事なかれ主義の回廊

由紀菜

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13.加害者と被害者の面会

ネイチャード第三王子と共に馬車に乗り込んだ。角の生えた獅子のような凛々しい動物の顔が対になって左右を向いている王家の紋章が金色に煌めく馬車に萎縮しながら、自宅療養しているというハミルトンの元へ向かった。

「はは、本当に付いて来なかったね、彼。」
ネイチャード第三王子は何が面白いのかとても愉快そうに鼻を鳴らした。
「ハミルトンは、まぁ、一番の理由は総合試験のことだろうけど、君の美貌とそれに惹き寄せられた多くの好意にも、きっと嫉妬していただろうね。君も、彼の呼び出しを女子からの告白だと思ってサロンに行ったのだろう?」
「うっ…」
もう忘れ去りたい恥ずかしい自分の勘違いを指摘されて穴があったら入りたい気持ちになったが、ネイチャード第三王子は俺を馬鹿にして話を振ったわけでは無いようだ。
「あぁ。君が恒例行事のように放課後女子に呼び出されていた事を知っているからね。無理もないさ。…ヨアゼルンは、毎度君が呼び出されると付いていっていたのかい?」

「いえ、ヨアがどこそこ付いてくるようになったのは、ハミルトンの件からで本当に最近なんです。それまでは心底興味なさそうにさっさと帰ってましたよ。」
そう答えると、ネイチャード第三王子は急に興味が失せたように「へぇ」と呟いたきり、黙り込んだ。
俺達に特筆した接点も共通点も無い。世間話の限界が見えたところで、俺はこの機会を逃すまいと彼に尋ねる。
「ネイチャード第三王子。高等剣術はどのように身に付けられたのですか?」
まさか独学ではないだろう…と思いながら、尊敬の眼差しを抑え切れず尋ねた。
「いやだなぁ。君も剣術は中々の腕前と聞いているよ。これ以上特技を増やして敵を作らないでおくれよ?」
そう笑いながらも彼は質問に答えてくれた。流石の王子は指導環境も最上級であり、なんでも剣を抜いた瞬間から目で捉えることが不可能な俊敏な跳躍と技を振る舞うことから"千人斬りのフィモンド"と呼ばれ、戦場で先陣を切っていた剣士が直々に指導しているそう。フィモンドとは、この国の古くからある代表的な舞踊【フィモン】の踊り手のことを言い、大きいスカーフを手に持ち、風に乗せて踊り手自身を見え隠れさせながら幻想的な踊りを見せる。全身を風に委ねて舞い、気を取られた時には技を喰らっている、そんな指導者の一番弟子として日々特訓しているそうだ。

「僕は国政に余り興味は無いしね。王室でぬくぬくとじっとしているのも性に合わなくて。叔父上のようにいずれは戦場にに出て戦功を積み上げたいのさ。」
軽いウィンクで締めたネイチャード第三王子は戦士としてはまだ身体は細い方ではあるが、その身軽さを武器に敵の懐に忍び込む戦法を目指しているのだろう。

そうして特訓の内容や王室の生活の話など聞いている内に目的地へ到着した。そこそこ自分の家も大きいので驚きはしないが、ロッグフェイズ家の敷地は林に囲まれており、何処からが所有地なのか分からないほど壮大な造りであった。上空から見下ろさないとその屋敷の場所が分からないほど林道は入り組んでおり初見では絶対に辿り着けないという。参謀として暗躍していたドニリク卿の祖先が趣味なのか家を守る為なのか、指示して造られたと案内役の若い男が俺に説明してくれた。

「彼は・・・精神不安定と伺っていましたが、貴方のお話によれば人が変わったようだ、ということでしたよね。」
「うん、そうだね」
「それは、目が覚めてすぐの事だったのでしょうか。」
彼は屋敷の離れで休養中とのことで、正門からまた長い距離を石畳を踏み歩きながら王子と話した。ドニリクが言っていたように己のしたことが表立ってしまった後悔が徐々に押し寄せ・・・ということであれば、自業自得である。または、反省するが故に心を入れ替えたと言うことであれば同情の余地はある。だが、目が覚めてすぐ人格ごと変わったというならば・・・。
「目が覚めてすぐ、目つきから何もかも違ったと聞いている。」
王子の返答にどうやら波乱が待ち受けていそうだなと、身が引き締まり踏み締める靴底に感じる石の凹凸が最初より強く感じられた。


◇◇◇

離れと言えども、使用人が常に数人仕えて一通りの生活が過ごせるよう3LDKの十分な広さが確保されていた。玄関から入ってすぐ感じたことがあった。薄暗い。外から初夏の眩い健やかな日差しが入るはずであるが、重厚なカーテンで遮断され、天井から吊り下げられた照明も頼りない。

離れに向かう前に本邸へお邪魔して軽く挨拶をしたのだが、本邸は離れと同じくクラシカルなデザインでありながら、窓辺から差し込む明々とした陽光を持て余していた。精神的に衰弱しているとなれば、元の世界であればセロトニン云々で日光は積極的に浴びることが推奨されそうなものだが・・・。まぁ、世界の法則も異なるのだから自分に理解できないことは止めどなく出てくるだろう。
「さぁ、ご対面だ」
ハミルトンに一番長く仕えているという大人しい若くて綺麗な女性の使用人が部屋のドアを開ける。
俺の身を隠すマントは要らないのか?と疑問に思うがもう遅い。
「安心していい。彼はこれまでの記憶が何も無いんだ。君のことも認識しないだろう。」
「・・・え?」
少しの不安を帯びた俺を見透かしたようにネイチャード王子は声を掛けた。ハミルトンが、記憶喪失?
薄暗い部屋の奥に、キングサイズのベッドが置かれ、此処の住人は上半身を起こして呆然とこちらを見ていた。
ネイチャード王子がゆっくり彼に近付くので、それに俺も続く。
「ネイチャード第三王子…はるばるお越しくださりありがとうございます。と、ランバート君。初めまして。」
背中をこれでもかと丸め、布団の端をギュッと握りしめてハミルトンは弱弱しく抑揚のない声を発した。世界から取り残されたかのような暗い表情をして、ネイチャード王子にも俺にも焦点を合わせない。

挨拶を受けた俺と言えば、衝撃で声が出なかった。
「ハミルトン、実は君とランバートは初対面ではないんだよ。」
「ああ、そうなんですね、すみません。」
そうハミルトンが申し訳なさそうに話す間も、俺は開いた口が塞がらなかった。誰だこれは?困惑を全開に晒す俺を憐れむようにネイチャード王子は目尻を下げる。
「ランバート。一番困惑しているのは本人なんだ。気持ちは分かるが普通に接してほしい。」
人が変わったようだ、と王子が表現していたが、正にそうである。王子がいる手前、猫を被っていることも考えられたが、それでも貴族の子供だ。こんな控えめな話し方はしていなかったし、性格は別として、初対面でも姿勢から所作から凛とした貴族の品格が伺われていた。
「あ・・・そうですよね。ハミルトン、君。これまで会ったのは一回だけだったから、ほぼ初対面だし気にしないで。いつからの記憶がないの?」
「えっと・・・これまでの記憶は一切なくて・・・周りの人達の名前も顔も、知らないんです。」
記憶喪失というのは本当のようだ。しかし、ヨアの攻撃で壁に頭を打ちつけたのだ。脳に何かしらの影響で記憶障害が出たと考えるのが一般的だろう。
「あれから、何か思い出したりしなかったかい?」
ネイチャード王子が優しく彼に問いかけるも、ハミルトンは静かに申し訳なさげに首を横に振るだけだった。
「そうか。いや、無理に思い出す必要はないよ。」

そこから30分ほど、幼少期から顔見知りだったネイチャード王子は、子供の頃のエピソードなんかを語って少しでも奥底に眠る記憶に触れられるよう努めていた。
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