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憑き従われたその先に

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姿が見えなくても、彼は涙が出る程嬉しかった。自分が無意識に起こしてしまった行動を恐れたし不安だった。それを解消してくれるのは彼女の声しかなかったのだ。

「大変な目にあったみたいね」
「あ、ああ。あと少しの所で命をとられるところだったみたいだ」

改めて、自分でいって身震いがする。本当に危ないところだった。が、

「ごめんなさい」

彼女はそれに対して何故か謝罪の言葉を口にする。」

「君は関係ないじゃないか。なんで謝るんだい」

それは思いもよらない言葉。彼女に謝られる覚えなんか微塵もなく、寧ろ感謝しかないのに。

「実はね今いる部屋。あそこは私のテリトリーなの。だから、他の霊は寄り付くことができないのよ」

今の部屋とは彼が移り住んだ家に他ならないということは、

「そうだったのか。じゃあ、君が守ってくれてたんだね」

そういうことになる、ならば尚更だと彼は思う。

「うん。でも、外では私の力は及ばない。だから助けてあげることができなくて……」

寧ろ礼を言わなければならないのは彼の方ということになる。

「寧ろありがとうだよ。気にしないでくれ。僕は家で君といられるだけで楽しかった。会社を辞めてからいい事なんて何一つなかったけど、君といられた時だけが唯一の楽しみだった」

「そういってくれて嬉しいわ。ありがとう」
「うん、できれば触れ合いたいし、離れたくない」
「そう、そう想ってくれるのね」
「うん。ずっと一緒にいたいよ。でも、君と僕とは住む世界が違う。それは出来ないんだよね」

そういう彼の言葉は打ち沈んでいる。このところその事をずっと考え、堂々巡りを繰り返していた。彼女に気持ちをぶつけたかったが、言っても困らせるだけだと想い胸に秘めていたのだ。が、

「ねえ……。もし、私と触れ合える方法があると言ったらどうする?」

彼女の言葉のトーンが変わる。

「え。そ、そんな方法があるのかい? だ、だって君は既に……」
「そうよ。私は既に死んでいる。死んだ者が生き返る方法はないわ。でも、逆なら簡単でしょ」
「ぎゃ、逆って……」

死んだ者が生き返る方法、その逆と言えば。生きる者が……。

「あなたを首吊りに追い込んだモノ。それも相当な悪霊よ。生きてる人間には適わないわ。部屋に入れないくらいはできるけど、死んでいる私ですら一人では戦うことも難しい。でも、あなたがこちら側にきて一緒に戦ってくれれば勝てるかも知れない」

「悪霊と闘う……」

言われてみてその発想はなかったと想う。だって人が霊と喧嘩することができるはずないっじゃないか。でも、自分が霊になれば。

「そう。今回は助かったかもしれないけど、きっとあれはしつこいわよ。その間ずっとあれを恐れたまま怯え暮らすつもり? それよりもこちらに来てあいつと闘うの。そしたらいつまでも一緒にいられるわよ。一度死ねばもう死なないもの。永遠の命を持つのと同じ」

「そうすれば、君とも触れ合えるのか。しかもずっと一緒にいられる」

思考が止まり、彼の頭の中をその悪魔のような囁きが支配した。

「そう。だから、決断してくれない?」

そして沈黙が襲う。
誰もいない夜の病院の屋上。

そうだ、これからの生活だってどうなるかわからない。入院費だって相当かかるだろう。
そして退院してからどうする?生きることに希望が見いだせないじゃないか。
ならいっそ……

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