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第一章
枷
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日河葵にはある〝秘密〟があった。
葵は物心がついた時から、ある種の幻覚に悩まされていた。
他人に触れると、知らない映像が頭の中に流れ込んでくるのだ。最初は他のみんなも同じだと思っていたが、中学にあがる頃には自分だけが視えているのだと気が付いた。
以来、人には極力触れないようにしている。
人によっては霊感だとか、第六感という言葉に当てはめられたりもするが、これがなかなかに厄介な〝枷〟となってきた。
(これはきっと呪いだ)
人と違うと孤立する。
これまでの人生で、葵が学んだことだ。
***
「まーたここに居たの?」
ぴょこん、とナナが段差に飛び乗って振り返った。その仕草が小動物みたいでクスリと笑ってしまう。
「うん、あまり家にいたくないし」
「そっか……。ね、買い物行こうよ! 新しい服も欲しいし、付き合って」
「うん!」
ナナは今どきの愛くるしい女子高生だが、他人の悩みに無粋に首を突っ込んだりせず、こちらが話したい時には、静かに耳を傾けてくれる。
葵にとって、一緒に居ても肩の力を抜ける、唯一の友人だ。
「で、信くんに告んないの?」
二人並んでコンクリートで舗装された大通りに出ると、ナナが核心をついた。こちらの行動パターンは読まれているらしい。
葵は笑って誤魔化そうとしたが、当然、通用しない。
「さっさと言わないと、先越されちゃうよー?」
「で、でも……」
ピシャリと言いきられてぐうの音も出ない。
信人は近所に住む幼馴染で、その明るい性格から男女問わず人気がある。小・中と同じ学校だったが特別仲がいいわけでもなく、話した事もあまりなかったが、葵はずっと、密かに想いを寄せていた。それが顔に出ていたのか、すぐにナナに見抜かれ、それ以来早く告白しろ、と煽られる日々である。
「私なんかじゃ……」
「なんかってなによ?」
「だ、だって……」
葵は自信なく目を伏せた。
告白する気がないわけではない。しかし、自分に纏わり付く、気味の悪い〝枷〟が、いつも葵を思い止まらせた。
これまで葵が必死に築き上げた人間関係を、この〝枷〟が片っ端から壊していった。
「はあ……。 グズグズしてると、信くん……とられちゃうよ?」
呆れるように言うナナの表情は、俯いているせいで見えない。
(気を悪くさせちゃったかな?)
不安になって慌てて言い訳する。
「そのうち、きっと言うから!」
「そう言ってもう一ヶ月たってる」
「そ、そうだっけ?」
「そうですー!」
額をツン、とつつかれた。大きなアーモンド形の目を細めて睨む顔が、怖いよりも可愛らしくて全く迫力がない。
葵はほっとした。どうやら機嫌を損ねたわけでは無いらしい。
ナナとは高校を卒業しても、ずっと友人関係を続けていきたい。
「明日こそ、学校でいいなよ? なんなら、あおちゃんが言いやすいように、私がお膳立てしてあげる!」
「いや、それはちょっと……」
「だめだよ! そうでもしなきゃ、またうやむやにするんだから!」
「そ、そんなこと……。ほんと、いいから!余計なことしないでよ?」
「えーなんでよ!」
まずい、と葵は焦る。ナナはやると言ったら本当に行動を起こす。
「ほんと、本当に勘弁してください!」
「えー……」
それだけは!と必死に懇願すると、ナナは口を曲げて不満をあらわにしながらも、しぶしぶ頷いた。
(あ、あぶな……)
葵はまだバクバクしている心臓を落ち着かせていると、今度は悪巧みを含んだような笑顔を貼り付けて、葵を見上げた。
ナナがこの表情をする時は、決まって何かをねだる。
「じゃ、買い物付き合って?」
「良いけど……」
〝じゃあ〟って何だ、と身の内でつっこみながら、数駅離れた街にあるショッピングモールへと足を向けるのだった。
***
自宅の前で深呼吸をする。
ナナとの買い物が楽しくて浮かれていた気分は一転、自分の家を見た途端に気が重くなる。そんな家なんか、家と呼んでいいものか甚だ疑問だが、いつまでもここで突っ立っているわけにもいかない。
意を決して、ドアノブに手をかけた。
家の中は灯りがついておらず、誰もいないことに胸を撫で下ろす。
台所で夕飯を作ろうと、居間の電気を付けると、ダイニングの椅子に人が座っていて、葵は声をあげずに驚いた。
義母だった。テーブルに肘を着いたまま動かない。
「お、かあさん……? 暗いから居ないかと思った……」
腫れ物に触れるように声をかけたが、葵の顔を見ようとしない。
義母が不機嫌な時は大抵、義父の事で何か問題があった時だ。
「……随分、遅いじゃないの」
「あ、ナナと遊んでたの」
「良かったじゃない、楽しそうで」
「う、うん……」
「私はあの時から、楽しい事なんて一度もないけどね」
「……」
どう答えても、地雷を逃れることは出来ないらしい。葵は黙りこくった。
〝あの時〟の事を持ち出されると何も言えなくなってしまう。
「お父さんは? 今日も帰ってこないの?」
「いつものことでしょう。またあの女のところよ」
義父には愛人がいる。葵がこの家に引き取られるずっと何年も前から。
「あんたの卒業まで……」
「……え?」
「離婚はそれからって決めてあるの」
それは初耳だった。
「本当は中学まででも良かったんだけど、娘が高校を出ないだなんて恥ずかしいでしょう。ご近所はアンタが養子だなんて知らないんだし」
「……うん」
「いい? 卒業したら、県外で就職先を見つけるのよ。私達も引っ越すから」
「えっ? そんなの、聞いてない!」
「言ってなかったもの」
平然と言う母は相変わらずこちらを見ようとしない。
「全員ここを出ていくの。あの人は女と一緒になるだろうし、私は実家に帰るけど、アンタの面倒見る余裕もないしね。高校行かせてあげただけ、ありがたいと思いなさい」
「そんな! そんなこと急に言われても……!」
「急? 学校の進路相談だってまだ先でしょうに」
「それは──!」
「っるさい! 私が何年我慢してきたと思う!? アンタの為にどれだけの人生を犠牲してきたと!!」
落ち着いた口調だったが、急に声を張り上げたので、葵はビクッと肩を揺らした。
「あんたじゃない!! 全部、あんたがぶち壊したのよ!? あの時に──!!」
ようやく義母は葵と目を合わせたが、その場に頭を抱えて泣き崩れてしまった。あの時からずっと、養父母に向けられる目はこの類のものだ。
葵はまた何も言えなくなった。
この状態の義母には、何を言っても火に油を注ぐ結果になることを、葵は長年の経験で知っていた。しばらくそっとしておくのが一番マシな対処法だ。
葵は自分の部屋に向かおうと、静かに身を翻した。
「養子なんかとるんじゃなかった!! とんだ貧乏くじよ!!」
背中に母親の捨て台詞が浴びせられたが、溢れそうな感情をグッと押し戻すので精一杯だった。
***
葵がこの家に引き取られたのは、まだ赤ん坊の時だった。
両親は近所でも有名なおしどり夫婦で、実子のように可愛がってくれて、葵も本当の両親だと疑わなかった。
初めて幻覚を視たのは、葵が四歳の時だった。幼稚園の帰りに、母と手を繋いだ瞬間、頭の中に映像が流れ込んできた。まるで、一人称視点の映画を見ているようだった。
最初に見たのは、両親が葵を引き取った日のもので、幼い葵は見たまんまを口にした。
「わたし、ママの子じゃないの?」
その瞬間、母親がぎょっと目を剥いたのを覚えている。
しかし、その時見た映像から感じたのは溢れんばかりの幸福感で、同調するように葵の心は満たされていた。そのおかげで、幼いながらに養子の事実を知っても、少しもショックはなかった。だからその時は、両親が神妙な面持ちで、本当の子供だと思っていること、どんなに愛しているかを、じっくり言い聞かせるのが不思議でならなかった。
なぜ養子縁組事を知っているのか、不思議がる両親に問われても、「見たから」としか答えられなかった。
その時に感じた幸福感で、葵は映像が視えるのは〝良いこと〟であるとすっかり思い込んでいた。
だが、その能力は〝枷〟なのだと、すぐに思い知らされる。
それは両親と動物園でカンガルーの親子を見ていた時の事。義父に肩車をしてもらった拍子に、頭の中に流れ込んだのは、赤ん坊を抱く綺麗な女の人。
実はその光景は、前々から何度も見ていたものだった。
映像の女の人は愛おしい目で赤ん坊を見ていて、その隣には義父が笑顔で寄り添っている。
それは絶対に〝良いこと〟に違いないと思った葵は、やはり見たまんまを訊ねてしまったのだ。
「赤ちゃんにはいつ会えるの?」
義母がすまなそうに視線を落とす意味を、その頃の葵は察する事ができなかった。
父は僅かに目を泳がせたが、しゃがんで葵に視線を合わせると優しく笑った。
「葵は姉弟が欲しいのかい? やっぱり一人じゃ寂しいよな」
葵は首を横に振った。
「違うよ。知らない女の人が、赤ちゃんをもってるの。パパはもう会ってるでしょ?」
開いた口が塞がらない父と、目を見張る母。
誰もが羨む幸せな家庭が崩壊するは、ほんの一瞬だった。
この家では、誰も笑わなくなってしまった。
そしてその原因を作ったのは、紛れもなく自分なのだ。
葵は自室に篭るなり、明かりもつけずに鞄をベッドに放り投げ、その横に腰掛けた。
投げた勢いで鞄から携帯電話が飛び出した。
わかっている。いつかは自立しなければならない。けれど突き付けられたのは、想像していたかたちとは違いすぎて、不安でたまらない。将来のことを考えても、路頭に迷っている自分の姿しか浮かんでこなかった。
(最悪……)
人生で二度も捨てられるなんて、こんな酷い話があるだろうか。悲しみを通り越して、沸々と憤りが沸いて出る。それを抑え込むように両膝をぎゅっと抱え、顔を填めた。
目を瞑ると、現実から自分を遮断できる気がした。
(──あの時、黙っていたらこんな事にはなかったのかな?)
今更考えたってどうしようもないが、そう考えずにはいられない。
(こんな気味の悪いモノ、私だって欲しくなかったのに)
携帯のバイブレーションが鳴る。
画面にはナナからのメッセージが届いていたが、今は見る気にはなれなかった。
葵は物心がついた時から、ある種の幻覚に悩まされていた。
他人に触れると、知らない映像が頭の中に流れ込んでくるのだ。最初は他のみんなも同じだと思っていたが、中学にあがる頃には自分だけが視えているのだと気が付いた。
以来、人には極力触れないようにしている。
人によっては霊感だとか、第六感という言葉に当てはめられたりもするが、これがなかなかに厄介な〝枷〟となってきた。
(これはきっと呪いだ)
人と違うと孤立する。
これまでの人生で、葵が学んだことだ。
***
「まーたここに居たの?」
ぴょこん、とナナが段差に飛び乗って振り返った。その仕草が小動物みたいでクスリと笑ってしまう。
「うん、あまり家にいたくないし」
「そっか……。ね、買い物行こうよ! 新しい服も欲しいし、付き合って」
「うん!」
ナナは今どきの愛くるしい女子高生だが、他人の悩みに無粋に首を突っ込んだりせず、こちらが話したい時には、静かに耳を傾けてくれる。
葵にとって、一緒に居ても肩の力を抜ける、唯一の友人だ。
「で、信くんに告んないの?」
二人並んでコンクリートで舗装された大通りに出ると、ナナが核心をついた。こちらの行動パターンは読まれているらしい。
葵は笑って誤魔化そうとしたが、当然、通用しない。
「さっさと言わないと、先越されちゃうよー?」
「で、でも……」
ピシャリと言いきられてぐうの音も出ない。
信人は近所に住む幼馴染で、その明るい性格から男女問わず人気がある。小・中と同じ学校だったが特別仲がいいわけでもなく、話した事もあまりなかったが、葵はずっと、密かに想いを寄せていた。それが顔に出ていたのか、すぐにナナに見抜かれ、それ以来早く告白しろ、と煽られる日々である。
「私なんかじゃ……」
「なんかってなによ?」
「だ、だって……」
葵は自信なく目を伏せた。
告白する気がないわけではない。しかし、自分に纏わり付く、気味の悪い〝枷〟が、いつも葵を思い止まらせた。
これまで葵が必死に築き上げた人間関係を、この〝枷〟が片っ端から壊していった。
「はあ……。 グズグズしてると、信くん……とられちゃうよ?」
呆れるように言うナナの表情は、俯いているせいで見えない。
(気を悪くさせちゃったかな?)
不安になって慌てて言い訳する。
「そのうち、きっと言うから!」
「そう言ってもう一ヶ月たってる」
「そ、そうだっけ?」
「そうですー!」
額をツン、とつつかれた。大きなアーモンド形の目を細めて睨む顔が、怖いよりも可愛らしくて全く迫力がない。
葵はほっとした。どうやら機嫌を損ねたわけでは無いらしい。
ナナとは高校を卒業しても、ずっと友人関係を続けていきたい。
「明日こそ、学校でいいなよ? なんなら、あおちゃんが言いやすいように、私がお膳立てしてあげる!」
「いや、それはちょっと……」
「だめだよ! そうでもしなきゃ、またうやむやにするんだから!」
「そ、そんなこと……。ほんと、いいから!余計なことしないでよ?」
「えーなんでよ!」
まずい、と葵は焦る。ナナはやると言ったら本当に行動を起こす。
「ほんと、本当に勘弁してください!」
「えー……」
それだけは!と必死に懇願すると、ナナは口を曲げて不満をあらわにしながらも、しぶしぶ頷いた。
(あ、あぶな……)
葵はまだバクバクしている心臓を落ち着かせていると、今度は悪巧みを含んだような笑顔を貼り付けて、葵を見上げた。
ナナがこの表情をする時は、決まって何かをねだる。
「じゃ、買い物付き合って?」
「良いけど……」
〝じゃあ〟って何だ、と身の内でつっこみながら、数駅離れた街にあるショッピングモールへと足を向けるのだった。
***
自宅の前で深呼吸をする。
ナナとの買い物が楽しくて浮かれていた気分は一転、自分の家を見た途端に気が重くなる。そんな家なんか、家と呼んでいいものか甚だ疑問だが、いつまでもここで突っ立っているわけにもいかない。
意を決して、ドアノブに手をかけた。
家の中は灯りがついておらず、誰もいないことに胸を撫で下ろす。
台所で夕飯を作ろうと、居間の電気を付けると、ダイニングの椅子に人が座っていて、葵は声をあげずに驚いた。
義母だった。テーブルに肘を着いたまま動かない。
「お、かあさん……? 暗いから居ないかと思った……」
腫れ物に触れるように声をかけたが、葵の顔を見ようとしない。
義母が不機嫌な時は大抵、義父の事で何か問題があった時だ。
「……随分、遅いじゃないの」
「あ、ナナと遊んでたの」
「良かったじゃない、楽しそうで」
「う、うん……」
「私はあの時から、楽しい事なんて一度もないけどね」
「……」
どう答えても、地雷を逃れることは出来ないらしい。葵は黙りこくった。
〝あの時〟の事を持ち出されると何も言えなくなってしまう。
「お父さんは? 今日も帰ってこないの?」
「いつものことでしょう。またあの女のところよ」
義父には愛人がいる。葵がこの家に引き取られるずっと何年も前から。
「あんたの卒業まで……」
「……え?」
「離婚はそれからって決めてあるの」
それは初耳だった。
「本当は中学まででも良かったんだけど、娘が高校を出ないだなんて恥ずかしいでしょう。ご近所はアンタが養子だなんて知らないんだし」
「……うん」
「いい? 卒業したら、県外で就職先を見つけるのよ。私達も引っ越すから」
「えっ? そんなの、聞いてない!」
「言ってなかったもの」
平然と言う母は相変わらずこちらを見ようとしない。
「全員ここを出ていくの。あの人は女と一緒になるだろうし、私は実家に帰るけど、アンタの面倒見る余裕もないしね。高校行かせてあげただけ、ありがたいと思いなさい」
「そんな! そんなこと急に言われても……!」
「急? 学校の進路相談だってまだ先でしょうに」
「それは──!」
「っるさい! 私が何年我慢してきたと思う!? アンタの為にどれだけの人生を犠牲してきたと!!」
落ち着いた口調だったが、急に声を張り上げたので、葵はビクッと肩を揺らした。
「あんたじゃない!! 全部、あんたがぶち壊したのよ!? あの時に──!!」
ようやく義母は葵と目を合わせたが、その場に頭を抱えて泣き崩れてしまった。あの時からずっと、養父母に向けられる目はこの類のものだ。
葵はまた何も言えなくなった。
この状態の義母には、何を言っても火に油を注ぐ結果になることを、葵は長年の経験で知っていた。しばらくそっとしておくのが一番マシな対処法だ。
葵は自分の部屋に向かおうと、静かに身を翻した。
「養子なんかとるんじゃなかった!! とんだ貧乏くじよ!!」
背中に母親の捨て台詞が浴びせられたが、溢れそうな感情をグッと押し戻すので精一杯だった。
***
葵がこの家に引き取られたのは、まだ赤ん坊の時だった。
両親は近所でも有名なおしどり夫婦で、実子のように可愛がってくれて、葵も本当の両親だと疑わなかった。
初めて幻覚を視たのは、葵が四歳の時だった。幼稚園の帰りに、母と手を繋いだ瞬間、頭の中に映像が流れ込んできた。まるで、一人称視点の映画を見ているようだった。
最初に見たのは、両親が葵を引き取った日のもので、幼い葵は見たまんまを口にした。
「わたし、ママの子じゃないの?」
その瞬間、母親がぎょっと目を剥いたのを覚えている。
しかし、その時見た映像から感じたのは溢れんばかりの幸福感で、同調するように葵の心は満たされていた。そのおかげで、幼いながらに養子の事実を知っても、少しもショックはなかった。だからその時は、両親が神妙な面持ちで、本当の子供だと思っていること、どんなに愛しているかを、じっくり言い聞かせるのが不思議でならなかった。
なぜ養子縁組事を知っているのか、不思議がる両親に問われても、「見たから」としか答えられなかった。
その時に感じた幸福感で、葵は映像が視えるのは〝良いこと〟であるとすっかり思い込んでいた。
だが、その能力は〝枷〟なのだと、すぐに思い知らされる。
それは両親と動物園でカンガルーの親子を見ていた時の事。義父に肩車をしてもらった拍子に、頭の中に流れ込んだのは、赤ん坊を抱く綺麗な女の人。
実はその光景は、前々から何度も見ていたものだった。
映像の女の人は愛おしい目で赤ん坊を見ていて、その隣には義父が笑顔で寄り添っている。
それは絶対に〝良いこと〟に違いないと思った葵は、やはり見たまんまを訊ねてしまったのだ。
「赤ちゃんにはいつ会えるの?」
義母がすまなそうに視線を落とす意味を、その頃の葵は察する事ができなかった。
父は僅かに目を泳がせたが、しゃがんで葵に視線を合わせると優しく笑った。
「葵は姉弟が欲しいのかい? やっぱり一人じゃ寂しいよな」
葵は首を横に振った。
「違うよ。知らない女の人が、赤ちゃんをもってるの。パパはもう会ってるでしょ?」
開いた口が塞がらない父と、目を見張る母。
誰もが羨む幸せな家庭が崩壊するは、ほんの一瞬だった。
この家では、誰も笑わなくなってしまった。
そしてその原因を作ったのは、紛れもなく自分なのだ。
葵は自室に篭るなり、明かりもつけずに鞄をベッドに放り投げ、その横に腰掛けた。
投げた勢いで鞄から携帯電話が飛び出した。
わかっている。いつかは自立しなければならない。けれど突き付けられたのは、想像していたかたちとは違いすぎて、不安でたまらない。将来のことを考えても、路頭に迷っている自分の姿しか浮かんでこなかった。
(最悪……)
人生で二度も捨てられるなんて、こんな酷い話があるだろうか。悲しみを通り越して、沸々と憤りが沸いて出る。それを抑え込むように両膝をぎゅっと抱え、顔を填めた。
目を瞑ると、現実から自分を遮断できる気がした。
(──あの時、黙っていたらこんな事にはなかったのかな?)
今更考えたってどうしようもないが、そう考えずにはいられない。
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