眉目清秀な劇団座長は、宿屋の平凡娘になぜか弱い。

ゆずまめ鯉

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十五.南都へ【2】

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 劇場を追い出されてからは、香ばしい匂いに釣られて屋台の焼餅を食べたり、串焼きを頬張ったり、食欲を満たしながら散策する。楚月がいうように、仮面をしていなくても話しかけられるようなことはなく、自由を満喫していた。相変わらず、町の子どもたちに慕われ、弟子にしてほしいと囲まれている姿も目にした。
 案内されたのは大型の宿屋で、楓流軒よりも歴史は古く、木の温もりが所々に感じられる、まさに老舗という言葉がぴったりの宿だった。三階奥にある部屋へ通された。室内の窓からは湖畔と南都の夜景が一望できる造りで、まさに圧巻だ。春鶯は思わず息を飲んだ。真っ暗闇の中に浮かぶ無数の星空と、月、そして灯篭や提灯、松明の灯りが、湖畔の水面に反射してあちらこちらで揺らめいている。目を奪われるほど綺麗で幻想的だ。ここまで素晴らしいものが拝めるとは。春鶯は静かに感動していた。

「湖畔が眺められるお宿もいいですね。楓流軒からは見えませんから」

 帝都の街並みも嫌いではないが、南にくるとここまで違うのかと、いつまでも眺めていたくなる。そんな春鶯の隣に、誇らしげな様子の楚月もそっと寄り添う。

「気にいってくれると思ったよ」
「だからここを選んだんですか?」
「うん。きみと泊まりたくて、景色のいい上房を確保しておいたんだ」

 一人だったら泊まっていないと言わんばかりの口調に、春鶯はくすぐったさを覚える。

「高そうですね」
「楓流軒の上房と同じくらいだよ」
「え、そのくらいで泊まれるんですか!? ああ、いえ、私が言うのもなんですが、決して安くはないんですけどね」

 楓流軒は、帝都にある宿屋の中でも比較的、高めの料金設定だということを思い出す。それでも潰れずにやっていけるのは、父親の料理の腕前と、綺麗な客室と、立地がいいのだろう。

「耀耀」
「なんですか?」
「楓流軒を、大型の宿屋にしたい?」

 宿屋を継ぐのが春鶯の夢だと楚月は知っている。その宿を拡大したいのかと問いかけられ、真っ先に思い浮かんだのは楚月の顔だった。

「そうですね。大型にするよりも、楚月さんが自由に演技できる舞台を設けたいですね」

 忙しくて観劇に触れる時間のない人にも、ちょっとした癒しの空間にならないだろうかと春鶯は考える。もちろん、休みたいだけの客もいるため、受付対応する際には、舞台を見たいか見たくないかを事前に確認しておく。断った客は一番奥の静かな部屋に案内し、頷いた客は手前の部屋にする。配慮すべきことは後から追加するとして、楓流軒を大きくするよりも、どうすれば快適に過ごしてもらえるのか、春鶯は常に考えている。

「冬場の閑散期、俺はそこの舞台で演じたい」
「え? でも、冬だと結構寒いですけど大丈夫ですか? 寒いの苦手でしたよね?」
「はは。出身が霜北府だから、寒さには慣れているよ」

 小さい頃に病弱だったという話を半年前に聞いていたので心配になったが、月影座として巡業をしているうちに、暑さにも寒さにも強くなったのだという。

「練習する場所も必要ですよね?」
「広場で練習するよ」
「それだと、大勢の人々が、楚月さんの練習風景を見学できてしまいますよね?  さすがに嫌です。私も見たいのに」

 春鶯は、唇を尖らせて拗ねてみせた。それに、広場にいる一人一人に嫉妬してしまいそうだと伝えると、楚月は目を大きく見開き反応した。

「……耀耀!」
「考え直してくれましたか?」
「うん。それはやめておくよ」
「ふふ、よかったです」
「馬車の預かりは近隣に任せて、中庭に舞台と練習小屋を建てようか」
「一番は増築ですけど、許可は下りないので、中庭を工夫したいですね」

 比較的、自由に建築できる南都とは異なり、春鶯の暮らす帝都では、防火が最優先事項になっている。空気が乾燥しやすく、木造建築が密集している地域ゆえに、非常によく燃えるという数々の懸念点から増築の許可はまず下りない。ついてまわる景観問題もある。
 そんな厳しい中、楓流軒が珍しく三階建てなのは、大工だった曾祖父があまり高さを出さないように工夫して設計したからだ。それでも許可を取るためには数年を要している。

「それほど長く滞在していたわけでもないのに、こうしてきみと話していると、帝都が恋しくなる」
「そうですね、わかります。でも、私は楚月さんとこうして会えたので、どこにいたって幸せですけどね?」

 素直に自分の気持ちを伝えると、不意打ちを食らったかのように楚月は一瞬、言葉に詰まり、狼狽えていた。

「……耀耀。緊張しなくなったきみはとても魅力的だけど、こちらの心臓が持たない」
「それなら、私に慣れてください。いつでも傍にいますから」

 そう微笑みながら伝えると、楚月は春鶯の手を取った。そしてそこへ、躊躇うことなく口づけを落とす。

「結婚してくれてありがとう。南都まで逢いに来てくれてありがとう」
「こちらこそ、南都までの旅費を出してもらったのに、お礼をまだ言ってませんでしたね」

 馬車代や保鏢を雇う金をこれから貯めると文に書いたところ、晋高を通じて大金を渡された。せっかく結婚したのに、生活費を渡すという考えが至らずにすまないと謝られた。離れて暮らしているのに、そこまで気遣ってもらえるとは想像していなかった。楚月は、春鶯や央央、楓流軒のことを大切にしてくれる。

「礼なんていらない。きみに逢えるのなら、俺はいくらだって出すから」
「ふふ、座長さんは頼もしいですね?」
「もっと褒められたい」
「そのくらい、いいですよ。綺麗すぎて顔を直視できない。遠くにいてもはっきり聞こえる美声も素敵。腕っぷしも強くて逞しい。字もとても上手。なにより好きなところは、私を見つめる瞳が優しいところです」
「……耀耀!」

 感極まったらしき楚月に唇を奪われた。春鶯は、目を閉じて楚月の口づけを受け入れた。南都で過ごす初めての甘い夜は、二人にとって忘れられない一夜となって、胸の奥に深く深く刻まれた。
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