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第3部 帝都騒乱 ~魔女の血脈~
第131話 マーカスの父
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さびれた商店の並ぶほこりっぽい道のはずれに、ひときわ汚れたその店はあった。
もうずっと人が訪れたことがないような店の、汚れきった窓の向こう、暗い室内に、悲し気に人形とオモチャが並んでいた。
ユウリが閉店の木札を無視して何度も何度もドアベルを鳴らし続けていると、やがて、痩せこけた亡霊のような男が出てきた。
マーカスの父、トムスだった。トムスは最初に会った時とは別人のような人相になっていた。
あれから一年近く、トムスは何の情報もないままマーカスの行方を探し続けていた。とうに希望を失いながら。
「君は……」
ユウリはマーカスの父に、感情の消えた声で言った。
「話したいことがあります。マーカスの死と、誰がマーカスを殺したのか」
「マーカスは、殺された……?」
呆然とした表情を数秒浮かべた後、トムスはユウリを屋内に招き入れた。中に入るとすぐ、ユウリは言った。
「マーカスを殺したのは、ギルフレイ卿です」
「ギルフレイ卿? マーカスを弟子にとった、あの男が……?」
「はい。マーカスはギルフレイ卿に利用されて、グランドールの地下で死の呪いを受けて殺されました。僕の大切な人もギルフレイ卿に殺されました。僕がここに来たのは、ギルフレイ卿への復讐を手伝ってほしいからです」
愕然《がくぜん》とした表情でユウリの話を聞いていたマーカスの父は、突然、狂ったように笑い出した。
「手伝う? 手伝う!? まさか! そんなことじゃ満足できない! ギルフレイ侯爵アンドル・ラウヴィル! そうとわかれば、私がこの手であの男を殺してやる!」
両手を握りしめて叫ぶトムスに、ユウリは淡々と言った。
「ギルフレイ卿は暗黒神の呪炎に守られています。攻撃すれば、自動的に呪いの炎が反撃するそうです。呪いの炎をあびたものは確実に死にます。なので、ギルフレイ卿を直接攻撃することはできません」
「……だから、ここに来たのか。そうだ、君はただしい。私ならできる。来なさい」
マーカスの父はひとり納得したようにそう言って、ユウリを地下へといざなった。
階段を降り、地下室の扉をくぐった瞬間、ユウリは息をのんだ。
地下室の中には、身動き一つしない人がたくさん立っていた。
頭や腕がないもの、腹が開かれた状態のものもいる。
だけど、よく見ればそれは皆、人間そっくりな人形だった。
そして、そこに立ち並ぶ人形は皆、同じ顔をしていた。
「マーカス……?」
マーカスそっくりの顔の少年の人形が地下室中に並んでいた。
狂気を感じさせる地下室の光景の中で、トムスは平然と説明した。
「ここにあるのは魔動人形だ。私はもともと魔動人形の技師だったんだ。ボンペール商会の兵器開発部門に勤めていた。国の依頼を受けた軍との共同開発プロジェクト、軍事用の最新鋭魔動人形の開発が主な仕事でね。人工魂魄を搭載し、自律的に状況判断と戦闘が行え、かつ、命令には絶対服従する人形。それが開発目標だった」
「自律的に状況判断と戦闘? そんなものがつくれるんですか?」
「技術的には可能だよ。完成まであと一歩のところまで進んでいた。だが……君は、魔動人形に使う、もっともすぐれた人工魂魄の材料が何か知っているか?」
ユウリは記憶の中から知識を探しだして答えた。
「本物の魂ですか? 人工魂魄の材料には動物や精霊の魂を使うと聞いたことがあります」
「そうだ。基本的に材料は生き物の魂だ。動物や精霊の魂を使うこともできるが、一番いいのは、人間のものだ。一番いい材料は、生きた人間の魂なんだよ」
それを聞いた瞬間、頭の回転の速いユウリはすべて理解し、背筋を冷たい気色悪いものが走って行くように感じた。
「生きた人間? つまり、人を人形に変えるということですか?」
「そうだ。あの研究所では、死刑囚の魂が使われていたが、ほとんどが政治犯だった。ほとんどが若者だった。国を変えようとした若者たちが、次々に魂を抜かれ、意志を持たぬ人形にされていった。もし魔動人形が完成し軍に正式採用された暁には、奴隷兵の魂も使って量産する予定だった。奴隷ならバララセでいくらでも調達できる」
「そんな……」
「ひどい話だろう。そんな悪魔の所業に手を貸し続けることに、私は耐えられなかった。だから、辞めて、ここでオモチャ屋兼何でも屋を開いたんだ。私は魔術を人々の笑顔を見るために使いたかったから。だが、今は、あの仕事をやめなければよかったと後悔している。自分の心を悪魔に売って、あのまま働き続けていれば、きっと私は妻と息子を守れたはずだ。他人を犠牲にしてでも、私は家族を守るべきだった」
トムスはそう言って歯ぎしりをして自分の大腿を激しく叩いた。
しばらく沈黙の時が続いた後、ユウリは立ち並ぶ魔動人形を見やり尋ねた。
「この魔動人形たちは……?」
「ここにあるのは、魂のない、ただの人形だ。あの子がいなくなってから、気が付いたら、私は人形を作り続けていた。どうしても気が休まらなくてね」
ユウリは、この暗い地下室で何体も何体もひたすらマーカスそっくりの人形を作り続けているトムスの姿を想像した。それは不気味だったけれど、気持ちはわかるような気がした。
トムスは言った。
「この人形たちは、自分で考えて動くことはできないが、遠隔操作はできる。爆発呪符を詰めこんで、遠隔操作すれば……」
「人形の自爆攻撃でギルフレイ卿を攻撃できる? それなら、暗黒神の呪炎の反撃を受けずにすむかも……」
「そうだ。あの子の仇を、この子たちがとるんだ」
トムスはそう言って、両手を開いた。
ユウリは、そこに並ぶマーカスそっくりな人形たちをもう一度よく見た。
ギルフレイ卿にだまされ、利用され、死んでいったマーカスの無念をこの人形たちが果たす……そんなことが、できるだろうか。
あのギルフレイ卿相手に。ただの人形が。
でも、少なくとも、この人間そっくりな人形たちは、囮や盾として使えるだろう。
「協力します。いっしょに仇をとりましょう」
ユウリは手をさしだした。トムスはその手を激しい力で握った。
もうずっと人が訪れたことがないような店の、汚れきった窓の向こう、暗い室内に、悲し気に人形とオモチャが並んでいた。
ユウリが閉店の木札を無視して何度も何度もドアベルを鳴らし続けていると、やがて、痩せこけた亡霊のような男が出てきた。
マーカスの父、トムスだった。トムスは最初に会った時とは別人のような人相になっていた。
あれから一年近く、トムスは何の情報もないままマーカスの行方を探し続けていた。とうに希望を失いながら。
「君は……」
ユウリはマーカスの父に、感情の消えた声で言った。
「話したいことがあります。マーカスの死と、誰がマーカスを殺したのか」
「マーカスは、殺された……?」
呆然とした表情を数秒浮かべた後、トムスはユウリを屋内に招き入れた。中に入るとすぐ、ユウリは言った。
「マーカスを殺したのは、ギルフレイ卿です」
「ギルフレイ卿? マーカスを弟子にとった、あの男が……?」
「はい。マーカスはギルフレイ卿に利用されて、グランドールの地下で死の呪いを受けて殺されました。僕の大切な人もギルフレイ卿に殺されました。僕がここに来たのは、ギルフレイ卿への復讐を手伝ってほしいからです」
愕然《がくぜん》とした表情でユウリの話を聞いていたマーカスの父は、突然、狂ったように笑い出した。
「手伝う? 手伝う!? まさか! そんなことじゃ満足できない! ギルフレイ侯爵アンドル・ラウヴィル! そうとわかれば、私がこの手であの男を殺してやる!」
両手を握りしめて叫ぶトムスに、ユウリは淡々と言った。
「ギルフレイ卿は暗黒神の呪炎に守られています。攻撃すれば、自動的に呪いの炎が反撃するそうです。呪いの炎をあびたものは確実に死にます。なので、ギルフレイ卿を直接攻撃することはできません」
「……だから、ここに来たのか。そうだ、君はただしい。私ならできる。来なさい」
マーカスの父はひとり納得したようにそう言って、ユウリを地下へといざなった。
階段を降り、地下室の扉をくぐった瞬間、ユウリは息をのんだ。
地下室の中には、身動き一つしない人がたくさん立っていた。
頭や腕がないもの、腹が開かれた状態のものもいる。
だけど、よく見ればそれは皆、人間そっくりな人形だった。
そして、そこに立ち並ぶ人形は皆、同じ顔をしていた。
「マーカス……?」
マーカスそっくりの顔の少年の人形が地下室中に並んでいた。
狂気を感じさせる地下室の光景の中で、トムスは平然と説明した。
「ここにあるのは魔動人形だ。私はもともと魔動人形の技師だったんだ。ボンペール商会の兵器開発部門に勤めていた。国の依頼を受けた軍との共同開発プロジェクト、軍事用の最新鋭魔動人形の開発が主な仕事でね。人工魂魄を搭載し、自律的に状況判断と戦闘が行え、かつ、命令には絶対服従する人形。それが開発目標だった」
「自律的に状況判断と戦闘? そんなものがつくれるんですか?」
「技術的には可能だよ。完成まであと一歩のところまで進んでいた。だが……君は、魔動人形に使う、もっともすぐれた人工魂魄の材料が何か知っているか?」
ユウリは記憶の中から知識を探しだして答えた。
「本物の魂ですか? 人工魂魄の材料には動物や精霊の魂を使うと聞いたことがあります」
「そうだ。基本的に材料は生き物の魂だ。動物や精霊の魂を使うこともできるが、一番いいのは、人間のものだ。一番いい材料は、生きた人間の魂なんだよ」
それを聞いた瞬間、頭の回転の速いユウリはすべて理解し、背筋を冷たい気色悪いものが走って行くように感じた。
「生きた人間? つまり、人を人形に変えるということですか?」
「そうだ。あの研究所では、死刑囚の魂が使われていたが、ほとんどが政治犯だった。ほとんどが若者だった。国を変えようとした若者たちが、次々に魂を抜かれ、意志を持たぬ人形にされていった。もし魔動人形が完成し軍に正式採用された暁には、奴隷兵の魂も使って量産する予定だった。奴隷ならバララセでいくらでも調達できる」
「そんな……」
「ひどい話だろう。そんな悪魔の所業に手を貸し続けることに、私は耐えられなかった。だから、辞めて、ここでオモチャ屋兼何でも屋を開いたんだ。私は魔術を人々の笑顔を見るために使いたかったから。だが、今は、あの仕事をやめなければよかったと後悔している。自分の心を悪魔に売って、あのまま働き続けていれば、きっと私は妻と息子を守れたはずだ。他人を犠牲にしてでも、私は家族を守るべきだった」
トムスはそう言って歯ぎしりをして自分の大腿を激しく叩いた。
しばらく沈黙の時が続いた後、ユウリは立ち並ぶ魔動人形を見やり尋ねた。
「この魔動人形たちは……?」
「ここにあるのは、魂のない、ただの人形だ。あの子がいなくなってから、気が付いたら、私は人形を作り続けていた。どうしても気が休まらなくてね」
ユウリは、この暗い地下室で何体も何体もひたすらマーカスそっくりの人形を作り続けているトムスの姿を想像した。それは不気味だったけれど、気持ちはわかるような気がした。
トムスは言った。
「この人形たちは、自分で考えて動くことはできないが、遠隔操作はできる。爆発呪符を詰めこんで、遠隔操作すれば……」
「人形の自爆攻撃でギルフレイ卿を攻撃できる? それなら、暗黒神の呪炎の反撃を受けずにすむかも……」
「そうだ。あの子の仇を、この子たちがとるんだ」
トムスはそう言って、両手を開いた。
ユウリは、そこに並ぶマーカスそっくりな人形たちをもう一度よく見た。
ギルフレイ卿にだまされ、利用され、死んでいったマーカスの無念をこの人形たちが果たす……そんなことが、できるだろうか。
あのギルフレイ卿相手に。ただの人形が。
でも、少なくとも、この人間そっくりな人形たちは、囮や盾として使えるだろう。
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