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憑き従われたその先に

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軽口を叩いていたメアリーの言葉が止まった。目線は病院の方に向けられている。

「とりあえず、一旦上に上がった方がいいね」

その口調には先ほどとは違い緊張感が漲っている。

「ど、どうしたんだよ?」急上昇を始めたメアリーの足にしがみつきながら修二は言った。

その彼に対してメアリーは無言で顎をしゃくりそちらを示した。

修二もその様子に尋常じゃないものを感じ、目を向ける。そして「な、なんだ。ありゃ……」と呻き声を上げた。

灯りもまばらに連なる病院の窓の手前。
田村を吊り上げる予定だったものだろうか、屋上フェンスからとても長い縄が垂れ下がっていた。しかもその先には田村が放り投げた筈の輪っかがしっかりと付いていた。

そして、更に縄は大きく大きく振り子のように揺れて、音を当たりに響かせていく。

ギー、ギー、ギー、ギー、ギー、ギー、ギー……

更に、薄暗がりの中、よくよく見てみると縄の中に沢山の首が連なっているのだ。

しかもそれらは各々に言葉を発していた。

「くるしい……」「なんでこんなことに……」「ひもじいよ、つらいよ」「助けて~、誰か、助けて」「ああ、これでやっと楽になれると想ったのに」「すまん、本当にすまん」「仕方がないですね」「お父ちゃん、お母ちゃん、痛いよ。苦しいよ」「あいつら絶対に許さないからな!」「一体、なんでこんな事に」「死にたくなかったな」「まだまだ生きたかったのに」「嫌だ、ああ嫌だ」

それは、首を吊ってきた者たちの怨嗟や悔悟の念。
部屋でのお祓いをした際に立ち現れた瘴気の正体。

そして、中でも一際大きく甲高い女性の声が聞こえる。それは、耳で聞こえるというより頭の中に響き渡るという感じだった。

「口惜しや、口惜しや、口惜しや、口惜しや、口惜しや、口惜しや、口惜しや、口惜しや、口惜しや、口惜しや、口惜しや、口惜しや、口惜しや、口惜しや、口惜しや、口惜しや、口惜しや、口惜しや、口惜しや、口惜しや、口惜しや、口惜しや、口惜しや、口惜しや」

声の主は縄の一番上にぶら下がっていた。茶色の着物を着た女性だ、他の連中のように首だけでなく全身その姿を現している。その首は締ったまま、見開かれた目は下を向いていた。口はまるで耳まで裂けたように大きく開いていた。

「あれが本体。縊れ憑きの大元だ。やばいな、このままだと病院全体に縊れ憑きの影響が出てしまうかもしれない」

その方向に目を向けながらあゆみは言った。恰好はもうお馴染みの巫女装束である。
隣には彼の幼馴染雪女のハーフひみかとあきなもいた。

「ど、どうすんだ? 何とか出来るのか」

修二が不安そうに尋ねると、

「……わからない。でも、やるだけやるって決めたんだ」
言ってあゆみは懐から豪霊杖を取り出すと隣の幼馴染に向かって声をかける。

「ねえ、ひみか、サポートしてもらっていい」

「勿論、きまってるだろ。どうすればいいんだい?」

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