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6.彼の秘密
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「はあ・・・」
休憩時間になる度に憂鬱になって溜息を吐く俺と、そんな俺を見て苦笑するミケーレ。
一度も会話したことない、しかも取っ付き難くて今まで関わったことのない部類のヨアゼルンをいきなり家に招待するなんて意味不明だし、なんて話しかければいいのか皆目見当もつかないよ。
父上と約束した休日まであと三日しかない。この日はズルズルと何も行動できないまま終わろうとしていた。
・・・気付けば俺は、放課後教室を出る彼の後を密かに追っていた。そして、一定の距離を保ったままストーカーへ成り果てていた。流石、ご貴族サマが多数通う名門校だ。名家の子どもたちは門から出ると路上で待機しているそれぞれの馬車に乗り込んで帰っている。かくいう俺も、専用の馬車と既に顔馴染みの御者に毎日お世話になっているのだが。
足の長いヨアゼルンは三十メートル先を歩き、見失いそうになっていた。そこで俺ははたと気付く。それぞれ名家の場所や土地勘は脳に詰め込んでいる。フィアラルドの家はランバートの家と反対方向のはずだ。馬車を表の門から遠くで待機させているとしても、わざわざ遠回りになる逆方向で待機するものだろうか?学園周辺は警備も厳重で比較的治安が良いと聞いているが、あのフィアラルド家の子供をあんなに歩かせるなんて・・・。俺からすれば一回りも二回りも年の離れた子供だ。なんだか親の気持ちになってしまう。そして、ミケーレ君から聞いた情報が頭を掠める。あの噂が放本当だとしたら・・・
急いで自分家の馬車に駆け寄り、御者のボイルさんに彼を追い掛けるようお願いして乗り込んだ。
「ヨアゼルン!」
窓から身を乗り出して追いついた背に声をかけると、彼は目を見開いて振り返った。ボイルさんにこの場に馬車を停めておくよう言ってから俺は彼の元へ駆け寄る。
「ヨアゼルン、君、迎えは?」
「・・・必要ないから来ない。なんだいきなり。」
六歳が発するとは思えない無愛想で警戒した低い声は、俺が初めて聞いた彼の声だった。迎えは必要ない?それはおかしいだろう。
「あーそうそう。俺ね、リーチェっていう人気のケーキ屋に行きたいの。確か君の家の近くじゃなかった?案内してよ。」
リーチェという店は毎日行列ができるほどの老舗のケーキ屋で、アルフレイド家では主に来客用に取り寄せているらしいが、そこのディオネパイ(アップルパイに似ておりディオネという甘酸っぱい果実を使用している)が大変美味しくてつい店の場所を調べたことがある。この話は半分本当である。半分嘘というのはその場所もしっかり把握しているということだ。
「知らない。」
「えー!知らないの?あそこのディオネパイが最高に美味しいんだよ!人生損してるよ。・・・まあいいや。君の家まで案内してくれればあとは自分で探すから。はい、乗って。」
彼の返事を待たずに強引に手を引っ張って、馬車に乗り込んだ。抵抗するのも面倒なのか、案外素直に従ってくれたのである。
「え、これ、周りから誘拐とか思われないよね?」
「・・・。」
ふたり並んで座ってから少し不安になって呟くも、もちろん反応なし。気にせず俺は、クラスで密かにあだ名をつけている先生の話や給食の内容についての不満、昼休みにボール遊びに熱中し過ぎて授業に遅れそうになったこと、そんな他愛のない話をペラペラと一方的に話し、時折分かれ道で進む方向を彼に聞き、家の前で下ろしてサヨナラした。
「じゃあ、また明日ねー」
「・・・。」
前世でもランバートでも、いつも周りが寄ってくるものだから、自分から他人に歩み寄ることをしてこなかった俺は、初めましての適度な距離感をなかなか掴めなかった。が、まぁ初日はこんなもんだろうと一人頷き、ついでにリーチェの店に寄って帰路に着いたのだった。
父上が久々に仕事を休んでいたので、帰宅後着替えると速攻で彼の部屋へお邪魔した。書斎と寝室を繋げた造りだとしても無駄に広い部屋だ。
「ランバート、お帰りなさい。どうしたんだ?鬼気迫る顔をして。」
「父上、例の件ですが、ヨアゼルン、彼の心の距離を詰めるには時間が掛かりそうなんです。猶予をください。」
「ああ…早速頑張っているんだね、ランバート。そんなお前を誇りに思うよ。」
そう言って和やかな笑みで頭を撫でられるとどうにもくすぐったくてかなわない。
「勿論、彼を混乱させては本末転倒だからね、ひと月くらいゆっくり時間をかけてごらん。」
「ありがとうございます、父上。それで、その…ひとつ気になったことがあるのですが。」
「なんだい?」
「彼がフィアラルド家の養子という噂は、本当なのですか?」
途端、サイモンの表情は引き締まり、真剣な声色になった。
「噂…そうか、お前はあの時はまだ知らなかったんだね。」
「今日友達から聞いたんです。あくまで風の噂程度でしたが・・・ということは、本当なのですね。」
父上は昨日俺が天狗になっていた時、すでに彼のことを養子だからと知ってて馬鹿にしたと思ったらしい。やめて、俺は全く身分や血筋に執着する人間じゃないから。
「私も詳しいことは知らない。遠く小さい村に住んでいた彼は赤子の時から類稀な魔力量を有しているということで目を付けられ、養子として迎えられたそうだよ。」
どんだけトンデモ人間なんだよ、ヨアゼルン。ちなみに魔力量は身体の成長と共に増えるが、そのスタートラインは個体差があるし、限界値も当然差が生まれる。彼の場合は生まれながら大人の平均魔力量を凌駕し、つまりギフテッドと呼んでふさわしい才能を見初められたってわけだ。
「実は今日の帰り、彼を家の近くまで送ったんです。歩いて帰ろうとする彼を不思議に思って、迎えは来ないのかと聞くと必要ないから来ないと返されてしまって。」
俺が今日の出来事を報告すると、父上は眉を寄せて腕組みした。
「フィアラルド家はとても厳しい指導で数々の名士を生んでいるが、それとこれとは別問題だね。四方八方から狙われやすい名家が、安全の保障も無しに養子を迎えるなんて言語道断だ。」
俺は父上の意見は尤もだと、大きく何度も頷く。
「少し遠回りになるだろうが、状況が変わるまで彼を送りなさい。御者達には私から言っておく。」
「わかりました。」
それにしても、難儀なクラスメイトを持ったな…
◇◇◇
次の日、もうこれで他人じゃなくなったヨアゼルンに何の気なしに声を掛けた。
「ヨアゼルン、おはよ」
「・・・。」
「ヨアゼルンってちょっと長いし言いにくいんだよな…ヨアでいいか?」
「・・・。」
「なぁ、良いよな?」
「・・・。勝手にしろ。」
よし。鬱蒼な表情で快諾していただいたので、遠慮なくそうさせてもらおう。
昨日はこちらの顔を一切見なかったヨアが、渾名の話にはチラリと目を合わせて反応したので、それで十分だった。
「なんかさ、今日からヨアを家まで送ることになったんだよ。だから勝手に先帰るなよ?」
「・・・意味がわからないし、必要ないと言っただろう。」
「俺も良くわかんないけどさぁ、保護者会?の方針なんだと。隣町でも貴族の子が誘拐されかけたって通報あったみたいだぞ?」
通報の話は本当だ、新聞で読んだから。保護者会は、そんなものこの学園に存在するのかも知らないが、コイツ馬鹿だから適当に言ってりゃ納得するだろ。
送ることについてはずっと黙ったままで返事は貰えなかったが、とりあえず俺は言ったからな!と初めて会話をしているヨアに驚愕し固まっているクラスメイト達を証言者にして自分の席へ向かった。
「ラララ、ランバートくん!!」
「なんだよ、おはよ」
あたふたしているミケーレに挨拶する。大方、知らぬ間にヨアと距離が縮まったから驚いているんだろう。
「俺の手にかかればどんな奴も手懐けられるってもんよ。」
「手懐け・・・っていうか、恐ろしい形相でこっちを睨んでいるけど?!」
「・・・あ?」
ワンテンポ遅れて彼の方を確認するが、目が合うどころか頬杖をついていて後頭部だけが見える。
「こっちを見てすらいないぞ。」
「いや、さっきまで確かに・・・」
「なんかちょっと楽しくなってきたんだよなぁ・・・」
「ランバート君?」
目を細めて微笑む俺にミケーレが訝しむ。
「威嚇して近寄らない孤高なワンコを少しずつ懐柔してみたくなって。」
「あの人に威嚇されても響かない君の方が怖いよ僕は・・・。」
ミケーレの憂いは周りの喧騒で掻き消え、ランバートが拾うことはなかった。
休憩時間になる度に憂鬱になって溜息を吐く俺と、そんな俺を見て苦笑するミケーレ。
一度も会話したことない、しかも取っ付き難くて今まで関わったことのない部類のヨアゼルンをいきなり家に招待するなんて意味不明だし、なんて話しかければいいのか皆目見当もつかないよ。
父上と約束した休日まであと三日しかない。この日はズルズルと何も行動できないまま終わろうとしていた。
・・・気付けば俺は、放課後教室を出る彼の後を密かに追っていた。そして、一定の距離を保ったままストーカーへ成り果てていた。流石、ご貴族サマが多数通う名門校だ。名家の子どもたちは門から出ると路上で待機しているそれぞれの馬車に乗り込んで帰っている。かくいう俺も、専用の馬車と既に顔馴染みの御者に毎日お世話になっているのだが。
足の長いヨアゼルンは三十メートル先を歩き、見失いそうになっていた。そこで俺ははたと気付く。それぞれ名家の場所や土地勘は脳に詰め込んでいる。フィアラルドの家はランバートの家と反対方向のはずだ。馬車を表の門から遠くで待機させているとしても、わざわざ遠回りになる逆方向で待機するものだろうか?学園周辺は警備も厳重で比較的治安が良いと聞いているが、あのフィアラルド家の子供をあんなに歩かせるなんて・・・。俺からすれば一回りも二回りも年の離れた子供だ。なんだか親の気持ちになってしまう。そして、ミケーレ君から聞いた情報が頭を掠める。あの噂が放本当だとしたら・・・
急いで自分家の馬車に駆け寄り、御者のボイルさんに彼を追い掛けるようお願いして乗り込んだ。
「ヨアゼルン!」
窓から身を乗り出して追いついた背に声をかけると、彼は目を見開いて振り返った。ボイルさんにこの場に馬車を停めておくよう言ってから俺は彼の元へ駆け寄る。
「ヨアゼルン、君、迎えは?」
「・・・必要ないから来ない。なんだいきなり。」
六歳が発するとは思えない無愛想で警戒した低い声は、俺が初めて聞いた彼の声だった。迎えは必要ない?それはおかしいだろう。
「あーそうそう。俺ね、リーチェっていう人気のケーキ屋に行きたいの。確か君の家の近くじゃなかった?案内してよ。」
リーチェという店は毎日行列ができるほどの老舗のケーキ屋で、アルフレイド家では主に来客用に取り寄せているらしいが、そこのディオネパイ(アップルパイに似ておりディオネという甘酸っぱい果実を使用している)が大変美味しくてつい店の場所を調べたことがある。この話は半分本当である。半分嘘というのはその場所もしっかり把握しているということだ。
「知らない。」
「えー!知らないの?あそこのディオネパイが最高に美味しいんだよ!人生損してるよ。・・・まあいいや。君の家まで案内してくれればあとは自分で探すから。はい、乗って。」
彼の返事を待たずに強引に手を引っ張って、馬車に乗り込んだ。抵抗するのも面倒なのか、案外素直に従ってくれたのである。
「え、これ、周りから誘拐とか思われないよね?」
「・・・。」
ふたり並んで座ってから少し不安になって呟くも、もちろん反応なし。気にせず俺は、クラスで密かにあだ名をつけている先生の話や給食の内容についての不満、昼休みにボール遊びに熱中し過ぎて授業に遅れそうになったこと、そんな他愛のない話をペラペラと一方的に話し、時折分かれ道で進む方向を彼に聞き、家の前で下ろしてサヨナラした。
「じゃあ、また明日ねー」
「・・・。」
前世でもランバートでも、いつも周りが寄ってくるものだから、自分から他人に歩み寄ることをしてこなかった俺は、初めましての適度な距離感をなかなか掴めなかった。が、まぁ初日はこんなもんだろうと一人頷き、ついでにリーチェの店に寄って帰路に着いたのだった。
父上が久々に仕事を休んでいたので、帰宅後着替えると速攻で彼の部屋へお邪魔した。書斎と寝室を繋げた造りだとしても無駄に広い部屋だ。
「ランバート、お帰りなさい。どうしたんだ?鬼気迫る顔をして。」
「父上、例の件ですが、ヨアゼルン、彼の心の距離を詰めるには時間が掛かりそうなんです。猶予をください。」
「ああ…早速頑張っているんだね、ランバート。そんなお前を誇りに思うよ。」
そう言って和やかな笑みで頭を撫でられるとどうにもくすぐったくてかなわない。
「勿論、彼を混乱させては本末転倒だからね、ひと月くらいゆっくり時間をかけてごらん。」
「ありがとうございます、父上。それで、その…ひとつ気になったことがあるのですが。」
「なんだい?」
「彼がフィアラルド家の養子という噂は、本当なのですか?」
途端、サイモンの表情は引き締まり、真剣な声色になった。
「噂…そうか、お前はあの時はまだ知らなかったんだね。」
「今日友達から聞いたんです。あくまで風の噂程度でしたが・・・ということは、本当なのですね。」
父上は昨日俺が天狗になっていた時、すでに彼のことを養子だからと知ってて馬鹿にしたと思ったらしい。やめて、俺は全く身分や血筋に執着する人間じゃないから。
「私も詳しいことは知らない。遠く小さい村に住んでいた彼は赤子の時から類稀な魔力量を有しているということで目を付けられ、養子として迎えられたそうだよ。」
どんだけトンデモ人間なんだよ、ヨアゼルン。ちなみに魔力量は身体の成長と共に増えるが、そのスタートラインは個体差があるし、限界値も当然差が生まれる。彼の場合は生まれながら大人の平均魔力量を凌駕し、つまりギフテッドと呼んでふさわしい才能を見初められたってわけだ。
「実は今日の帰り、彼を家の近くまで送ったんです。歩いて帰ろうとする彼を不思議に思って、迎えは来ないのかと聞くと必要ないから来ないと返されてしまって。」
俺が今日の出来事を報告すると、父上は眉を寄せて腕組みした。
「フィアラルド家はとても厳しい指導で数々の名士を生んでいるが、それとこれとは別問題だね。四方八方から狙われやすい名家が、安全の保障も無しに養子を迎えるなんて言語道断だ。」
俺は父上の意見は尤もだと、大きく何度も頷く。
「少し遠回りになるだろうが、状況が変わるまで彼を送りなさい。御者達には私から言っておく。」
「わかりました。」
それにしても、難儀なクラスメイトを持ったな…
◇◇◇
次の日、もうこれで他人じゃなくなったヨアゼルンに何の気なしに声を掛けた。
「ヨアゼルン、おはよ」
「・・・。」
「ヨアゼルンってちょっと長いし言いにくいんだよな…ヨアでいいか?」
「・・・。」
「なぁ、良いよな?」
「・・・。勝手にしろ。」
よし。鬱蒼な表情で快諾していただいたので、遠慮なくそうさせてもらおう。
昨日はこちらの顔を一切見なかったヨアが、渾名の話にはチラリと目を合わせて反応したので、それで十分だった。
「なんかさ、今日からヨアを家まで送ることになったんだよ。だから勝手に先帰るなよ?」
「・・・意味がわからないし、必要ないと言っただろう。」
「俺も良くわかんないけどさぁ、保護者会?の方針なんだと。隣町でも貴族の子が誘拐されかけたって通報あったみたいだぞ?」
通報の話は本当だ、新聞で読んだから。保護者会は、そんなものこの学園に存在するのかも知らないが、コイツ馬鹿だから適当に言ってりゃ納得するだろ。
送ることについてはずっと黙ったままで返事は貰えなかったが、とりあえず俺は言ったからな!と初めて会話をしているヨアに驚愕し固まっているクラスメイト達を証言者にして自分の席へ向かった。
「ラララ、ランバートくん!!」
「なんだよ、おはよ」
あたふたしているミケーレに挨拶する。大方、知らぬ間にヨアと距離が縮まったから驚いているんだろう。
「俺の手にかかればどんな奴も手懐けられるってもんよ。」
「手懐け・・・っていうか、恐ろしい形相でこっちを睨んでいるけど?!」
「・・・あ?」
ワンテンポ遅れて彼の方を確認するが、目が合うどころか頬杖をついていて後頭部だけが見える。
「こっちを見てすらいないぞ。」
「いや、さっきまで確かに・・・」
「なんかちょっと楽しくなってきたんだよなぁ・・・」
「ランバート君?」
目を細めて微笑む俺にミケーレが訝しむ。
「威嚇して近寄らない孤高なワンコを少しずつ懐柔してみたくなって。」
「あの人に威嚇されても響かない君の方が怖いよ僕は・・・。」
ミケーレの憂いは周りの喧騒で掻き消え、ランバートが拾うことはなかった。
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