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第5章 脆弱
謎のふたり組
しおりを挟む街長は、街の民を総動員させてユマを探索していた。そこにサクとハンも加わり、各々明かりを手にしてユマを探す。
自分が逃げ込む場所にいるかもしれないと、サクはいつもの隠れ場所を探したが、そこにもユマの姿はなく。
漆黒の夜、紅月に照らされた中を走り回るサクは、思案顔のハンと合流する。
「どうした、親父」
「ああ、この探索隊にタイラがいない。あいつなら血相変えて、得意の大声でユマを探してもいいはずなんだが」
「それが?」
タイラがいないことが、なぜハンの憂いごとになるのかわからない。
「そこでタイラの父、饅頭屋のサカキに尋ねてみたら、タイラは時間を気にして出て行ったらしいんだ。女物の布を持って。それは丁度ユマと姫さんが飛び出して、ひと息ついた頃だ」
「布? なんだそれ」
「あのタイラがユマ以外の女と逢引きしているとは考え難い。だとすれば、ユマと会ったかも知れん」
「布を手土産にユマの気を惹こうと?」
サクは考えてみる。
ユマは贈り物で男に靡く女ではない。だからこそ、簡単に諦めないユマの引き離しにサクは苦心し、そしてタイラもまた苦心しているはずなのだ。
それでもふたり、黒崙にはいない。
「もしかして、傷心のユマがタイラに抱かれている……とか?」
「それならまだいい。自宅から出てきた街長がさっき言っていたが、街長の部屋にある、街長だけが持つ黒崙の紋章の飾りがなくなっていたそうだ」
「……」
「なにか嫌な予感がするんだ。タイラはユマに盲目な面がある。もしもユマが……お前に振り向いて貰えない腹いせに、タイラを伴い、街長の権威たる紋章を持って、街の外に出たとしたら……」
その時だった。
一頭の馬の蹄の音が、街内に響いてきたのは。
「サク、物陰に隠れろ」
ハンの指示で、花壇の影にサクは隠れた。
漆黒の夜空の元、赤い月が照らしだしたのは、大きな荷物を馬の尻に括り付けた、馬上の若い青年の姿だった。
きりりとした面差しは、まるで氷の彫刻のように精細に整い、長い黒髪を高い位置からひとつに結んでいる様は、実に気品があって凜々しい。
その青年が前に抱くのは、五歳ほどの幼女。黒髪は肩で切りそろえられ、赤く小さい唇が愛らしい。大きな目をくりくり動かしてハンを見ていた。
幼女の服装は、黒陵でも流通している赤い貫頭衣であるのに対し、青年が身につけているのは、兵士のような武具ではなく、上質な絹布を体に巻いただけの軽装。
狩猟を主とする山深いこの国においては珍しい異国の服装だった。
その奇異な服装は、武闘大会の観覧席に座していた、倭陵中央に住む皇主やその側近達が似たような服装だったことをサクは思い出す。
このふたりがどんな関係かは知らないが、兵士ではなく、皇主に仕官している可能性が高い者が黒崙に出現したことに、サクもハンも体を強張らせて、警戒する。
「汝、黒崙に住まう玄武の武神将か」
青年は、声高に言った。
「いかにも」
威厳に満ちた様子で、ハンもまた恐れもせず馬上の青年を見た。
「我らが一番に嫌うのは、仲間を売る者。この者、我らに黒陵国の姫と護衛がいることを密告し、褒美を求める不届き者ゆえに、その処遇、この男の住まう街の民に任せる」
男が懐より地に放ったのは、消えたはずの黒崙の紋章。そして、男は馬の尻に括り付けていた縄を懐刀で切り、その大きな荷物をハンに放った。荷物は地面を転がり、巻き付けられていた布が拡がる。
中から出て来たのは――、
「――っ!?」
タイラだった。
強面で、屈強な体格であった彼は、口から泡を出し、なにやらへらへらと笑い、気狂いのよう。
「ユマ……ユマ……なぁ、これで俺の嫁に……ぐふふふ……お前の言う通り……なぁ、ユマ……これで俺を……」
ユマの名前を呼び、芋虫のように這いつくばって動き出したタイラを、ハンも男も幼女も、ただ冷ややかに見つめた。
一体、タイラになにが起きたのか……。
ここまでに追いつめたのは、この男だという確証はない。
さらには――。
――我らが一番に嫌うのは、仲間を売る者。この者、我らに黒陵国の姫と護衛がいることを密告し、褒美を求める不届き者ゆえに、その処遇、この男の住まう街の民に任せる。
自業自得と言っていいのか、サクは本気で悩んだ。
タイラは、自分を売ろうとしていたのだ。
恐らくは、ユマを手に入れようと強行的に。
「――わざわざお届け、恐れ入る」
ハンは、恭しく男に頭を下げていた。
「では、我らはこれで。姫は汝の妻が、見つけ出すだろう」
「貴方は……」
「汝なら、もうおわかりのはず。だが他言無用にて。我らは元来、外に出てはいけない人種。このお嬢様のお忍びの命に従っただけのこと」
〝この〟が強調された先――。
「……ええと、お嬢様……?」
ハンの視線を向けられた幼女は、
「きゃはははははは。そうなの~、お嬢様なの~」
実に無邪気な笑いを響かせた。
「お嬢様、参りましょう」
「うん、参る参る。あ、それから……」
そして幼女は、しっかりと、隠れているサクを見つめて言った。
「また会おうね~、今度は遊んでね、サクちゃん?」
サクはびくりと身体を震わせたが、幼子を乗せた馬は街から出て行った。
謎のふたりが見えなくなって少し経った後、サクがハンに話しかけようとした時、サラの声が聞こえた。
「ハン――っ!! サク――っ!!」
開かれている正門から、サラが背負っていたのは少女。
「草むらに横たわって眠っていたの。ようやく……見つけたっ!!」
それは、ぐったりとしたユウナだった。
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