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第5話 怪しい男
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西浦先生の指示に従い、木村が階段の非常用ドアを開け、ドアの向こうの人物に声をかけた。
「どうぞ。はいってください。でも、常にソーシャルディスタンス、2メートルの距離を保ってください」
「わかりました。失礼します」
そう言って入ってきたのは、黒いスモークのフルフェイスマスクをかぶった、見るからに怪しい男だった。
カラは思わず、けっこう大きな声でつぶやいた。
「うわ、あやしー!」
優花がカラをたしなめた。
「カラちゃん。いきなり失礼でしょ。ゾンビパンデミックだから、ああいう格好の人もいるかも」
たしかに、フルフェイスヘルメットや手袋は感染防止に役立つかもしれない。
パンデミックが始まってから、マスク、手袋、フェイスガードあたりは、みんなの標準装備になっている。
だけど、この暖かい季節にネックウォーマーまで?
とにかく、この怪しい男にはどこにも皮膚を露出しているところがない。まるで皮膚を見られてはまずいというように。
フルフェイスヘルメットのあやしい男は、探るようにそこにいる人達を見わたした。
西浦先生は、怪しさに気が付かないかのように愛想よく言った。
「よく来てくれました。私が西浦です」
怪しい男は西浦先生の方を向いて、軽くフルフェイスヘルメットの頭を下げた。
邪魔そうなのにヘルメットをはずす気はないらしい。
生きるか死ぬかの危機的状況にそぐわない、少しまぬけな響きのする声がヘルメットの中から聞こえた。
「中林先生に言われてきました。西浦先生。何をすればいいですか? 徒歩での避難は難しそうですけど。俺はゾンビに襲われないので、できることがあったら言ってください」
怪しい男は本当にゾンビに襲われないらしい。
ゾンビは必ず非感染者を襲うはずなのに。
ますます怪しい。やっぱり怪しい。どう考えても怪しい。
そんな表情を、みんなが浮かべていた。
それなのに、西浦先生は何も疑っていないようで、怪しい男に頼んだ。
「2つ、お願いしたいことがあります。駐車場にある僕の車をここの入り口までもってきてくれませんか? あとは、1階のエレベーターと入り口の間のルートを確保してもらえれば、そうすれば、ここから避難できるはずなんです」
車に乗っていればゾンビに噛みつかれることはない。だが、平時であればすぐに行ける駐車場、今は、そこまでたどりつくことがとてつもなく難しかった。
フルフェイスヘルメットの男はうなずいた。
「わかりました。それくらいなら、俺にできると思います」
「じゃ、ほんとに避難できるの?」
カラがそうつぶやいたところで、苦虫をかみつぶしたような顔の手越先生が言った。
「待ってくれ。西浦さん。大事な車のキーを預けて、そのまま盗まれたら大変だ。脱出手段がなくなってしまう。疑いたくはないが。ゾンビに襲われないということは、やはり、感染者である可能性が一番高い。彼を信じるのはあまりに無謀だ」
ゾンビウイルスの感染者は、感染の初期には外見や言動からはわからない。
そして、まだ理性の残っている感染初期の者はこっそり感染拡大を謀ることが多い。そう言われている。
この怪しい男は、実は感染していて、ここにいる人達を感染させようとしているのかもしれない。そう手越先生は疑っているのだ。
手越先生に続いて宮沢が言った。
「僕もそう思います。西浦先生。まずは彼が感染していないことを確認しましょう。せめてヘルメットくらいはずして顔を見せてもらわないと。顔も見せない人を信用するなんて、危険すぎますよ。さぁ、そのヘルメットを……」
一瞬、あやしい男が小さく後ろに動いた。
まるで、やましいことがあるように。
まるで、何かを知られることを恐れているように。
それに気が付いたカラは口をとがらせて言った。
「もーう。ザワチン。いいじゃん、別に。あやしい人に失礼だよ? アランが派遣してきたんだから、きっと、この人は変な薬を注射されて、ゾンビに襲われなくなってんだよ」
宮沢はかん高い声で言い返した。
「大鳥さん。そんな便利な薬があったら、今頃パンデミックは終わっているよ? まだゾンビウイルスに効く薬はないんだよ!」
「わかんないじゃん。流通はしてなくてもさ。アランがなんかいい薬を作ったのかも。アランは超ユニークだけど、超天才らしいじゃん」
そこで木村が提案した。
「こうしたらどうですか? ゾンビウイルスに感染してから発症までは、長くても24時間らしいです。24時間待って問題がなかったら、車のキーを預ければいいんじゃないでしょうか?」
「だめだよ。ニッシーには時間が……」
カラがそう言いかけたところで、西浦先生が遮った。
「僕のことなら心配いりません。すぐに避難したところで、どうしようもありませんから。今更あと1日待ったところで、危険なことも起こらないでしょう。ですが、せっかく来てもらったのに、この方に24時間も待ってもらうというのは……」
あやしい男は急いで手をふって言った。
「俺はいいですよ。どうせ指定図書を探しに大学には何度も来ないといけないので。じゃ、今日は避難用のバリケードを作るだけにして、俺はまた明日来ますね?」
西浦先生は申し訳なさそうに言った。
「そうしてくれますか? 申し訳ありません。助けてもらっておきながら」
「大丈夫です。じゃ、バリケードを作ってきます」
そう言って、怪しい男はまるで逃げるように速やかに去っていった。
それを見て、西浦先生以外の誰もが、(やっぱり怪しい)と思った。
「どうぞ。はいってください。でも、常にソーシャルディスタンス、2メートルの距離を保ってください」
「わかりました。失礼します」
そう言って入ってきたのは、黒いスモークのフルフェイスマスクをかぶった、見るからに怪しい男だった。
カラは思わず、けっこう大きな声でつぶやいた。
「うわ、あやしー!」
優花がカラをたしなめた。
「カラちゃん。いきなり失礼でしょ。ゾンビパンデミックだから、ああいう格好の人もいるかも」
たしかに、フルフェイスヘルメットや手袋は感染防止に役立つかもしれない。
パンデミックが始まってから、マスク、手袋、フェイスガードあたりは、みんなの標準装備になっている。
だけど、この暖かい季節にネックウォーマーまで?
とにかく、この怪しい男にはどこにも皮膚を露出しているところがない。まるで皮膚を見られてはまずいというように。
フルフェイスヘルメットのあやしい男は、探るようにそこにいる人達を見わたした。
西浦先生は、怪しさに気が付かないかのように愛想よく言った。
「よく来てくれました。私が西浦です」
怪しい男は西浦先生の方を向いて、軽くフルフェイスヘルメットの頭を下げた。
邪魔そうなのにヘルメットをはずす気はないらしい。
生きるか死ぬかの危機的状況にそぐわない、少しまぬけな響きのする声がヘルメットの中から聞こえた。
「中林先生に言われてきました。西浦先生。何をすればいいですか? 徒歩での避難は難しそうですけど。俺はゾンビに襲われないので、できることがあったら言ってください」
怪しい男は本当にゾンビに襲われないらしい。
ゾンビは必ず非感染者を襲うはずなのに。
ますます怪しい。やっぱり怪しい。どう考えても怪しい。
そんな表情を、みんなが浮かべていた。
それなのに、西浦先生は何も疑っていないようで、怪しい男に頼んだ。
「2つ、お願いしたいことがあります。駐車場にある僕の車をここの入り口までもってきてくれませんか? あとは、1階のエレベーターと入り口の間のルートを確保してもらえれば、そうすれば、ここから避難できるはずなんです」
車に乗っていればゾンビに噛みつかれることはない。だが、平時であればすぐに行ける駐車場、今は、そこまでたどりつくことがとてつもなく難しかった。
フルフェイスヘルメットの男はうなずいた。
「わかりました。それくらいなら、俺にできると思います」
「じゃ、ほんとに避難できるの?」
カラがそうつぶやいたところで、苦虫をかみつぶしたような顔の手越先生が言った。
「待ってくれ。西浦さん。大事な車のキーを預けて、そのまま盗まれたら大変だ。脱出手段がなくなってしまう。疑いたくはないが。ゾンビに襲われないということは、やはり、感染者である可能性が一番高い。彼を信じるのはあまりに無謀だ」
ゾンビウイルスの感染者は、感染の初期には外見や言動からはわからない。
そして、まだ理性の残っている感染初期の者はこっそり感染拡大を謀ることが多い。そう言われている。
この怪しい男は、実は感染していて、ここにいる人達を感染させようとしているのかもしれない。そう手越先生は疑っているのだ。
手越先生に続いて宮沢が言った。
「僕もそう思います。西浦先生。まずは彼が感染していないことを確認しましょう。せめてヘルメットくらいはずして顔を見せてもらわないと。顔も見せない人を信用するなんて、危険すぎますよ。さぁ、そのヘルメットを……」
一瞬、あやしい男が小さく後ろに動いた。
まるで、やましいことがあるように。
まるで、何かを知られることを恐れているように。
それに気が付いたカラは口をとがらせて言った。
「もーう。ザワチン。いいじゃん、別に。あやしい人に失礼だよ? アランが派遣してきたんだから、きっと、この人は変な薬を注射されて、ゾンビに襲われなくなってんだよ」
宮沢はかん高い声で言い返した。
「大鳥さん。そんな便利な薬があったら、今頃パンデミックは終わっているよ? まだゾンビウイルスに効く薬はないんだよ!」
「わかんないじゃん。流通はしてなくてもさ。アランがなんかいい薬を作ったのかも。アランは超ユニークだけど、超天才らしいじゃん」
そこで木村が提案した。
「こうしたらどうですか? ゾンビウイルスに感染してから発症までは、長くても24時間らしいです。24時間待って問題がなかったら、車のキーを預ければいいんじゃないでしょうか?」
「だめだよ。ニッシーには時間が……」
カラがそう言いかけたところで、西浦先生が遮った。
「僕のことなら心配いりません。すぐに避難したところで、どうしようもありませんから。今更あと1日待ったところで、危険なことも起こらないでしょう。ですが、せっかく来てもらったのに、この方に24時間も待ってもらうというのは……」
あやしい男は急いで手をふって言った。
「俺はいいですよ。どうせ指定図書を探しに大学には何度も来ないといけないので。じゃ、今日は避難用のバリケードを作るだけにして、俺はまた明日来ますね?」
西浦先生は申し訳なさそうに言った。
「そうしてくれますか? 申し訳ありません。助けてもらっておきながら」
「大丈夫です。じゃ、バリケードを作ってきます」
そう言って、怪しい男はまるで逃げるように速やかに去っていった。
それを見て、西浦先生以外の誰もが、(やっぱり怪しい)と思った。
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