事なかれ主義の回廊

由紀菜

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3.華々しい舞台の開幕

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今日こそは早く寝なさいと家族から釘を刺されたが、病人として昼間も寝ていたため夜は頭が冴え渡っていた。

何も情報が無いまま学園デビューはキツいだろう。最初が肝心なのだ。特に友人作りは!
ランバートの部屋の勉強机に几帳面に重ねられた学園のパンフレットと、彼が必死で勉強して纏めたのだろうこの国の階級制度についてのノートを、読める分だけ頭に叩き込むことにした。
こうせざるを得ないのも、家族団欒で夕食にありついた時初めましてのランバートの父親が「学校でもアルフレイド家に恥じない振る舞いを心掛けなさい。しかし逆に、高慢に染まって平民や爵位の低い家系を下に見るような卑しい人間になってはいけないよ。」って事前通告してきたからだ。きっと中世の身分制度のようなものが残っているに違いなく、学園では爵位に煩いお貴族サマが上品に手で口を覆い高笑いして廊下を闊歩しているに違いない。

でもこうして自分の意思で自発的に動けるのであれば、やはりこれは夢ではないのかも…と希望なのか絶望なのか分からない感情を頭の片隅に追いやりながら、前世(確定ではないが仮に藤咲啓嗣の記憶が前世だとする)の抜群の記憶力と大学受験で培った集中力に感謝しながら拙い文字を目で追っていく。その際も明らかに知らない文字であるのに日本語に脳内変換して読めてしまう矛盾は置いておいて。

啓嗣が知っている爵位とは違ってシンプルで覚えやすかった。この国、グリディール王国では爵位の後に家名を付けてその名を呼ぶらしい。
政爵・・・国王に次ぐ政治的な権力を持つ爵位
武爵・・・国王に次ぐ軍事的な権力を持つ爵位
統爵・・・都会的で主要な土地を保有し統治する爵位
子爵・・・発展途上で小さい土地を保有し統治する爵位
政爵と武爵に優劣の差は無いようだが、当然統爵や子爵とは比にならぬ地位の高さである。
上記以外にも爵位はあるようだが、推定六歳ではそこまで詰め込まないようで詳細は割愛されている。

此処アルフレイド家はは統爵家らしい。後は四爵位の有名な家名をざっくり覚えておけばいいだろうと、その暗記は空が青白むまで続いた。


◇◇◇

由緒正しき国立グリフォード学園は創立257年という古い歴史を持つ学園である。目の前の白く塗装された重厚で見上げれば首が痛くなる高さの鉄格子の正門は開かれ、真新しい藍色の制服を纏った新入生らが背筋を伸ばして続々と入って行った。宮殿を連想させる大きな校舎を背景に、大きな噴水から散る水飛沫が晴天の光を反射して、煌びやかにこの日を迎えてくれているようだった。

この学園は創立当初からここまで大規模では無かったらしい。国が力をつけ、栄え、貴族らも同じく力を付けて国全体の就学率が上がると共に寄付や寄贈品が増え現在の設備があるわけだ。

[我が校の生徒となった──・・誇り高い騎士道に則り──・・・、切磋琢磨して──]
期待と不安、緊張が混ざったこの華々しい入学式の空気の中、学長の有り難きお言葉を、うつらうつらと拝聴することで昨晩の不足した睡眠を補ったランバートは、幾分スッキリした頭で教室で自己紹介を終えたクラスメイトを観察することができた。此処グリフォード学園は、五歳で入学し初等部六年間、中等部四年間で15歳を迎えて、高等部三年間を経て卒業となる。クラス編成は毎年あるだろうが、それでも13年間も共に過ごす同級生となるんだ。友達選びは慎重にかつ大胆に、だ。

親同士の交流が無ければ殆ど互いに面識は無い。寧ろ前世が入り込んだランバートの人生が初等部からのスタートで良かった。彼の記憶が受け継がれていないからといって出遅れる心配も無さそうである。

「ミケーレ君、はじめまして。隣の席同士よろしくね。」
なーにが、よろしくね、だ。自分の発する慎ましい挨拶に鳥肌を立たせながらも、にこやかに左隣の深緑の髪色をした小柄な男の子に声を掛けた。
「はっ、あっ、わっ、ランバート様…あっ、このような身分の僕にお声がけいただき光栄です。」
顔を赤らめて緊張を持て余し丁寧語で返すミケーレ君に僕は眉を下げる。
大規模で栄えた主要な街の数だけ統爵家が存在するわけだから、この爵位の家名を持つ人間はクラスメイトに一人居るか居ないか。このクラスでは僕一人。ある男の子を除いて一番爵位が高いのだろう。

「ここでは身分も関係無いよ。敬語はやめてよ。」
そう、使用人以外に敬称を付けて呼ばれるのも新鮮で心地良いのだが、ここでおごってはいけない。身分関係なく仲良くしましょうって、担任教師も言ってたし。

彼ミケーレ=サンクリフトの家系を聞いてみると、二代前、つまりミケーレ君のおじいちゃんが腕の立つ魔術師で・・・まじゅつし?
「それで、西側のニールズ山脈で隔たる国境付近の村に住んでいたんだけど、森の奥から出てきた凶暴化した魔物達に襲われそうになって。そこでおじい様が大きな結界を張って村の損壊を抑えてくれたんだ!その功績で初めて祖父の存在が知れ渡って特級魔術師に認定されたんだよ。今は魔力と才能を受け継いだ父上が、うちの村まで領土を拡大して統治なさっている辺境伯爵の右腕として仕えて・・・って、ランバートくん?」

俺の笑顔は満開で、貼りついたままだった。
「ミケーレ君は僕に嘘を吐くような子ではないよね?」
「ええっ・・・?本当だよ!事実だよ!陛下直々に賜った書状も家宝として大事に飾られてあるんだから!」
「うん・・・そうだよね、うん。お祖父様すごいね。僕は実際に魔物なんて見たことがないからさ・・・勝手に想像して怖くなって意地悪を言っちゃった。ごめんね?」
魔物、結界、魔術師・・・非科学要素の三コンボで今にも気を失いそうな俺だが、そういえば昨夜、ランバートの部屋の本棚に置かれた「初級魔法の手引き」という分厚い本の背表紙を見かけたんだった。子供ながらにファンタジーに憧れた、または黒魔術に魅せられたオカルト入門編のような本だとあの時は疑わなかった。

いよいよおかしい事態に置かれた自身を顧みる。どうやら、中世ヨーロッパのような実在した歴史を辿ってタイムスリップしたわけではないようだ。
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