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第2話 セーブの暴走
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異世界二日目の朝は、木の根っこに腰をぶつける激痛とともに始まった。
「いってぇ……」
昨夜は結局、森の中で野宿することになった。転生特典でもらった謎の収納スキルから毛布っぽいものを取り出せたのは幸いだったが、地面の硬さは如何ともしがたい。エクセルと椅子に囲まれた日々が懐かしい。あの頃は腰痛がひどかったけど、それでも地べたで寝るよりはマシだった。
「マスター、おはようございます♪」
頭上からルナの声が降ってくる。見上げると、手のひらサイズの妖精が朝日を背に浮かんでいた。逆光で羽がキラキラしている。絵的には美しいが、寝起きの俺には眩しいだけだ。
「おはよう。で、今日のスケジュールは?」
「まずは最寄りの町を目指すのがセオリーですね。このまま森を南下すれば、半日ほどで王都エルグランツに到着するはずです」
「王都? いきなり?」
「転生者の行き先はだいたい王都って相場が決まってるんですよ。冒険者ギルドもありますし、情報収集にも最適です」
なるほど。確かに小さな村より都会の方が便利そうだ。俺はExcelのショートカットキー並みに効率的な選択肢を好む。
「よし、じゃあ出発するか」
収納スキルに毛布を戻し、森の奥へと歩き出す。木漏れ日が気持ちいい。鳥のさえずりも聞こえる。こういう自然豊かな環境、会社員時代は皆無だったな。たまには悪くない……と思った瞬間、茂みの向こうから悲鳴が聞こえた。
「きゃああああっ!」
女性の声だ。しかも若い。反射的に走り出す。ここで見て見ぬふりをしたら、夢に出てきそうだ。元社畜の良心がそうさせた。
茂みを抜けると、開けた場所に出た。そこには――銀髪をポニーテールにまとめた美少女が、巨大な熊のような魔物に追い詰められていた。
いや、熊というか、正確には「全身が岩でできた熊」だ。ロックベアとかそんな名前だろうか。ゲームでよく見るやつ。少女は剣を構えているが、明らかに分が悪い。鎧は所々壊れ、白い肌に擦り傷が走っている。
「マスター、あれはストーンベアです! Dランク魔物ですよ!」
「Dランク……強いの?」
「初心者が勝てる相手じゃありません!」
だよな。でも見捨てるわけにもいかない。俺は収納スキルから昨日拾った剣を取り出し、叫んだ。
「おい、こっちだ!」
ストーンベアが振り向く。ゆっくりと、だが確実にこちらへ向かってくる。少女が驚いた表情でこちらを見た。
「貴方、危険です! 逃げてください!」
「逃げたら君が危ないだろ!」
格好つけたことを言ってしまった。が、実際のところ、俺には切り札がある。最悪、死んでもCtrl+Zで巻き戻せばいい。どうせセーブされてるはずだし……多分。
ストーンベアが咆哮を上げ、突進してきた。デカい。速い。避けられない。
――直撃。
視界が暗転する。即死だった。
次の瞬間、俺は茂みの前に立っていた。巻き戻った。やっぱりセーブされてたか。さっきの悲鳴が聞こえる直前だ。ということは、悲鳴を聞いた瞬間にセーブされたってことか。都合がいい。
「よし、今度は慎重に……」
再び茂みを抜ける。少女とストーンベアの構図は同じ。今度は正面から突っ込まずに、背後から奇襲をかけよう。岩の体だから刃は通らないかもしれないが、注意を引くだけでも――
「きゃああっ!」
少女の悲鳴が、さっきより大きい。見ると、ストーンベアの爪が彼女の胸当てを引き裂いていた。金属製の鎧が真っ二つになり、中の布地が覗く。
――その瞬間、世界が一瞬静止した。
嫌な予感がする。まさか、今、セーブされた?
「マスター、自動セーブが完了しました♪」
ルナの声が、やけに明るく響いた。
「え、ちょっと待て。今のタイミングで!?」
「強い感情の動きを検知しました。セーブポイントが更新されましたよ」
「誰の感情だよ!」
「さあ? マスターじゃないですか?」
違う、絶対違う。俺が動揺したのは確かだが、それは「またセーブされたら困る」っていう予感であって、別に少女の胸当てが破れたことに興奮したわけじゃ――
「貴方! 何をぼうっとしているのですか!」
少女の怒声で我に返る。ストーンベアが再び突進してくる。咄嗟に横に転がって回避。だが体勢が悪い。追撃が来る。
――また死んだ。
気がつくと、俺は茂みを抜けた直後に戻っていた。少女の胸当てが破れる寸前。ストーンベアの爪が振り下ろされる瞬間。
「マジか……」
つまり、これから何度やり直しても、この「胸当てが破れる瞬間」からスタートするってことか。最悪だ。完全に変態じゃないか。
「きゃああっ!」
また破れた。布地が風に舞う。少女が赤面しながら腕で胸を隠す。
「貴方、まさかわざと!?」
「違う! 誤解だ!」
弁解する暇もなく、ストーンベアの爪が俺を捉える。三度目の死。
巻き戻る。また同じ場面。
「これ、詰んでない?」
「頑張ってください、マスター♪」
ルナの励ましが無責任すぎる。
仕方ない。冷静に状況を整理しよう。セーブポイントは「少女の胸当てが破れる直前」。ここから彼女を助けつつ、ストーンベアを倒さなければならない。
何度か試行錯誤した結果、わかったことがある。ストーンベアは動きが遅い。だが一撃が重すぎて、まともに受けたら即死する。少女は剣術の腕はあるが、鎧が破損した状態では防御力が低い。
つまり、俺が囮になって少女に攻撃のチャンスを作るしかない。
「おい、君! 俺が引きつけるから、隙を突いて攻撃してくれ!」
七回目のやり直しで、俺はそう叫んだ。少女が驚いた顔をする。
「で、ですが……」
「いいから! 君の方が剣の腕は上だろ!」
実際、何度も彼女の動きを見てきた。基本に忠実で、無駄がない。騎士の訓練を受けてるっぽい。それに比べて俺の剣術は我流もいいところだ。
ストーンベアが突進してくる。今度は真正面から受け止める――のではなく、ギリギリまで引きつけて横に転がる。巨体が俺の横を通過する。その瞬間、少女が動いた。
「せいやあっ!」
剣がストーンベアの目を貫く。岩の体でも、目は弱点らしい。魔物が苦悶の声を上げる。
「今だ! もう一撃!」
俺も剣を構え、反対側の目を狙う。刃先が岩の隙間に滑り込み――手応えがあった。
ストーンベアが崩れ落ちる。巨体が地面を揺らし、やがて動かなくなった。
「や、やった……?」
「ええ、倒しました」
少女が安堵の息を吐く。それから、はっとした表情で俺を見た。
「あ、あの……助けていただき、ありがとうございます」
そう言いながら、彼女は破れた胸当ての部分を手で隠している。顔が真っ赤だ。
「いや、こっちこそ。君がいなかったら勝てなかった」
「ですが、貴方……その、何度も……」
「あー、それは誤解だ。本当に。自動セーブのタイミングがおかしくて、あの場面から何度もやり直す羽目になっただけで」
「自動セーブ?」
しまった。異世界の人間に現代用語が通じるわけがない。
「えっと、つまり、俺には時間を巻き戻すスキルがあってだな……」
簡単に説明する。何度も同じ場面を繰り返したこと。セーブのタイミングが自動で制御できないこと。決して覗き目的ではなかったこと。
少女は半信半疑の表情で聞いていたが、やがて小さく頷いた。
「……わかりました。貴方の言葉を信じます。それに、実際に助けていただいたのは事実ですし」
「そ、そうか。ありがとう」
「ただし」
少女が剣を構え直す。鋭い眼光が俺を射抜いた。
「今後、このことを誰かに話したら、その首、刎ねます」
「了解です」
即答した。冗談じゃない。ここで変に抵抗したら、本当に斬られそうだ。
少女は剣を鞘に収めると、懐から予備の上着を取り出して羽織った。それから改めて俺に向き直る。
「改めて、自己紹介をさせてください。私はエリシア・フォン・アルトハイム。王国騎士団の見習い騎士です」
「あ、俺は佐藤健太郎。しがない転生者です」
「転生者……やはり」
エリシアが興味深そうに俺を見る。
「転生者の方とお会いするのは初めてです。噂には聞いていましたが、本当に異世界から来られたのですね」
「まあ、そうなんだけど……転生者って珍しいの?」
「珍しいというか、滅多に表に出てこないんです。多くの転生者は強力なスキルを持っているため、各国が秘匿しているとか」
なるほど。つまり俺も目立たない方がいいってことか。Ctrl+Zのスキルも、あまり公言しない方が良さそうだ。
「それで、エリシアさんはこんな森で何を?」
「訓練です。騎士団の課題で、単独でDランク魔物を討伐しなければならなくて……ですが、油断しました。完全に不意を突かれて」
悔しそうに拳を握る。真面目な性格なんだろうな、この子。
「まあ、結果的に倒せたんだからいいんじゃない?」
「いえ、貴方に助けられた時点で失格です。私一人の力で倒さなければ意味がありません」
「厳しいなあ……」
俺なんて、何度死んでも平気な顔してるのに。この温度差、なんか新鮮だ。
「ところで、佐藤さんはこれからどちらへ?」
「王都エルグランツに行こうかと。冒険者ギルドに登録しようと思って」
「まあ、奇遇ですね。私もこれから王都へ戻るところです」
エリシアがにっこりと笑う。さっきまでの厳しい表情とは打って変わって、柔らかい笑顔だ。
「よろしければ、ご一緒しませんか? 道中、何かとお役に立てるかもしれません」
「ああ、こっちこそ助かる」
こうして、俺は美少女騎士と同行することになった。悪くない展開だ。変態扱いされかけたけど、結果オーライ。
――と、その時。
「あの、佐藤さん」
「ん?」
「一つだけ、確認させてください」
エリシアが真剣な顔で俺を見る。
「貴方は、本当に変態ではありませんよね?」
「違います」
「では、なぜあの場面で何度も時間を巻き戻したのですか?」
「だから、自動セーブのタイミングが――」
「つまり、貴方の意思とは無関係に、あの場面が繰り返されたと」
「そうです」
「……わかりました」
エリシアが小さく頷く。それから、ぼそりと呟いた。
「変態ではないが、運の悪い人なのですね」
「否定できない」
まったくもってその通りだった。
王都エルグランツまでの道のりは、思いのほか平穏だった。エリシアが道に詳しく、魔物の出そうなポイントも把握していたため、戦闘を回避しながら進むことができた。
道中、彼女からこの世界のことを色々と教わる。王国の成り立ち、騎士団の役割、冒険者ギルドの仕組み。エリシアは説明が丁寧で、まるで教科書を読んでいるようだった。几帳面な性格なんだろう。
「あ、見えてきました」
エリシアが指差す先に、巨大な城壁が見えた。その向こうには、石造りの建物が立ち並ぶ街並みが広がっている。
「あれが王都エルグランツです。人口約十万人、この大陸で最も栄えた都市の一つです」
「でかいな……」
会社員時代、東京で働いていた俺でも圧倒される規模だ。中世ヨーロッパ風の街並みが、どこまでも続いている。
城門をくぐると、喧騒が押し寄せてきた。行商人の声、馬車の音、人々の笑い声。活気に満ちている。エクセルと無言の戦いを繰り広げていた日々とは大違いだ。
「冒険者ギルドはこちらです」
エリシアに案内され、中央広場近くの大きな建物に入る。看板には剣と盾のマークが描かれていた。
中は予想以上に広い。受付カウンターがいくつも並び、壁一面に依頼書が貼られている。冒険者らしき人々が酒を飲んだり、情報交換をしたりしている。
「初めての方は、まずあちらの受付で登録を」
エリシアが示した窓口に向かう。受付嬢が愛想よく笑いかけてきた。
「いらっしゃいませ。冒険者登録ですか?」
「はい、お願いします」
簡単な手続きを済ませ、冒険者カードを受け取る。名前と初期ランク(最下位のG)が記されている。これで俺も正式な冒険者だ。
「よし、これで――」
と、その時。
「おい、そこの兄ちゃん」
背後から声がかかった。振り向くと、赤い髪を逆立てた青年が立っていた。筋骨隆々とした体格に、背中には大剣。いかにも冒険者らしい風貌だ。
「お前、転生者だろ?」
その一言に、周囲の空気が変わった。ざわざわと、周りの冒険者たちが注目する。
エリシアが俺の前に立ち、剣に手をかける。
「貴方、何者ですか」
「おっと、敵意はないぜ」
青年が両手を上げる。それから、にやりと笑った。
「俺の名前はゼノ・クラウゼ。お前と同じ――転生者さ」
転生者。この言葉が持つ意味を、俺はまだ理解していなかった。だが、ゼノの目には何か……挑戦的な光が宿っていた。
「ちょっと話があるんだ。いいか?」
断る選択肢はなさそうだった。
「いってぇ……」
昨夜は結局、森の中で野宿することになった。転生特典でもらった謎の収納スキルから毛布っぽいものを取り出せたのは幸いだったが、地面の硬さは如何ともしがたい。エクセルと椅子に囲まれた日々が懐かしい。あの頃は腰痛がひどかったけど、それでも地べたで寝るよりはマシだった。
「マスター、おはようございます♪」
頭上からルナの声が降ってくる。見上げると、手のひらサイズの妖精が朝日を背に浮かんでいた。逆光で羽がキラキラしている。絵的には美しいが、寝起きの俺には眩しいだけだ。
「おはよう。で、今日のスケジュールは?」
「まずは最寄りの町を目指すのがセオリーですね。このまま森を南下すれば、半日ほどで王都エルグランツに到着するはずです」
「王都? いきなり?」
「転生者の行き先はだいたい王都って相場が決まってるんですよ。冒険者ギルドもありますし、情報収集にも最適です」
なるほど。確かに小さな村より都会の方が便利そうだ。俺はExcelのショートカットキー並みに効率的な選択肢を好む。
「よし、じゃあ出発するか」
収納スキルに毛布を戻し、森の奥へと歩き出す。木漏れ日が気持ちいい。鳥のさえずりも聞こえる。こういう自然豊かな環境、会社員時代は皆無だったな。たまには悪くない……と思った瞬間、茂みの向こうから悲鳴が聞こえた。
「きゃああああっ!」
女性の声だ。しかも若い。反射的に走り出す。ここで見て見ぬふりをしたら、夢に出てきそうだ。元社畜の良心がそうさせた。
茂みを抜けると、開けた場所に出た。そこには――銀髪をポニーテールにまとめた美少女が、巨大な熊のような魔物に追い詰められていた。
いや、熊というか、正確には「全身が岩でできた熊」だ。ロックベアとかそんな名前だろうか。ゲームでよく見るやつ。少女は剣を構えているが、明らかに分が悪い。鎧は所々壊れ、白い肌に擦り傷が走っている。
「マスター、あれはストーンベアです! Dランク魔物ですよ!」
「Dランク……強いの?」
「初心者が勝てる相手じゃありません!」
だよな。でも見捨てるわけにもいかない。俺は収納スキルから昨日拾った剣を取り出し、叫んだ。
「おい、こっちだ!」
ストーンベアが振り向く。ゆっくりと、だが確実にこちらへ向かってくる。少女が驚いた表情でこちらを見た。
「貴方、危険です! 逃げてください!」
「逃げたら君が危ないだろ!」
格好つけたことを言ってしまった。が、実際のところ、俺には切り札がある。最悪、死んでもCtrl+Zで巻き戻せばいい。どうせセーブされてるはずだし……多分。
ストーンベアが咆哮を上げ、突進してきた。デカい。速い。避けられない。
――直撃。
視界が暗転する。即死だった。
次の瞬間、俺は茂みの前に立っていた。巻き戻った。やっぱりセーブされてたか。さっきの悲鳴が聞こえる直前だ。ということは、悲鳴を聞いた瞬間にセーブされたってことか。都合がいい。
「よし、今度は慎重に……」
再び茂みを抜ける。少女とストーンベアの構図は同じ。今度は正面から突っ込まずに、背後から奇襲をかけよう。岩の体だから刃は通らないかもしれないが、注意を引くだけでも――
「きゃああっ!」
少女の悲鳴が、さっきより大きい。見ると、ストーンベアの爪が彼女の胸当てを引き裂いていた。金属製の鎧が真っ二つになり、中の布地が覗く。
――その瞬間、世界が一瞬静止した。
嫌な予感がする。まさか、今、セーブされた?
「マスター、自動セーブが完了しました♪」
ルナの声が、やけに明るく響いた。
「え、ちょっと待て。今のタイミングで!?」
「強い感情の動きを検知しました。セーブポイントが更新されましたよ」
「誰の感情だよ!」
「さあ? マスターじゃないですか?」
違う、絶対違う。俺が動揺したのは確かだが、それは「またセーブされたら困る」っていう予感であって、別に少女の胸当てが破れたことに興奮したわけじゃ――
「貴方! 何をぼうっとしているのですか!」
少女の怒声で我に返る。ストーンベアが再び突進してくる。咄嗟に横に転がって回避。だが体勢が悪い。追撃が来る。
――また死んだ。
気がつくと、俺は茂みを抜けた直後に戻っていた。少女の胸当てが破れる寸前。ストーンベアの爪が振り下ろされる瞬間。
「マジか……」
つまり、これから何度やり直しても、この「胸当てが破れる瞬間」からスタートするってことか。最悪だ。完全に変態じゃないか。
「きゃああっ!」
また破れた。布地が風に舞う。少女が赤面しながら腕で胸を隠す。
「貴方、まさかわざと!?」
「違う! 誤解だ!」
弁解する暇もなく、ストーンベアの爪が俺を捉える。三度目の死。
巻き戻る。また同じ場面。
「これ、詰んでない?」
「頑張ってください、マスター♪」
ルナの励ましが無責任すぎる。
仕方ない。冷静に状況を整理しよう。セーブポイントは「少女の胸当てが破れる直前」。ここから彼女を助けつつ、ストーンベアを倒さなければならない。
何度か試行錯誤した結果、わかったことがある。ストーンベアは動きが遅い。だが一撃が重すぎて、まともに受けたら即死する。少女は剣術の腕はあるが、鎧が破損した状態では防御力が低い。
つまり、俺が囮になって少女に攻撃のチャンスを作るしかない。
「おい、君! 俺が引きつけるから、隙を突いて攻撃してくれ!」
七回目のやり直しで、俺はそう叫んだ。少女が驚いた顔をする。
「で、ですが……」
「いいから! 君の方が剣の腕は上だろ!」
実際、何度も彼女の動きを見てきた。基本に忠実で、無駄がない。騎士の訓練を受けてるっぽい。それに比べて俺の剣術は我流もいいところだ。
ストーンベアが突進してくる。今度は真正面から受け止める――のではなく、ギリギリまで引きつけて横に転がる。巨体が俺の横を通過する。その瞬間、少女が動いた。
「せいやあっ!」
剣がストーンベアの目を貫く。岩の体でも、目は弱点らしい。魔物が苦悶の声を上げる。
「今だ! もう一撃!」
俺も剣を構え、反対側の目を狙う。刃先が岩の隙間に滑り込み――手応えがあった。
ストーンベアが崩れ落ちる。巨体が地面を揺らし、やがて動かなくなった。
「や、やった……?」
「ええ、倒しました」
少女が安堵の息を吐く。それから、はっとした表情で俺を見た。
「あ、あの……助けていただき、ありがとうございます」
そう言いながら、彼女は破れた胸当ての部分を手で隠している。顔が真っ赤だ。
「いや、こっちこそ。君がいなかったら勝てなかった」
「ですが、貴方……その、何度も……」
「あー、それは誤解だ。本当に。自動セーブのタイミングがおかしくて、あの場面から何度もやり直す羽目になっただけで」
「自動セーブ?」
しまった。異世界の人間に現代用語が通じるわけがない。
「えっと、つまり、俺には時間を巻き戻すスキルがあってだな……」
簡単に説明する。何度も同じ場面を繰り返したこと。セーブのタイミングが自動で制御できないこと。決して覗き目的ではなかったこと。
少女は半信半疑の表情で聞いていたが、やがて小さく頷いた。
「……わかりました。貴方の言葉を信じます。それに、実際に助けていただいたのは事実ですし」
「そ、そうか。ありがとう」
「ただし」
少女が剣を構え直す。鋭い眼光が俺を射抜いた。
「今後、このことを誰かに話したら、その首、刎ねます」
「了解です」
即答した。冗談じゃない。ここで変に抵抗したら、本当に斬られそうだ。
少女は剣を鞘に収めると、懐から予備の上着を取り出して羽織った。それから改めて俺に向き直る。
「改めて、自己紹介をさせてください。私はエリシア・フォン・アルトハイム。王国騎士団の見習い騎士です」
「あ、俺は佐藤健太郎。しがない転生者です」
「転生者……やはり」
エリシアが興味深そうに俺を見る。
「転生者の方とお会いするのは初めてです。噂には聞いていましたが、本当に異世界から来られたのですね」
「まあ、そうなんだけど……転生者って珍しいの?」
「珍しいというか、滅多に表に出てこないんです。多くの転生者は強力なスキルを持っているため、各国が秘匿しているとか」
なるほど。つまり俺も目立たない方がいいってことか。Ctrl+Zのスキルも、あまり公言しない方が良さそうだ。
「それで、エリシアさんはこんな森で何を?」
「訓練です。騎士団の課題で、単独でDランク魔物を討伐しなければならなくて……ですが、油断しました。完全に不意を突かれて」
悔しそうに拳を握る。真面目な性格なんだろうな、この子。
「まあ、結果的に倒せたんだからいいんじゃない?」
「いえ、貴方に助けられた時点で失格です。私一人の力で倒さなければ意味がありません」
「厳しいなあ……」
俺なんて、何度死んでも平気な顔してるのに。この温度差、なんか新鮮だ。
「ところで、佐藤さんはこれからどちらへ?」
「王都エルグランツに行こうかと。冒険者ギルドに登録しようと思って」
「まあ、奇遇ですね。私もこれから王都へ戻るところです」
エリシアがにっこりと笑う。さっきまでの厳しい表情とは打って変わって、柔らかい笑顔だ。
「よろしければ、ご一緒しませんか? 道中、何かとお役に立てるかもしれません」
「ああ、こっちこそ助かる」
こうして、俺は美少女騎士と同行することになった。悪くない展開だ。変態扱いされかけたけど、結果オーライ。
――と、その時。
「あの、佐藤さん」
「ん?」
「一つだけ、確認させてください」
エリシアが真剣な顔で俺を見る。
「貴方は、本当に変態ではありませんよね?」
「違います」
「では、なぜあの場面で何度も時間を巻き戻したのですか?」
「だから、自動セーブのタイミングが――」
「つまり、貴方の意思とは無関係に、あの場面が繰り返されたと」
「そうです」
「……わかりました」
エリシアが小さく頷く。それから、ぼそりと呟いた。
「変態ではないが、運の悪い人なのですね」
「否定できない」
まったくもってその通りだった。
王都エルグランツまでの道のりは、思いのほか平穏だった。エリシアが道に詳しく、魔物の出そうなポイントも把握していたため、戦闘を回避しながら進むことができた。
道中、彼女からこの世界のことを色々と教わる。王国の成り立ち、騎士団の役割、冒険者ギルドの仕組み。エリシアは説明が丁寧で、まるで教科書を読んでいるようだった。几帳面な性格なんだろう。
「あ、見えてきました」
エリシアが指差す先に、巨大な城壁が見えた。その向こうには、石造りの建物が立ち並ぶ街並みが広がっている。
「あれが王都エルグランツです。人口約十万人、この大陸で最も栄えた都市の一つです」
「でかいな……」
会社員時代、東京で働いていた俺でも圧倒される規模だ。中世ヨーロッパ風の街並みが、どこまでも続いている。
城門をくぐると、喧騒が押し寄せてきた。行商人の声、馬車の音、人々の笑い声。活気に満ちている。エクセルと無言の戦いを繰り広げていた日々とは大違いだ。
「冒険者ギルドはこちらです」
エリシアに案内され、中央広場近くの大きな建物に入る。看板には剣と盾のマークが描かれていた。
中は予想以上に広い。受付カウンターがいくつも並び、壁一面に依頼書が貼られている。冒険者らしき人々が酒を飲んだり、情報交換をしたりしている。
「初めての方は、まずあちらの受付で登録を」
エリシアが示した窓口に向かう。受付嬢が愛想よく笑いかけてきた。
「いらっしゃいませ。冒険者登録ですか?」
「はい、お願いします」
簡単な手続きを済ませ、冒険者カードを受け取る。名前と初期ランク(最下位のG)が記されている。これで俺も正式な冒険者だ。
「よし、これで――」
と、その時。
「おい、そこの兄ちゃん」
背後から声がかかった。振り向くと、赤い髪を逆立てた青年が立っていた。筋骨隆々とした体格に、背中には大剣。いかにも冒険者らしい風貌だ。
「お前、転生者だろ?」
その一言に、周囲の空気が変わった。ざわざわと、周りの冒険者たちが注目する。
エリシアが俺の前に立ち、剣に手をかける。
「貴方、何者ですか」
「おっと、敵意はないぜ」
青年が両手を上げる。それから、にやりと笑った。
「俺の名前はゼノ・クラウゼ。お前と同じ――転生者さ」
転生者。この言葉が持つ意味を、俺はまだ理解していなかった。だが、ゼノの目には何か……挑戦的な光が宿っていた。
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