はグラスを持ちあげ、青色のグラデーションをジッと眺めた。

「はい。爽やかでみずみずしい青。お客様にはブルーハワイの方が合っているかと思いまして」
「あ、あざっす。いただきます」

 照れたように、彼は頬をかいた。クリームソーダを一口飲み、「うまっ!」と声をあげる。その無邪気な姿は、学生時代を思い出させる。

「……窪田くぼたさんって今おいくつ何ですか?」

 僕の名札をチラッとのぞき見て、彼は口を開く。

「四十です」
「四十!? もっと若いかと思ったっす。あ、俺は懸田かけだかけるって言います。二十三っす」

 僕が名前を聞く前に彼は教えてくれた。懸田くんは現在プログラミング会社で働いているそうだ。

「俺、いっつも先輩に注意されてばっかりなんです。わからないことがあったら聞けって言うから、色々質問してるんすけど、しつこいって言われたりして……働くって難しいっすね」

 彼は弱々しく笑った。

「うーん、わからないことをわからないって言えるのは、素晴らしいことだと思いますよ。でも、そうですね。何がわからないのか、何に悩んでるのか、具体的に言ってほしいってことじゃないですか?」
「具体的に?」
「はい。自分はこういうやり方でやってダメでしたが、どこがいけなかったのか、とか。何でもかんでも質問するんじゃなくて、まず自分で考えてやってみた上で、どこがわからないのかを明確にするんです」
「なるほど! あ、メモ取っていいっすか?」

 僕がうなずくと、懸田くんはすぐさまカバンからメモ帳を取り出した。見るとそこには文字がぎっしりと書かれていた。先輩から言われたことだろうか。

 なんとなくチャラくて適当そうだと最初は思っていたが、すごく真面目な子なんだと気づいた。人を見た目で判断してはいけない、ずっと言われていることだが、案外難しい。

 そのあとも、僕が営業の仕事をしていたころの話をすると、懸田くんは熱心にメモを取った。自分の知恵や経験が、誰かの役に立つってすごく嬉しいことだなと改めて思う。

「今日はありがとうございました。貴重なお話がうかがえて嬉しかったっす」

 白い歯を見せて笑う懸田くん。うっ、とてもまぶしい。

「いえいえ、頑張ってくださいね」
「うっす!」

 彼はお店で売っている透明なグラスを買っていった。クリームソーダが大好物だそうで、家でも挑戦してみるんだとか。
 僕は懸田くんを入り口の外まで見送り、店内に戻った。

「わんこみたいで可愛らしい方でしたね」

 懸田くんが飲み終わったグラスを片付けながら、萌花ちゃんはそう言った。今時はああいう可愛い子がモテるんだなぁ。

「だね。萌花ちゃんってそういう相手はいるの?」

 なんとなく話の流れで聞いてみただけだったが、彼女はすっごく不快なものを見るような目で僕を見た。

「静哉さん、それセクハラですよ」
「えっ! ダメなの!?」
「今はそういうのに敏感な時代なんです」
「そうなんだ……ごめん」

 シュンとなる僕が面白いのか、くくっと萌花ちゃんは笑っている。またからかわれたのか。
 僕はマスターのそばへと移動し、口に手を添えて話した。

「マスター、なんで萌花ちゃんは僕の扱いがあんなに雑なんですか。マスターはすごくしたわれてるのに……」
「何言ってるんだい。あれは静哉くんに甘えてるんだよ」
「え?」

 マスターはそれだけ言うと、手際よく閉店作業に取りかかった。


 甘えてる? 萌花ちゃんが僕に?


 彼女は両親とあまり仲が良くなく、一人で京都から上京してきた。親に甘えたかったんだろうか。そうはいっても、僕には子どもがいないから接し方がよくわからない。
 うーんと一人考えながら萌花ちゃんを見ると、なにやらマスターと話しこんでいる。もっとわかりやすく甘えてほしいなぁなんて思ったけど、こんなことを本人に言ったら、またセクハラだって言われそうだ。

 はぁ……若い子って難しい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。

ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。 彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。 婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。 そして迎えた学園卒業パーティー。 ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。 ガッツポーズを決めるリリアンヌ。 そのままアレックスに飛び込むかと思いきや―― 彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

処理中です...