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1話「目覚めたら、幼馴染みの作品の中でした!?」
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桜の花が散る季節。猫の繁殖シーズンでもある。
猫は好きでも嫌いでもない。それなのに、なぜか猫の方は、飼い猫だろうが野良だろうが、こちらを見るなり鳴きながら近寄ってくるのだ。
「にゃあ♪」
「ひいっ! こっちに来ないで!!」
「にゃ?」
しかし、今日は違った。黒い仔猫はなにかに驚くと、道路に向かって走ってしまった。ざらざらとした舌で舐めてくる猫は得意ではない。得意ではないけれど、目の前で動物が轢かれて死ぬ姿はどうしても見たくなかった。ただそれだけだ。
徹夜でのコスプレ衣装作りをしていたことも相まって、判断力が究極に鈍っていた。次の瞬間、水縞あいりは車に跳ねられていた──。
(……ここは?)
車に衝突して、しばらくして目を開けると、視界に入ったのは見知らぬ天井だった。手足を動かそうと思えば動かせるし、体のどこにも痛みはない。猫を助けて車に轢かれて死んだことは事実なので、病院でないことは確かだ。
(……まさか、天国?)
水縞あいりの前世は、とりたてて聖人だったわけではない。けれど、犯罪に手を染めることなく真っ当に生きていた。それに、死因が死因なので、地獄ではないことは確実だ。神様も、そこまで不公平ではないだろう。
水縞あいりは、情報を得るために左右を確認したところ、どうやら狭い個室に仰向けになっていたようだ。狭い室内には寝台が二つずつ、計四台並べられていた。そのうちの一つに寝かせられていた。
頭上にあるハンガーに吊されているのは、袖がパフスリーブになっている漆黒の丈の長めなワンピースだ。白いエプロンに、ヘッドドレスもある。
(……メイド服よね?)
水縞あいりの趣味はコスプレだったので、当然ながらメイド服も着用したことがある。自分の置かれた状況はまだ飲み込めていないが、とりあえず寝台から起き上がり、設置されていた全身鏡を覗き込んだ。
「……だ、誰!?」
そこに映っていたのは、十歳前後の少女の姿だった。腰まで伸びた、ところどころ癖のついたアッシュブラウンの髪の毛に、茶色く大きな瞳。彫りの深い、海外の人形といった容姿をしている。どこか見覚えある風貌をしている。発した声も高い。
変わり果てた自分の姿に戸惑っていると、貫禄のありそうな四十代くらいの女性が部屋を覗き込み、苦言を呈した。
「ちょっと、いつまで寝てるんだい!? 早く着替えてキッチンに来なさい!」
「……は、はい、すぐに行きます!」
とりあえず、かけてあったメイド服に着替え、場所は分からないが、キッチンといえば一階にあるので急ぎ向かった。
どうやらこの体の持ち主は、キッチンメイドとしてこの家で働いているらしく、料理長の調理補助が主な仕事だった。野菜を洗って果物ナイフで皮を剥いたり、混ぜたり炒めたり捏ねたりそれなりに忙しい。水縞あいりのような下働きが二、三人いる。その子たちを手本に見様見真似で働いていると、出来上がった料理を取りに来た給仕係の会話で、この立派な邸宅がフランドル侯爵邸であることが判明した。
(……フランドル侯爵って、もしかしてイザベラ・ディ・フランドルの生家じゃないわよね!?)
イザベラ・ディ・フランドルという名は、水縞あいりは嫌というほど知っている。それもそのはず。幼馴染みで漫画家でもあるミツルギサイチ(御剣才知)が描いた「悪役令嬢が断罪されるまで」という作品の悪役令嬢の本名だからだ。新作に悩んでいる頃から、ネタ出しや設定、キャラメイク、悪役に至るエピソードなど事細かな相談を受けていた。
(ぐ、偶然よね、きっと)
まだ確信はない。ところが。
「ぼーっとして、熱でもあるの? ミレア」
「ミレアですって!?」
その名を呼ばれてしまい、水縞あいりは絶望した。
どこか見覚えのある顔の持ち主は、復讐心に生涯を捧げたミレア・ウィン・ティルベリーそのものだった。彼女の幼少期はさらっと終わるので、鏡で一瞬見ただけでは見抜けなかった。ミレアは、没落貴族の令嬢であり、ティルベリー家を滅ぼしたフランドル侯爵邸にメイドとして潜入しつつ、悪役令嬢の素質があったイザベラを唆し、あらゆる悪事に手を染めさせて建国記念日に断罪される復讐劇の重要人物だ。ファミリーネームを、母方の名字であるホルダーに変えてまで身分を偽っている。邸宅と金銀財宝、領地を奪った元凶であるフランドル侯爵を破滅に追い込む。
イザベラは、正ヒロインであるマーガレット・オブ・スティールの相手役である従兄弟のエドワードに横恋慕をし、どうにか手に入れようとマーガレットを亡き者にしようと企んだものの、悪事がばれて処刑されるという運命だ。馬車に細工を施して崖から転落させ、マーガレットと彼女の母親は大変なめに遭った。なんとか一命は取り留めたものの母親は車椅子、マーガレットは太腿に大きな傷跡が残ってしまう。そんなマーガレットから断罪される日が、イザベラが十六歳になった年の建国記念日だった。
「お嬢様の、今の年齢は何歳!?」
「はあ? なんなの? いきなり」
「いいから答えて!!」
断罪されるまであと何年残されているのか、知るためにはイザベラの年齢が手っ取り早い。目の前にいる同い年くらいの少女に掴みかかる勢いで詰め寄ると、気味悪がられながらも口を開いた。
「イザベラ様は十歳よ」
「十歳……ということは、六年後……!」
「どうしちゃったのよ、一体……」
建国記念日までは六年ある。ということは、ミレア・ホルダーの年齢は十二歳だ。イザベラの二歳年上だったはずだ。
処刑エンドを回避するには、フランドル侯爵家から退くことが手っ取り早いことは分かっている。接点がなくなればいいからだ。
ところが、この時代を生きるメイドは、貴族からの推薦状がなければ、別の屋敷で再度、雇ってもらうことは難航することが大半だった。住み込みで働くので、信用第一だったのだろう。
メイドとして働けなくなると、行きつく先は売春や娼館になってしまうことも珍しくない。たとえ縫製業や洗濯婦に就けたとしても、最低限の衣食住が保障されている侯爵家から出ることは、賢明ではないことくらい水縞あいりにも分かっている。
それに、ミレアには一つ年下の弟──ジュリアン・ホルダーがいる。弟とミレアは同じ屋敷に預けられたため、ミレアがいるということは、十一歳の弟も、馬の世話や庭師見習いとして尽力しているはずだ。水縞あいりとは関係ない存在でも、体の持ち主であるミレア・ホルダーの身内なので見捨てるには忍びない。
そして、フランドル侯爵家は首都ローゼンブリッジに邸宅を構えている。利便性を考えても、ここで働く方がなにかと融通が利くだろう。邸宅を訪れたゲストからは、ちょっとした心付けとしてチップをもらえることもある。
薄給でも六年間コツコツ貯めていれば、断罪回避後にメイドを辞めたとしても、生きる術が見つかっているかもしれない。もちろん、辞める前に推薦状をもらうことは必須だが。
(幸いにも、まだ六年あるのなら、イザベラを更生させることができるかも……)
ここで慎ましく生活を送りながら、イザベラ・ディ・フランドルを悪役令嬢から真っ当な令嬢へ育てる方向へ進むことにした。
猫は好きでも嫌いでもない。それなのに、なぜか猫の方は、飼い猫だろうが野良だろうが、こちらを見るなり鳴きながら近寄ってくるのだ。
「にゃあ♪」
「ひいっ! こっちに来ないで!!」
「にゃ?」
しかし、今日は違った。黒い仔猫はなにかに驚くと、道路に向かって走ってしまった。ざらざらとした舌で舐めてくる猫は得意ではない。得意ではないけれど、目の前で動物が轢かれて死ぬ姿はどうしても見たくなかった。ただそれだけだ。
徹夜でのコスプレ衣装作りをしていたことも相まって、判断力が究極に鈍っていた。次の瞬間、水縞あいりは車に跳ねられていた──。
(……ここは?)
車に衝突して、しばらくして目を開けると、視界に入ったのは見知らぬ天井だった。手足を動かそうと思えば動かせるし、体のどこにも痛みはない。猫を助けて車に轢かれて死んだことは事実なので、病院でないことは確かだ。
(……まさか、天国?)
水縞あいりの前世は、とりたてて聖人だったわけではない。けれど、犯罪に手を染めることなく真っ当に生きていた。それに、死因が死因なので、地獄ではないことは確実だ。神様も、そこまで不公平ではないだろう。
水縞あいりは、情報を得るために左右を確認したところ、どうやら狭い個室に仰向けになっていたようだ。狭い室内には寝台が二つずつ、計四台並べられていた。そのうちの一つに寝かせられていた。
頭上にあるハンガーに吊されているのは、袖がパフスリーブになっている漆黒の丈の長めなワンピースだ。白いエプロンに、ヘッドドレスもある。
(……メイド服よね?)
水縞あいりの趣味はコスプレだったので、当然ながらメイド服も着用したことがある。自分の置かれた状況はまだ飲み込めていないが、とりあえず寝台から起き上がり、設置されていた全身鏡を覗き込んだ。
「……だ、誰!?」
そこに映っていたのは、十歳前後の少女の姿だった。腰まで伸びた、ところどころ癖のついたアッシュブラウンの髪の毛に、茶色く大きな瞳。彫りの深い、海外の人形といった容姿をしている。どこか見覚えある風貌をしている。発した声も高い。
変わり果てた自分の姿に戸惑っていると、貫禄のありそうな四十代くらいの女性が部屋を覗き込み、苦言を呈した。
「ちょっと、いつまで寝てるんだい!? 早く着替えてキッチンに来なさい!」
「……は、はい、すぐに行きます!」
とりあえず、かけてあったメイド服に着替え、場所は分からないが、キッチンといえば一階にあるので急ぎ向かった。
どうやらこの体の持ち主は、キッチンメイドとしてこの家で働いているらしく、料理長の調理補助が主な仕事だった。野菜を洗って果物ナイフで皮を剥いたり、混ぜたり炒めたり捏ねたりそれなりに忙しい。水縞あいりのような下働きが二、三人いる。その子たちを手本に見様見真似で働いていると、出来上がった料理を取りに来た給仕係の会話で、この立派な邸宅がフランドル侯爵邸であることが判明した。
(……フランドル侯爵って、もしかしてイザベラ・ディ・フランドルの生家じゃないわよね!?)
イザベラ・ディ・フランドルという名は、水縞あいりは嫌というほど知っている。それもそのはず。幼馴染みで漫画家でもあるミツルギサイチ(御剣才知)が描いた「悪役令嬢が断罪されるまで」という作品の悪役令嬢の本名だからだ。新作に悩んでいる頃から、ネタ出しや設定、キャラメイク、悪役に至るエピソードなど事細かな相談を受けていた。
(ぐ、偶然よね、きっと)
まだ確信はない。ところが。
「ぼーっとして、熱でもあるの? ミレア」
「ミレアですって!?」
その名を呼ばれてしまい、水縞あいりは絶望した。
どこか見覚えのある顔の持ち主は、復讐心に生涯を捧げたミレア・ウィン・ティルベリーそのものだった。彼女の幼少期はさらっと終わるので、鏡で一瞬見ただけでは見抜けなかった。ミレアは、没落貴族の令嬢であり、ティルベリー家を滅ぼしたフランドル侯爵邸にメイドとして潜入しつつ、悪役令嬢の素質があったイザベラを唆し、あらゆる悪事に手を染めさせて建国記念日に断罪される復讐劇の重要人物だ。ファミリーネームを、母方の名字であるホルダーに変えてまで身分を偽っている。邸宅と金銀財宝、領地を奪った元凶であるフランドル侯爵を破滅に追い込む。
イザベラは、正ヒロインであるマーガレット・オブ・スティールの相手役である従兄弟のエドワードに横恋慕をし、どうにか手に入れようとマーガレットを亡き者にしようと企んだものの、悪事がばれて処刑されるという運命だ。馬車に細工を施して崖から転落させ、マーガレットと彼女の母親は大変なめに遭った。なんとか一命は取り留めたものの母親は車椅子、マーガレットは太腿に大きな傷跡が残ってしまう。そんなマーガレットから断罪される日が、イザベラが十六歳になった年の建国記念日だった。
「お嬢様の、今の年齢は何歳!?」
「はあ? なんなの? いきなり」
「いいから答えて!!」
断罪されるまであと何年残されているのか、知るためにはイザベラの年齢が手っ取り早い。目の前にいる同い年くらいの少女に掴みかかる勢いで詰め寄ると、気味悪がられながらも口を開いた。
「イザベラ様は十歳よ」
「十歳……ということは、六年後……!」
「どうしちゃったのよ、一体……」
建国記念日までは六年ある。ということは、ミレア・ホルダーの年齢は十二歳だ。イザベラの二歳年上だったはずだ。
処刑エンドを回避するには、フランドル侯爵家から退くことが手っ取り早いことは分かっている。接点がなくなればいいからだ。
ところが、この時代を生きるメイドは、貴族からの推薦状がなければ、別の屋敷で再度、雇ってもらうことは難航することが大半だった。住み込みで働くので、信用第一だったのだろう。
メイドとして働けなくなると、行きつく先は売春や娼館になってしまうことも珍しくない。たとえ縫製業や洗濯婦に就けたとしても、最低限の衣食住が保障されている侯爵家から出ることは、賢明ではないことくらい水縞あいりにも分かっている。
それに、ミレアには一つ年下の弟──ジュリアン・ホルダーがいる。弟とミレアは同じ屋敷に預けられたため、ミレアがいるということは、十一歳の弟も、馬の世話や庭師見習いとして尽力しているはずだ。水縞あいりとは関係ない存在でも、体の持ち主であるミレア・ホルダーの身内なので見捨てるには忍びない。
そして、フランドル侯爵家は首都ローゼンブリッジに邸宅を構えている。利便性を考えても、ここで働く方がなにかと融通が利くだろう。邸宅を訪れたゲストからは、ちょっとした心付けとしてチップをもらえることもある。
薄給でも六年間コツコツ貯めていれば、断罪回避後にメイドを辞めたとしても、生きる術が見つかっているかもしれない。もちろん、辞める前に推薦状をもらうことは必須だが。
(幸いにも、まだ六年あるのなら、イザベラを更生させることができるかも……)
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