物の怪の宴

いーすと

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第1章

第11話 「確固たる信念」

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「…なるほどね。」


なかなか面白い話を聞いた。


どうやら、部屋の中の2人は私の気配に気づいていないらしいので、いろいろと盗み聞きさせてもらったが。


確かに、聞いた感じ有り得そうではある。


確かに、記憶を操れる能力を持つ人間は、私も1人しか知らない。


しかもその人は異様なほど恐れられているため、余計に黒幕のように思えるのも頷ける。


だけど…私はなんとなく、いや絶対に─その人は黒幕ではないと思っている。


だってあの人は──


───


私の名前はアイリス・オリヴィエ。


サキュバスの一族に生まれたが、私はどうしてもサキュバスという種族が好きではなかった。


できれば、自分がサキュバスであることを隠して生きていたいと思っていた。いや、今でもそう思っていないといえば嘘になる。


ずっとこの種族が、そして自分が、好きになれないでいた。


そんな私が、私を好きにはならずとも、私を認めることができるようになったのは、ある人のおかげなのだ。


その人こそ、たった今シルヴァンやエルベルトに「黒幕」と疑われている、アンナ・ブランシュ──シャルルの姉にあたる人物──である。


彼女はシャルルやその兄から異常なほど恐れられており、美しい顔立ちだが無愛想で冷たそうに見えるので周りの人にも怖がられている。


…が、私は、私だけは…彼女が本当はその見た目の美しさに見合った美しい心を持っていることを知っている。


これは私が中等学校に通っていた時代の話だ。


────


私が通っていたのは、貴族とはいかないもののそこそこの権力と財力を持っている名家の子供たちが通う、「お嬢様学校」に似た学校であった。


私も一応「名家」と呼ばれる家の出身ではあったので仕方なく通っていたが…。


正直、周りの人間にも教師にもウンザリしていた。


私の家の権力を利用したいという理由だけでゴマをすってくる私よりも権力の無い家庭の令嬢達。


「サキュバス」という種族である私に向けられる偏見の目。


教師の中には、私を将来愛人にしたいというだけで贔屓してくる輩もいた。


こんな最悪の環境に襲われて、私はもう限界だった。


こんなことなら、私なんて、生まれて来なければよかったのに。


どうしようもなく辛くて苦しくて、1年生の秋頃のある日の昼休み、私はこっそり学校を抜け出すことを試みた。


当然、校門は閉まっていて学校から出ることは不可能だ。


それでもとにかくこの学校から離れたくて必死だった私は、校舎の裏の生垣を乗り越えて、学校の隣の建物の裏まで走った。


これだけでもかなりの労力を使ったが、まだまだ学校から離れているとは言えないほどの距離しか逃げられていない。


早く…早く、逃げなくちゃ。


そう思った時だった。


建物の裏庭の隅に置かれたテーブルで1人、お茶を飲む人物を見つけたのは。


彼女はこちらを見ると一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐになんとなく状況を察してくれたのか、少し困ったように微笑み、手招きをした。


私は、彼女のその仕草の美しさに、「逃げたい」という気持ちを忘れて気づいたら彼女の示した席に座っていた。


この人は誰だろう?


「…私はアンナ・ブランシュ。その制服…あなた、中等部の子ね。一体、何があったの?ひどい顔色よ。」


「私…私は、アイリス・オリヴィエです。えっと…」


隠しても仕方がないので、私は自分の生い立ちから学校であった様々なことから洗いざらい全てを話した。


彼女は私が詰まり詰まり話すのを、黙って頷きながら聞いていた。


「……だから、逃げようと、思ったんです」


「…そう。そうだったの。…大変だったわね。辛かったのね。…よくここまで来たわね。…今、お茶を入れるから…」


彼女は私を肯定も否定もせず、ただそれだけ言った。


ただそれだけだったのに。


その言葉が心に染みて、今までの辛さや苦しさ、全ての感情が溢れて止まらなくなった。


ここに、確かに「偏見の目ではなく、ありのままを見てもらえている私」がいた。


私はその日初めて、人前で泣いた。


そんな私に彼女は──アンナ・ブランシュは何も言わず、お茶を注いで差し出しただけだった。


彼女は無口で、慰めの言葉もほとんどかけてはくれなかったけれど、全身から暖かくて優しいオーラが放たれていた。


誰かの傍にいるのが心地いいと思えたのは、初めてだった。


それからは、よく昼休みに学校の生垣を乗り越えては彼女の元へ向かった。


彼女はどうやらこの学校の高等部の3年生であるらしい。学校の隣にある建物は高等部の校舎だったようだ。


なぜ知らなかったのか、私もよくわからないが…多分、学校についてなんか知りたくもなかったからなのだろう。


しかし、彼女を見つけて、学校に来る意味を見つけた今は違う。


彼女のおかげで、学校に行くのが楽しみとすら思えるようになったし、「私にも居場所がある」ということで自分に少しだけ自信が持てるようになった。


季節は流れ、彼女の卒業が近くなってきてからは、毎日のように通いつめた。


彼女は毎日お茶とお菓子を持ってきては、私の話を静かに聞いてくれていた。


今考えると迷惑だったろうなと思うが、当時の私にそんなことを考える余裕はなかったようだ。


彼女の傍は紛れもなく、「私が私でいられる場所」だった。


その事実は私を元気づけた。


しかし、別れの時はすぐにやってきてしまった。


彼女の卒業式の日、私は学校を無断で休んだ。


彼女に会いたくなかった。会ってしまえば辛くなるのがわかっていた。


時計を見ると午後1時を回ったところだった。


今頃卒業式も終えて、帰ってしまったところだろう。


本当は今でも、今からでも会いたい。


けれど、きっと行かなくて正解なのだ。


誰かとの別れはこんなにも辛いものなのかとしみじみ思った。


無性に泣けて仕方なかった。


その時、私に1本の電話がかかってきた。


クラスの担任からだった。


当然、怒られるものだと思っていたが…電話の内容は衝撃的なものだった。


「あなたに会いたがっている高等部の方がいらっしゃいます、確かアンナさんと言ったかな…。無理にとは言いませんが、今からでも来れませんか。」


彼女が私に会いたいと言っている。


無口でいつも聞き役に徹している彼女が、私に…。


私は人生で1番速く走ったんじゃないかと思うほど必死で走っていた。


やっぱり、会わなきゃ。


会って直接お別れを言わなきゃ。


私は高等部の校舎に到着すると、無意識に裏庭のいつもお茶をしていたテーブルまで走っていた。


そこにはやはり彼女がいて、私を見つけると微笑んだ。


「…わがままを言ってごめんなさいね。最後にあなたと話がしたかったの。」


何も言えないでいる私に、彼女はこう続けた。


「あのね…私、初めてあなたに出会って、あなたの事情を聞いた時に…あなたが私にすごく似てるって思ったの。」


「私と…先輩が、似てる…?」


「えぇ…。実は私もずっと、この冷たそうな見た目と記憶を操れる能力から、誰からも相手にされなくて…2人の弟さえ、私を怖がって近づかない始末よ。だから、あなたの事情を聞いて、とても他人事とは思えなかったのよ。」


「そうだったんですね…。そうとは知らず、私は先輩に依存しっぱなしで…すいませんでした…。」


「いいえ、私もあなたの傍がとても居心地良くて…今日もついわがままを言ってしまったわ。依存してたのは私の方かもしれないわね…。短い間だったけれど、楽しかったわ。ありがとう。」


「わ、私の方こそ…!私が学校に行けるようになったのも、辛い気持ちが軽くなったのも、全部、全部…先輩のおかげなんです…本当に、ありがとうございます」


「あなたにそう言って貰えて嬉しいわ…あなたとはきっと、またどこかで出会えると思う。確証はないけど、そういう気がするの。…またね、アイリスちゃん。元気で…」


「はい。…お元気で」


私は去っていく彼女の後ろ姿を、黙って見送った。


彼女の背中は、なんだかとても小さく思えた。


────


彼女がその後どこで何をしているのか、私は知らない。


あるのは彼女と私が過ごした、短い時間の思い出だけだ。


それでも彼女がくれた言葉は、今でも私の心に深く残っている。


今の私がいるのだって、彼女のおかげなのだ。


私にこんなにも大きなものを残してくれた彼女が、ギャレット一家の殺人事件の黒幕だなんて、絶対に有り得ない。


私だけは、真実を知るまで…彼女のことを信じよう。


そう決めて、私はそそくさと部屋の前から立ち去るのだった。


───
アイリス・オリヴィエ
女 2100歳 161cm  5/18
(Iris Orivie)
悪魔軍。
サキュバス一族のそこそこの家庭で生まれる。本人は自分がサキュバスであることをあまりよく思っていない。
常にタロットカードを持ち歩いており、自分や人の運勢をそのカードで自由に決められる能力を持つ。
性格はサバサバとしており好戦的。ドS。
よくエルベルトをいじっては遊んでいる。
完璧主義で、自分に厳しい。
また非常にスタイルがいい。
魔術より武術派。
好きな物はスムージー、嫌いなものは油っこいもの。趣味は占い。
魔力属性は火。(副属性は闇)
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