事なかれ主義の回廊

由紀菜

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4.迷走

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入学初日の夜も、彼は本の虫となった。

今夜は魔法関係を攻めたい。興味があり過ぎるのだ。学校では衝撃が中々抜けずに放心状態だったが、啓嗣自身はゲームや漫画でファンタジーの世界に浸ってきた人間である。ゲーム内では遠距離攻撃の魔法より近接戦が好きで大剣や槍を振り回していたが、その武器に属性付与して魔物討伐とかできたりするんだろう?夢がいっぱいじゃないか。

どちらにせよ終わっていた人生だったんだと、過去に振られた彼女達と同じように切り替えの早い啓嗣は、ランバートとしての人生を謳歌し始めようとしていた。

「ええーっと、"初めて魔力の具現化を試みる時期は十歳以上を推奨する。魔力の放出に耐えうる筋肉量、身長、想像力が伴わないまま、保持魔力量も未知な状態で行うことは大変危険であり、最悪の場合死に至る場合があるからである。"…って、怖っ!後四年もお預けなわけ?!」

黒色に銀色のタイトルが箔押しされている【初級魔法の手引き】の「はじめに」には続きがあった。

──赤子の理解のないまま勝手に放出されるのを防ぐため、生まれてすぐに魔力制御の石を身に付けることが義務化されている──

その文章を読んですぐ、目が覚めた時から首にかけられていた大ぶりのアメジストのような淡く光る石を嵌め込んだネックレスを、シルクのナイトウェアの下から引き出した。首飾りなんて慣れなくて何度も外そうとしたが、肌身離さず持っているようだったから大事なものなんだろうと止めていた。外さなくて良かった…。

その後も読み進めていると、ティーカップのハーブティーが無くなっていることに気付いた。お代わりを貰おうと思ったが、この場合どうしたらいいんだ。呼び鈴は手の届く窓際に置かれているが、夜中に鳴らすのは気が引ける。家が広すぎてキッチンの場所も把握できていないし。よし、探索するか。

各扉には誰の部屋か札に書かれているので助かった。右側へ少し歩くとトイレがあって、左隣はツェンリー兄様の部屋なのは知っている。更にその奥の部屋には、【使用人控室】と書かれていた。バイトの休憩室みたいなものか。そのまま進むと、ウェイトンの部屋、そして【サイモン】さん…の部屋?ウェイトンの部屋から結構離れて扉があるので一番広い部屋だろう。ってことは、父上か。2日目にしてやっと父上の名前を知れてホッとする。

父上の部屋が角部屋で、あとは階段があるだけだった。当然ではあるが水場は一階だと相場が決まっているので階段を降りる。

キッチンは降りてすぐのところにあった。電気も消されて誰もいない。飲み物は諦めて今日はもう寝るかな…と部屋に戻る途中でウェイトンに会った。
「ぼっちゃま、どうされました?」
「あ…いやー、どうにも眠れなくてさ。ちょっと散歩がてらブラブラしてたんだ。」

しどろもどろに答えると、ウェイトンは僅かに目を細めて「昨夜も余りお眠りになられていないのでしょう。何かお悩み事があるのなら、わたくしめで良ければお聞きいたしますよ。」と甲斐甲斐しく背中を優しく押してきた。執事は子供のお悩み相談も業務に含まれているのか、単に可愛がられているのか…おそらく後者だろう。

彼に促されるままにランバートの部屋に入った。
「悩み事というか、分からないことがあって…」
「はい」
ベッドに腰掛ける俺と目線を合わせるように片膝をつく彼に話した。この直前まで、彼を味方をつけるために話すかどうか迷っていた。
「おれ…ぼ、僕が2日前に倒れた後、ウェイトンは何か違和感を感じなかった?」
「沢山ございます」
「えっ」
即答の彼に目を瞠る。吐き出すようにウェイトンは矢継ぎ早に告げた。
「私や他の使用人を興味深く見てらっしゃったこと、今朝キルティがおぼっちゃまのお召し物を替えることを許可なさったこと、大好物のベリー入りのキッシュを不思議そうに口にされていたこと、ご入浴も歯を磨かれるのも、まるで迷子のようにツェンリー様の後を追っていらっしゃったこと。全て初めての体験で周りを観察されていらっしゃるように見えました。」

もうバレバレじゃん。潔いほどに。
なんでも、メイドのキルティがランバートの服を着替えさせる担当らしいのだが、自分で何でもやってみたい時期で最近は許可していなかったらしい。なんてこった。他人に、しかも異性に着替えさせられるの恥ずかしかったんだぞ。
「それでも…ウェイトンは何も言わなかったんだね、どうして?」
「頭を打った後遺症か何かかと思いまして。シエル様と主治医にはご報告しております。重大な損傷もないので、一時的な記憶障害かもしれないと。本人を混乱させないためにも様子を見てみましょうということになりました。」

なるほどね。流石に人格が変わった、という発想にはならないか…記憶障害ってめちゃくちゃ便利な理由になるじゃん。よし、それでいこう。

「ウェイトン、実はそうなんだ…何も…覚えていないんだ。でも、色々聞いていくうちに思い出すかもしれない。」
「ええ、わたくしめで分かることなら何でもお教えいたしましょう。」
「ありがとう!じゃあ早速…飲み物を部屋でお代わりしたい時はどうしたらいい?キッチン勝手に触っていいなら自分でするけど。」
最初に聞く質問がそれなのかと不思議そうに見返すウェイトンであったが、丁寧に答えてくれた。
「火の元は危ないので自分でなさらないように。用がございましたら夜間でもいつでもその呼び鈴を鳴らしてくだされば…常時交代で対応できる者がおりますので。ですが、夜更かしはよくありませんね…。」
「今夜からはぐっすり眠れる気がするよ。」
そう言って俺は他にも知りたいことを質問攻めした。

「魔力の最初の放出の時期は10歳以上を推奨って本で読んだけど、身体を鍛えたら少し早く使えるようになる?」
「…早く使えるようになりたいのですか?」
彼は少し驚いて声のトーンが上がった。そりゃあ、魔法に憧れる子供は多いだろうに。
「今までのぼっちゃまは魔法や剣技には余り興味を示されず、歴史や文化、経営などの勉学に励まれておりましたゆえ…」
やってしまった。確かにランバートの部屋には6歳が読むのかと疑問を抱くような難しい文書が沢山並んでいる。親に押し付けられたのではなく自主的に読んでいたのか。でも俺は勉強好きなタイプではないし、以前のランバートを演じる自信もない。方向転換するなら早めがいいだろう。

俺はミケーレ君の話を思い出し、上手く使うことにした。
「クラスメイトのお祖父様が腕の立つ魔術師で魔物から村を救ったって話を聞いて・・・格好良いなって。僕も力をつけて大事な人を守れるようになりたいんだ。」
「ぼっちゃま・・・そういうことでしたか。その心意気は素晴らしいです。ええ、ぼっちゃまは聡明でいらっしゃるので魔力の具現化の想像力については問題なさそうですし、心身ともに鍛錬なされば、早い時期から使えるようになるでしょう。サイモン様は八歳の時から、ツェンリー様は去年の夏からお使いになられていましたよ。」
「そうなの?すごい、僕も頑張るよ!」
兄様の誕生日知らないけど初等部三年生になったそうだから、八、九歳で使えるようになったということになる。アルフレイド家の遺伝子強い!俺もそれに肖ろう!

それから家族の魔法属性についても聞いてみた。
まず、属性は火、水、氷、風、地、雷、光、闇の八種類で、複数の属性を持つ人もいる。光属性は上級者だと治癒魔法に変換できるらしく、闇属性は空間を歪めたり生物の精神状態を狂わせるらしいが、希少なため詳細は文献には載っていなかった。

父上は火と地、母上は水、兄上は地と風のようだ。属性に遺伝の関係は示唆されているものの、まるっきり同じになる方が珍しいらしい。他にも日常生活で支障をきたさないよう、ここに仕えている使用人の名前や簡単な外見の特徴を教えてもらった。もっと聞きたいことはあったけれど、寝る時間だしウェイトンにも申し訳ないので、質問タイムは次回また、ということになった。

今日の情報収穫だけでもホクホクした俺は、初めて熟睡できる夜となった。
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