吼える月Ⅰ~玄武の章~

奏多

文字の大きさ
44 / 53
第5章 脆弱

 謎のふたり組

しおりを挟む


 街長は、街の民を総動員させてユマを探索していた。そこにサクとハンも加わり、各々明かりを手にしてユマを探す。
 自分が逃げ込む場所にいるかもしれないと、サクはいつもの隠れ場所を探したが、そこにもユマの姿はなく。

 漆黒の夜、紅月に照らされた中を走り回るサクは、思案顔のハンと合流する。

「どうした、親父」
「ああ、この探索隊にタイラがいない。あいつなら血相変えて、得意の大声でユマを探してもいいはずなんだが」
「それが?」

 タイラがいないことが、なぜハンの憂いごとになるのかわからない。

「そこでタイラの父、饅頭屋のサカキに尋ねてみたら、タイラは時間を気にして出て行ったらしいんだ。女物の布を持って。それは丁度ユマと姫さんが飛び出して、ひと息ついた頃だ」
「布? なんだそれ」
「あのタイラがユマ以外の女と逢引きしているとは考え難い。だとすれば、ユマと会ったかも知れん」
「布を手土産にユマの気を惹こうと?」

 サクは考えてみる。
 ユマは贈り物で男に靡く女ではない。だからこそ、簡単に諦めないユマの引き離しにサクは苦心し、そしてタイラもまた苦心しているはずなのだ。
 それでもふたり、黒崙にはいない。

「もしかして、傷心のユマがタイラに抱かれている……とか?」
「それならまだいい。自宅から出てきた街長がさっき言っていたが、街長の部屋にある、街長だけが持つ黒崙の紋章の飾りがなくなっていたそうだ」
「……」
「なにか嫌な予感がするんだ。タイラはユマに盲目な面がある。もしもユマが……お前に振り向いて貰えない腹いせに、タイラを伴い、街長の権威たる紋章を持って、街の外に出たとしたら……」

 その時だった。
 一頭の馬の蹄の音が、街内に響いてきたのは。

「サク、物陰に隠れろ」

 ハンの指示で、花壇の影にサクは隠れた。
 漆黒の夜空の元、赤い月が照らしだしたのは、大きな荷物を馬の尻に括り付けた、馬上の若い青年の姿だった。
 きりりとした面差しは、まるで氷の彫刻のように精細に整い、長い黒髪を高い位置からひとつに結んでいる様は、実に気品があって凜々しい。

 その青年が前に抱くのは、五歳ほどの幼女。黒髪は肩で切りそろえられ、赤く小さい唇が愛らしい。大きな目をくりくり動かしてハンを見ていた。

 幼女の服装は、黒陵でも流通している赤い貫頭衣であるのに対し、青年が身につけているのは、兵士のような武具ではなく、上質な絹布を体に巻いただけの軽装。
 狩猟を主とする山深いこの国においては珍しい異国の服装だった。

 その奇異な服装は、武闘大会の観覧席に座していた、倭陵中央に住む皇主やその側近達が似たような服装だったことをサクは思い出す。

 このふたりがどんな関係かは知らないが、兵士ではなく、皇主に仕官している可能性が高い者が黒崙に出現したことに、サクもハンも体を強張らせて、警戒する。

「汝、黒崙に住まう玄武の武神将か」

 青年は、声高に言った。

「いかにも」

 威厳に満ちた様子で、ハンもまた恐れもせず馬上の青年を見た。

「我らが一番に嫌うのは、仲間を売る者。この者、我らに黒陵国の姫と護衛がいることを密告し、褒美を求める不届き者ゆえに、その処遇、この男の住まう街の民に任せる」

 男が懐より地に放ったのは、消えたはずの黒崙の紋章。そして、男は馬の尻に括り付けていた縄を懐刀で切り、その大きな荷物をハンに放った。荷物は地面を転がり、巻き付けられていた布が拡がる。

 中から出て来たのは――、
「――っ!?」
 タイラだった。

 強面で、屈強な体格であった彼は、口から泡を出し、なにやらへらへらと笑い、気狂いのよう。

「ユマ……ユマ……なぁ、これで俺の嫁に……ぐふふふ……お前の言う通り……なぁ、ユマ……これで俺を……」

 ユマの名前を呼び、芋虫のように這いつくばって動き出したタイラを、ハンも男も幼女も、ただ冷ややかに見つめた。

 一体、タイラになにが起きたのか……。
 ここまでに追いつめたのは、この男だという確証はない。

 さらには――。

――我らが一番に嫌うのは、仲間を売る者。この者、我らに黒陵国の姫と護衛がいることを密告し、褒美を求める不届き者ゆえに、その処遇、この男の住まう街の民に任せる。

 自業自得と言っていいのか、サクは本気で悩んだ。
 タイラは、自分を売ろうとしていたのだ。
 恐らくは、ユマを手に入れようと強行的に。

「――わざわざお届け、恐れ入る」

 ハンは、恭しく男に頭を下げていた。

「では、我らはこれで。姫は汝の妻が、見つけ出すだろう」
「貴方は……」
「汝なら、もうおわかりのはず。だが他言無用にて。我らは元来、外に出てはいけない人種。このお嬢様のお忍びの命に従っただけのこと」

 〝この〟が強調された先――。

「……ええと、お嬢様……?」

 ハンの視線を向けられた幼女は、
「きゃはははははは。そうなの~、お嬢様なの~」
 実に無邪気な笑いを響かせた。

「お嬢様、参りましょう」
「うん、参る参る。あ、それから……」

 そして幼女は、しっかりと、隠れているサクを見つめて言った。

「また会おうね~、今度は遊んでね、サクちゃん?」

 サクはびくりと身体を震わせたが、幼子を乗せた馬は街から出て行った。

 謎のふたりが見えなくなって少し経った後、サクがハンに話しかけようとした時、サラの声が聞こえた。

「ハン――っ!! サク――っ!!」

 開かれている正門から、サラが背負っていたのは少女。

「草むらに横たわって眠っていたの。ようやく……見つけたっ!!」

 それは、ぐったりとしたユウナだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...