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第4話 怒鳴り声と来訪者
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お昼すぎ。
今、院生研究室にはカラと優花だけがいる。彩はついさっき部屋から出ていった。
そして、廊下からは手越先生の怒鳴り声が響いていた。手越先生は「バカか!」とか「本当につかえん奴だ!」とか、ののしっている。
優花がつぶやいた。
「立花さん、また怒鳴られているみたいね」
立花は同じフロアの手越研究室の大学院生だ。
手越先生と手越研究室の立花隆平、木村孝行の2人の院生は、西浦研究室の5人と一緒にここに閉じこめられていた。
手越先生は痩せこけた60代の先生だ。
修士2年の立花は体格が良いが、いつも手越先生の前では縮こまっている。
木村は博士1年だが、博士の院生にしてはめずらしく眉目秀麗で髪型やファッションにも気を使っていたので、女子学生にモテていた。
そして実は木村と優花がつきあっていることを、カラと彩は知っている。
手越研究室はロボットシステムの研究をしているため、何体かロボットを所有していた。
周囲がゾンビだらけになってからは、そのロボットが食料や道具を入手する唯一の手段になっている。
手越研究室のチームは今、遠隔操作ロボットで食料を調達しているはずだった。
この建物に食べ物はもうない。
今日食べるものがあるかは、手越研究室頼みだ。
でも、手越先生の怒鳴り声を聞く限り、失敗したらしい。
カラは頬杖をついたまま言った。
「あれってアカハラだよね。大学に訴えればいいのに。って、今更ムリかー。きっと担当者は避難したかゾンビになっちゃったもんね」
大学はもちろん機能していないが、それより今はもうハラスメントどころか、キャンパス中で傷害事件が起こっている、生きるか死ぬかの世界だ。それでも以前の常識が、まだ思考の中に残っている。
優花はうなづいた。
「私もずっと思ってた。手越先生って誰に対しても厳しくてパワハラっぽいところがあるけど、特に立花さんに厳しいから。でも、立花さんは文句を言わないの」
「意外~。あの人、後輩にはいばってるのに。テゴッチには頭があがらないなんて。てか、別の研究室いけばいいじゃんね。わざわざテゴッチを選んでるってことは、実はテゴッチのこと好きなの? ドM?」
カラは手越先生のことをテゴッチと呼んでいる。本人に聞こえるところでも。
それでも意外なことに、カラが手越先生に怒られたことはない。
手越先生は気難しくて厳格なことで知られていたが、誰に対しても怒鳴り散らしているわけではなく、優秀な学生には寛大なところがあった。
それからしばらくして突然、部屋に設置してある電話が鳴った。
優花が立ち上がり、電話を取った。
「はい、もしもし。遠野です。…………。はい。西浦先生は来客をお待ちしていました。その人だと思います。……すぐに私が先生にお伝えします」
優花が電話を置くとすぐに、カラはたずねた。
「ニッシーが言ってた、アランからの助っ人がついたの?」
「そうみたい。私は西浦先生を呼んでくる」
「やったね」
「でも、本当に避難なんて、できるのかな」
つぶやきながら優花は部屋を出て行き、カラはわくわくしながら、来訪者がいるはずの北側のエレベーターホールへ向かった。
カラはずっと暇をもてあましていて、今は何でもいいから新しいことが起きてほしかった。
しかも、ゾンビに襲われない人間? なんて、おもしろい存在なら、一刻も早く見てみたい。
この建物には中央と北側に階段があり、その他にエレベーターが1つある。北側の階段はエレベーターホールに隣接しているが、今は非常用シャッターを降ろしてある。
さらに中央の階段の3階とエレベーターホールには、ゾンビの侵入を防ぐためにバリケードを築いてある。
カラが廊下を歩いて行くと、エレベーターホールのバリケード前に、手越先生がいるのが見えた。
さらに近づいて行くと、バリケードの向こう側に手越研究室の木村と遠隔操作ロボットが見えた。
来客の姿はない。
たぶん、訪問者は階段のシャッターの向こう側にいるのだろう。
カラの後ろから、誰かが廊下を歩いてくる音が聞こえた。
西浦研究室のポスドクの宮沢盛大だ。宮沢は子どもの頃は神童と呼ばれるほど勉強ができたらしいが、研究者になってからはパッとしなかった。
「ザワチン、久しぶりー」
カラが明るくあいさつすると、宮沢はくいっとメガネをあげ、ちょっとかん高い声で文句を言った。
「今朝会ったばかりでしょ。大鳥さん。それから、ザワチンはやめてくれって何度言えばわかるんだい? 僕は君の大先輩でポスドクなんだからね」
宮沢はたしかにカラより10才くらい年上だ。
でも、カラは年齢を気にしない。
「いいじゃん。ニッシーなんて、大大大先輩だけど、ニッシーってよんでも何もいわないよ?」
とたんに宮沢は早口で文句を言い始めた。
「先生が何も言わないからって、いいと思ってるんじゃないよ。君ね。アメリカ育ちだからってみんな大目に見ているけど、僕は許さないよ。ちゃんと日本文化に順応しなさい。年長のものに敬意を払うっていう……」
宮沢が最後まで言うのを待たずに、カラは自分の服装を指さしながら話しだした。
「えー? あたし、ちゃんと日本文化知ってるよー? ほら、ルーズソックスに、ガングロメイクに、つけま、……」
宮沢はかん高い声で叫んだ。
「君が知ってるのはギャル文化でしょ! しかも平成レトロの! 偏っているんだよ。日本文化の知識が!」
カラはあきれと感心がいりまじった調子で言った。
「ザワチンってうざいけど、つっこみ力ハンパないよねー」
「敬意を払え! 敬意を!」
そんな会話をしている内に、キンキン声で叫んでいる宮沢の後ろから、西浦先生と優花がやってきた。
カラと宮沢のけたたましい会話にしかめ面をしていた手越先生は、すぐに西浦先生に話しかけた。
「西浦さん。あなたを訪ねてきた者がいるんだがね。ゾンビのいる中を歩いてきたんだ。感染者かもしれない」
心配そうな手越先生に、西浦先生は朗らかに答えた。
「大丈夫ですよ。手越先生。ゾンビに襲われない者だと聞いています」
「ゾンビに襲われない? そんな者がいるわけないだろう。ロボットでもない限り」
手越先生は不満そうで、ますます険しい表情になった。
でも、西浦先生は朗らかに言った。
「とりあえず、会ってみましょう。木村さん、お客様を中に通してください」
今、院生研究室にはカラと優花だけがいる。彩はついさっき部屋から出ていった。
そして、廊下からは手越先生の怒鳴り声が響いていた。手越先生は「バカか!」とか「本当につかえん奴だ!」とか、ののしっている。
優花がつぶやいた。
「立花さん、また怒鳴られているみたいね」
立花は同じフロアの手越研究室の大学院生だ。
手越先生と手越研究室の立花隆平、木村孝行の2人の院生は、西浦研究室の5人と一緒にここに閉じこめられていた。
手越先生は痩せこけた60代の先生だ。
修士2年の立花は体格が良いが、いつも手越先生の前では縮こまっている。
木村は博士1年だが、博士の院生にしてはめずらしく眉目秀麗で髪型やファッションにも気を使っていたので、女子学生にモテていた。
そして実は木村と優花がつきあっていることを、カラと彩は知っている。
手越研究室はロボットシステムの研究をしているため、何体かロボットを所有していた。
周囲がゾンビだらけになってからは、そのロボットが食料や道具を入手する唯一の手段になっている。
手越研究室のチームは今、遠隔操作ロボットで食料を調達しているはずだった。
この建物に食べ物はもうない。
今日食べるものがあるかは、手越研究室頼みだ。
でも、手越先生の怒鳴り声を聞く限り、失敗したらしい。
カラは頬杖をついたまま言った。
「あれってアカハラだよね。大学に訴えればいいのに。って、今更ムリかー。きっと担当者は避難したかゾンビになっちゃったもんね」
大学はもちろん機能していないが、それより今はもうハラスメントどころか、キャンパス中で傷害事件が起こっている、生きるか死ぬかの世界だ。それでも以前の常識が、まだ思考の中に残っている。
優花はうなづいた。
「私もずっと思ってた。手越先生って誰に対しても厳しくてパワハラっぽいところがあるけど、特に立花さんに厳しいから。でも、立花さんは文句を言わないの」
「意外~。あの人、後輩にはいばってるのに。テゴッチには頭があがらないなんて。てか、別の研究室いけばいいじゃんね。わざわざテゴッチを選んでるってことは、実はテゴッチのこと好きなの? ドM?」
カラは手越先生のことをテゴッチと呼んでいる。本人に聞こえるところでも。
それでも意外なことに、カラが手越先生に怒られたことはない。
手越先生は気難しくて厳格なことで知られていたが、誰に対しても怒鳴り散らしているわけではなく、優秀な学生には寛大なところがあった。
それからしばらくして突然、部屋に設置してある電話が鳴った。
優花が立ち上がり、電話を取った。
「はい、もしもし。遠野です。…………。はい。西浦先生は来客をお待ちしていました。その人だと思います。……すぐに私が先生にお伝えします」
優花が電話を置くとすぐに、カラはたずねた。
「ニッシーが言ってた、アランからの助っ人がついたの?」
「そうみたい。私は西浦先生を呼んでくる」
「やったね」
「でも、本当に避難なんて、できるのかな」
つぶやきながら優花は部屋を出て行き、カラはわくわくしながら、来訪者がいるはずの北側のエレベーターホールへ向かった。
カラはずっと暇をもてあましていて、今は何でもいいから新しいことが起きてほしかった。
しかも、ゾンビに襲われない人間? なんて、おもしろい存在なら、一刻も早く見てみたい。
この建物には中央と北側に階段があり、その他にエレベーターが1つある。北側の階段はエレベーターホールに隣接しているが、今は非常用シャッターを降ろしてある。
さらに中央の階段の3階とエレベーターホールには、ゾンビの侵入を防ぐためにバリケードを築いてある。
カラが廊下を歩いて行くと、エレベーターホールのバリケード前に、手越先生がいるのが見えた。
さらに近づいて行くと、バリケードの向こう側に手越研究室の木村と遠隔操作ロボットが見えた。
来客の姿はない。
たぶん、訪問者は階段のシャッターの向こう側にいるのだろう。
カラの後ろから、誰かが廊下を歩いてくる音が聞こえた。
西浦研究室のポスドクの宮沢盛大だ。宮沢は子どもの頃は神童と呼ばれるほど勉強ができたらしいが、研究者になってからはパッとしなかった。
「ザワチン、久しぶりー」
カラが明るくあいさつすると、宮沢はくいっとメガネをあげ、ちょっとかん高い声で文句を言った。
「今朝会ったばかりでしょ。大鳥さん。それから、ザワチンはやめてくれって何度言えばわかるんだい? 僕は君の大先輩でポスドクなんだからね」
宮沢はたしかにカラより10才くらい年上だ。
でも、カラは年齢を気にしない。
「いいじゃん。ニッシーなんて、大大大先輩だけど、ニッシーってよんでも何もいわないよ?」
とたんに宮沢は早口で文句を言い始めた。
「先生が何も言わないからって、いいと思ってるんじゃないよ。君ね。アメリカ育ちだからってみんな大目に見ているけど、僕は許さないよ。ちゃんと日本文化に順応しなさい。年長のものに敬意を払うっていう……」
宮沢が最後まで言うのを待たずに、カラは自分の服装を指さしながら話しだした。
「えー? あたし、ちゃんと日本文化知ってるよー? ほら、ルーズソックスに、ガングロメイクに、つけま、……」
宮沢はかん高い声で叫んだ。
「君が知ってるのはギャル文化でしょ! しかも平成レトロの! 偏っているんだよ。日本文化の知識が!」
カラはあきれと感心がいりまじった調子で言った。
「ザワチンってうざいけど、つっこみ力ハンパないよねー」
「敬意を払え! 敬意を!」
そんな会話をしている内に、キンキン声で叫んでいる宮沢の後ろから、西浦先生と優花がやってきた。
カラと宮沢のけたたましい会話にしかめ面をしていた手越先生は、すぐに西浦先生に話しかけた。
「西浦さん。あなたを訪ねてきた者がいるんだがね。ゾンビのいる中を歩いてきたんだ。感染者かもしれない」
心配そうな手越先生に、西浦先生は朗らかに答えた。
「大丈夫ですよ。手越先生。ゾンビに襲われない者だと聞いています」
「ゾンビに襲われない? そんな者がいるわけないだろう。ロボットでもない限り」
手越先生は不満そうで、ますます険しい表情になった。
でも、西浦先生は朗らかに言った。
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