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第3部 帝都騒乱 ~魔女の血脈~
第116話 婚約破棄
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ある朝、イーアが廊下を歩いていると、メイドたちの噂話が聞こえてきた。
「あー、もう忙しい。アラム様の婚約者がいらっしゃるからって」
「ええ。まったく。寝たきりの間はろくに見舞いにも来なかったのに」
「そりゃ、まぁ、アラム様、死んだようなものだったもの」
「ちょっと。奥様がお聞きになったらクビになるわよ」
「もうおめざめになったんだから、いいじゃない。それより、婚約者は、わがままお嬢様で有名らしいわよ」
「貴族のお嬢様なんて、みんなわがままでしょ」
「それが輪にかけてひどいから、噂になるんでしょ。そんな人が奥様になったら、大変そう」
「やだやだ。その前に結婚して仕事やめたい」
「ほんと、メイド長みたいに行き遅れちゃったら大変」
イーアは聞きながら驚愕した。
(アラムの婚約者……えぇ!? アラムに婚約者がいるの!?)
アラムが意識を失う前、つまり6歳の時にもう婚約者がいたらしい。
(信じられないよ……)とイーアは思ったけれど、朝食の席で、アラムのお母様は言った。
「今日、あなたの許嫁の、レイディ・ローレインがいらっしゃいますよ。アラム、おぼえてらっしゃる?」
(今日、アラムの許嫁が!? ……ローレイン!?)
イーアは心の中でびっくりして叫んだ。
ちなみに、アラムのお母さまは、かわいらしい雰囲気で、少女のように無邪気にほほえむ人だ。
たぶん、この貴婦人はギルフレイ卿が外で何をしているのか、何も知らないのだろう。
メイドたちは、「奥様は世間のことをちっとも知らない」とたまに陰口をたたいていたけれど、たしかにお人好しで騙されやすそうな人だった。
アラムのお母さまはやさしくて、いっしょにいると明るい気分になる人だけど、こんな楽しそうな雰囲気に戻ったのはアラムがめざめてからだ、とメイド長は言っていた。
アラムが眠り続けていた7年以上の長い間、アラムのお母さまはずっとふさぎこんでいて、寝こみがちだったのだという。
「えーっと、ローレインさん……?」とアラムのふりをしてつぶやきながら、イーアは心の中で、早口にしゃべっていた。
(ローレインさんって、わたしがグランドールで仲良くなった、あのローレインさんだよね? ケイニス君のことが好きな貴族クラスのローレインさんだよね?)
アラムのお母さまはうれしそうにほほえんだ。
「そうよ。私の従姉の娘で、ワンフィル伯爵サフォード家のご令嬢で、あなたの許嫁のローレインさん。昔、いっしょに遊んだでしょう?」
(なんだか名前がいっぱいあってわからないけど、あのローレインさんだよね。ローレインさんってアラムの婚約者だったの!?)
なんだか頭の中がぐるぐるする。
イーアはふと疑問に思ってたずねた。
「あの、お母さま。この家の名前は? ギルフレイ……?」
「まぁ、アラムったら。我が家はギルフレイ侯爵ラウヴィル家。自分の名前くらい、おぼえてなくっちゃ」
アラムのお母さまは何も疑わずにかわいらしく笑っているけれど。アラムの名字をはじめて知ったイーアは心の中で叫んでいた。
(ギルフレイ卿って、ギルフレイって名前じゃなかったんだ……! 貴族は名前がいくつもあってわけわかんないよ!)
イーアは心の中で頭を抱えた。
やがて、館にローレインとローレインの母が到着した。
やっぱりグランドールで仲良くなったあのローレインだった。
馬車から降りてきたローレインは、アラムにむかって礼儀正しく挨拶をした。
「ラウヴィル卿、お久しぶりでございます。この度はご快復おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます。あの、アラムと呼んでください」
はじめはアラムのお母さまとローレインのお母さまと4人でのお茶会だった。とはいっても、イーアもローレインもほとんどずっと無言で、お母さまふたりがおしゃべりをしていただけだ。
貴族の奥様のお話なんて、イーアには興味のないことばかりだったけれど、唯一気になったのは、「ボンペール商会の会長に爵位を与えるらしい」という噂話だった。
「あの方、ずいぶん前に准男爵になられてたでしょ?」
「ええ、あれはお金で買える平民用の称号ですもの。でも、今度は本当の爵位、男爵位を授かるといわれておりますのよ。そんなこと、帝国に多大な貢献をしなければありえないのに」
「まぁ、ふしぎねぇ」
聞きながら、イーアは(アイシャの家が貴族になるってこと?)と心の中でつぶやいていた。
しばらくして、アラムはローレインとふたりでお庭をお散歩しながらお話することになった。
お庭の中の、秋の花がきれいに咲きほこる花壇傍のテーブルでイーアは休憩することにした。
イーア達が座ると、すぐに、どこから見ていたのか、アラムの家の執事とメイドがやってきて、テーブルの上にお茶の用意がされた。
(すんごい監視されてる……。これじゃ、うかつなことは言えないね)とイーアは思ったけれど、そもそもローレインに突然「わたしは実はイーアだよ。なぜかアラムの体に入っちゃったんだ」なんて言うわけにはいかないから、どうせアラムのふりを続けるしかない。
イーアはメイドが持ってきてくれたおいしいお菓子を食べながら、ローレインにすすめた。
「ローレインさん。このクッキーとてもおいしいよ……おいしいですよ?」
学校での知り合いと話すと、ついついイーアの素が出てしまいそうになって、調子がくるう。
ローレインはローレインで、とても緊張している様子だった。
(7年以上ぶりにアラムと会ったんだもんね)とイーアは思ったけれど、じきに、ローレインの緊張の理由は、あまり知らない婚約者とふたりきりだからというわけではないことに、イーアは気が付いた。
ローレインは何か言いたいことがあるみたいだった。
「アラム様。お元気になられたばかりで、あまりに失礼なお話なのですけれど……。あまりに、無礼であることは承知しておりますが……」
ローレインが口ごもりながらそう言った時、イーアはピンときた。(これは……まさか婚約破棄?)と。
「その、もとはといえば、私の母とアラム様のお母さまが仲の良い従妹であったことから、私たちの婚約が決まったのでしたけれど、私はアラム様の家格には相応しくなく、あの、その、この婚約は……」
「なかったことにしますか?」
(当然だよね。ローレインさんはケイニス君のことが好きで、アラムのことは別にすきじゃないんだもん)
この婚約は解消するのが自然……と、結婚は好きな人とするものだと信じているイーアは思った。
ローレインはとても申し訳なさそうに謝った。
「このようにひどいことを申し上げて、誠に申し訳ありません。アラム様」
「いえ、当然だと思います。ボクは長いこと眠り続けていたんですから、その間にローレインさんに他に好きな人ができて当然です。ローレインさんが誰を選ぼうと、ボクは全力でローレインさんの恋を応援します」
イーアは力強く、応援する宣言をした。
知らないうちに婚約破棄されちゃっているアラムには悪いけど。イーアは、この婚約を解消して、ローレインの応援をするつもりだった。
だけど、ローレインは、喜ぶどころか、うつむいたまま消え入りそうな声で言った。
「そんな……ありがたいお言葉……私はとてもそんなお言葉をかけていただけるような者ではありません。じきに私はアラム様を大きく失望させることになります。私は恥ずべき罪人となりましょう。ですから、どうか、私のことは、これきり、お記憶から消してくださいませ」
なんでローレインがそんなことを言うのか、その時イーアは理解できなかった。
だけど、ローレインが帰った後、イーアはふと気がついて、館の中で片づけの指揮をしているメイド長に何気なく聞いてみた。
「あの、もしも、貴族の女性がバララセ人と結婚したらどうなりますか?」
メイド長は即座にぴしゃりと言った。
「そんなことありえませんよ。お坊ちゃま。奴隷人種と結婚なんて大犯罪、決して認められませんので」
「犯罪? 禁止されているんですか?」
「それはもちろん、法律の本にはわざわざ書いてはいないでしょうけど。ありえませんので。もしそんなことがあったら、その奴隷男はすぐに殺されて、その愚かな貴族のお嬢様は、勘当されて修道院送りにでもされるでしょう」
「そうですか……」
イーアはようやく理解した。
グランドールで自分が何も知らずに行った、ちょっとしたお節介が、ローレインとケイニスの人生を大きく変えてしまったかもしれないことを。
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「そりゃ、まぁ、アラム様、死んだようなものだったもの」
「ちょっと。奥様がお聞きになったらクビになるわよ」
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「貴族のお嬢様なんて、みんなわがままでしょ」
「それが輪にかけてひどいから、噂になるんでしょ。そんな人が奥様になったら、大変そう」
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(信じられないよ……)とイーアは思ったけれど、朝食の席で、アラムのお母様は言った。
「今日、あなたの許嫁の、レイディ・ローレインがいらっしゃいますよ。アラム、おぼえてらっしゃる?」
(今日、アラムの許嫁が!? ……ローレイン!?)
イーアは心の中でびっくりして叫んだ。
ちなみに、アラムのお母さまは、かわいらしい雰囲気で、少女のように無邪気にほほえむ人だ。
たぶん、この貴婦人はギルフレイ卿が外で何をしているのか、何も知らないのだろう。
メイドたちは、「奥様は世間のことをちっとも知らない」とたまに陰口をたたいていたけれど、たしかにお人好しで騙されやすそうな人だった。
アラムのお母さまはやさしくて、いっしょにいると明るい気分になる人だけど、こんな楽しそうな雰囲気に戻ったのはアラムがめざめてからだ、とメイド長は言っていた。
アラムが眠り続けていた7年以上の長い間、アラムのお母さまはずっとふさぎこんでいて、寝こみがちだったのだという。
「えーっと、ローレインさん……?」とアラムのふりをしてつぶやきながら、イーアは心の中で、早口にしゃべっていた。
(ローレインさんって、わたしがグランドールで仲良くなった、あのローレインさんだよね? ケイニス君のことが好きな貴族クラスのローレインさんだよね?)
アラムのお母さまはうれしそうにほほえんだ。
「そうよ。私の従姉の娘で、ワンフィル伯爵サフォード家のご令嬢で、あなたの許嫁のローレインさん。昔、いっしょに遊んだでしょう?」
(なんだか名前がいっぱいあってわからないけど、あのローレインさんだよね。ローレインさんってアラムの婚約者だったの!?)
なんだか頭の中がぐるぐるする。
イーアはふと疑問に思ってたずねた。
「あの、お母さま。この家の名前は? ギルフレイ……?」
「まぁ、アラムったら。我が家はギルフレイ侯爵ラウヴィル家。自分の名前くらい、おぼえてなくっちゃ」
アラムのお母さまは何も疑わずにかわいらしく笑っているけれど。アラムの名字をはじめて知ったイーアは心の中で叫んでいた。
(ギルフレイ卿って、ギルフレイって名前じゃなかったんだ……! 貴族は名前がいくつもあってわけわかんないよ!)
イーアは心の中で頭を抱えた。
やがて、館にローレインとローレインの母が到着した。
やっぱりグランドールで仲良くなったあのローレインだった。
馬車から降りてきたローレインは、アラムにむかって礼儀正しく挨拶をした。
「ラウヴィル卿、お久しぶりでございます。この度はご快復おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます。あの、アラムと呼んでください」
はじめはアラムのお母さまとローレインのお母さまと4人でのお茶会だった。とはいっても、イーアもローレインもほとんどずっと無言で、お母さまふたりがおしゃべりをしていただけだ。
貴族の奥様のお話なんて、イーアには興味のないことばかりだったけれど、唯一気になったのは、「ボンペール商会の会長に爵位を与えるらしい」という噂話だった。
「あの方、ずいぶん前に准男爵になられてたでしょ?」
「ええ、あれはお金で買える平民用の称号ですもの。でも、今度は本当の爵位、男爵位を授かるといわれておりますのよ。そんなこと、帝国に多大な貢献をしなければありえないのに」
「まぁ、ふしぎねぇ」
聞きながら、イーアは(アイシャの家が貴族になるってこと?)と心の中でつぶやいていた。
しばらくして、アラムはローレインとふたりでお庭をお散歩しながらお話することになった。
お庭の中の、秋の花がきれいに咲きほこる花壇傍のテーブルでイーアは休憩することにした。
イーア達が座ると、すぐに、どこから見ていたのか、アラムの家の執事とメイドがやってきて、テーブルの上にお茶の用意がされた。
(すんごい監視されてる……。これじゃ、うかつなことは言えないね)とイーアは思ったけれど、そもそもローレインに突然「わたしは実はイーアだよ。なぜかアラムの体に入っちゃったんだ」なんて言うわけにはいかないから、どうせアラムのふりを続けるしかない。
イーアはメイドが持ってきてくれたおいしいお菓子を食べながら、ローレインにすすめた。
「ローレインさん。このクッキーとてもおいしいよ……おいしいですよ?」
学校での知り合いと話すと、ついついイーアの素が出てしまいそうになって、調子がくるう。
ローレインはローレインで、とても緊張している様子だった。
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ローレインは何か言いたいことがあるみたいだった。
「アラム様。お元気になられたばかりで、あまりに失礼なお話なのですけれど……。あまりに、無礼であることは承知しておりますが……」
ローレインが口ごもりながらそう言った時、イーアはピンときた。(これは……まさか婚約破棄?)と。
「その、もとはといえば、私の母とアラム様のお母さまが仲の良い従妹であったことから、私たちの婚約が決まったのでしたけれど、私はアラム様の家格には相応しくなく、あの、その、この婚約は……」
「なかったことにしますか?」
(当然だよね。ローレインさんはケイニス君のことが好きで、アラムのことは別にすきじゃないんだもん)
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だけど、ローレインが帰った後、イーアはふと気がついて、館の中で片づけの指揮をしているメイド長に何気なく聞いてみた。
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「そんなことありえませんよ。お坊ちゃま。奴隷人種と結婚なんて大犯罪、決して認められませんので」
「犯罪? 禁止されているんですか?」
「それはもちろん、法律の本にはわざわざ書いてはいないでしょうけど。ありえませんので。もしそんなことがあったら、その奴隷男はすぐに殺されて、その愚かな貴族のお嬢様は、勘当されて修道院送りにでもされるでしょう」
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