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第5章 脆弱
ユウナを助ける方法
しおりを挟むリュカは、あの場でユウナを追いつめただけではなく、本気で呪ったというのか。
「あいつ……、しかも二度も」
消えぬ憎悪を、無垢なるユウナの心身に刻み、どこに逃げようとも逃れきれない、忌まわしい傷痕を施した。あの白い肌に、リュカの邪なる烙印を。
サクにとって、それだけが腹立たしいわけではない。
「武術だけではなく、どこまで用意周到なんだよ。禁忌の術なんて、どこでそんなことを……!」
すぐに行動おこせるほどの準備を進めていたということに、近くにいた自分がまるで気づいていなかったことに、憤りを覚えるのだ。
この一年、傷心の痛手から逃れようと、リュカに不用意に近づかなかったことが悔やまれてならなかった。
もっと自分がしっかりしていたら、もっと護衛役としての鍛錬で心身を磨き上げていたら、今の状況は、未然に防ぐことが出来たかもしれないのだ。
そして、リュカの暗躍によってリュカから遠い場所に立たせられていたハンから、リュカに気をつけていろと警告されていたのに、結局はハンの憂う事態を許す結果となったのだ。
すべては己の弱さが招いたことだと、サクはぎりぎりと奥歯を噛みしめた。
「サクの言う通り、確かにどこから禁忌の知識を、と疑問は残るな。禁忌書が玄武殿の書庫にあったとしたら、それはそれで問題だ。禁忌書は、皇主の命により焚書処分し現存させてはいけないものだ。それが黒陵の、さらに祠官の住まう場所にあったとならば、黒陵の祠官は皇主の命に背いていたことになる」
黒陵にあってはならぬ禁忌の書を、リュカは見つけたのだろうか。
それとも邪なる識者から、禁忌の知識を得たのだろうか。
「なあ親父。禁忌の術なんて、書を見た知識だけで簡単にできてしまうものなのか? リュカは術者ではない、ただの文官だった男だぞ? 簡単に姫様に呪いをかけて苦しませることができるものか? 呪いの力って、そこまで簡単に手に入って操れるものなのか!?」
「恐らくは、リュカが祠官の心臓を口にしたことが起因だろう。それが穢禍術の実行を可能にしたんだと俺は思う」
リュカは――、
「邪道な方法にて、強制的に手に入れた聖なる神獣の力は、穢された。つまり穢れた神獣の力は、呪詛という邪のものにより馴染み、相乗的に効果が出たんじゃねぇかな。……先例がないだけに、俺の推測の域を出ねぇが」
そこまで見越して、祠官の心臓を口にしたのだろうか。
「逆に穢禍術だからこそ、リュカでも出来たとも言う」
もしそうだとしたら、リュカにとってはすべてが計画的だったと言える。
「その呪いを解くにはどうすればいいんだよ。解呪方法は」
「元来、穢禍術とは、自らが負うべき一生分の災難を、依代《よりしろ》たる相手役に、呪詛として押しつける、身代わりの術。自分の穢れが大きいほどに、穢禍術をかけた相手はそれを背負うことになるために、より呪詛の負荷が多大になる理屈だ。人を不幸せにして自らが幸せになる術が巷《ちまた》に蔓延《はびこ》れば、必ずや国は乱れる。だからこそ、禁忌として隠さねばならぬ術とされた。解呪方法はひとつ。術をかけた本人が解呪し、渡した禍いをすべて引き取ること。それは即ち、術者の死を意味する」
「つまり……リュカが自分で術を解いて死ぬまで、姫様の呪詛は解けないということか? すべてはリュカ次第と?」
「そうだ。今、姫さんの生死は、リュカの手の中にある。そしてリュカもまた、その生死は姫さんとともにある。……まるで夫婦のようだな」
サクの顔が悔しげに歪められ、サクは拳を地面に打ち付けた。
「他人が解呪は出来ねぇが、呪詛という姫さんの発作を、その都度鎮めることはできる。あくまで、発作の都度ごとの、暫定的な処置になるが」
「その方法は!?」
食いついたサクは、睨み付けるようにハンを見た。
「姫さんの体内に流れるリュカの力と等しい力をぶつけて、呪詛の力を相殺させる。今それができるのは、リュカ同様の玄武の力を持つ俺か、これからそれを懐柔しようとするサク、お前だけだ」
「俺でもできるのか!?」
ハンは、冷徹な眼差しで興奮するサクをみる。
「だが今のお前は等しい力の量に制御する技量だけではなく、力の総量そのものが、既に玄武の力を使いこなしているリュカの力量に及ばない」
「――っ!!」
「制御の技量は力の慣れだから、俺はさほど心配はしていない。問題なのは扱える力の大きさだ。暫定的にでもリュカに匹敵する力を手に入れるためには、俺から移譲される玄武の力だけではなく、既住者の力も必要となる。しかも、双方協力してより強力な力となるように、〝融合〟に導かないといけねぇ」
サクは、目を細めた。
「姫さんのこの件がなければ、危惧すべきは、体内に入れた異種の力の暴走にお前の体が耐えられるか、だけだった。耐えられれば、あとは時間をかけて馴染ませ、主だと認めさせていけばいいだけだ。だが、姫さんの様子では、そこまでの時間がない。強制的にお前の意志のもとで、ふたつの異種の力を引き出して使うことが出来ねば、姫さんの呪詛は鎮まらねぇ。姫さんの呪詛を放置していれば、姫さんは苦しむだけではなく、その人間性が破壊され、身体の衰弱を待たずに、狂って死んでしまう恐れがある」
「……死ぬ!?」
「ああ。穢禍術で死ぬ者は、悲惨な最期を迎えると聞いたことがある。とにかく禁忌の術の効果は凄まじいらしい。姫さんにとっても体力勝負、そして精神力勝負となる。今までの元気な姫さんならまだいい。だが今の姫さんは、心身共に疲労しきっている」
サクはユウナを見つめた。苦しげな顔には、色味がなかった。
「姫さんの狂い方による消耗次第だが、眠ってもなお熱を出して体が弱っている今の状態からすれば、丸一日が限度だろう。長引けば姫さんは呪詛に負けて、確実に死に向かう。それを防ぐには、一日でお前は、体内の異形な存在をすべて制御させる必要がある。それがお前が姫さんを救う、前提条件だ」
「……っ」
「ただでさえ玄武を体内に入れるだけで危険なのに、姫さんの呪詛を鎮めようとするのなら、さらに危険度増した難易度高いことを、たった一日でやり遂げねばならない。だがそこまで、お前が危険を冒さなくてもいい方法があるとすれば、ただひとつ」
躊躇うようなハンの声に、サラが応じた。
「――サクではなく、ハンが姫様の呪詛を鎮めるということね?」
ハンは頷いてサクを見た。
「……サク。そして最大の命題はここからだ。この穢禍術というのはな、男女の〝和合〟が基本だ」
「和合?」
「そう、つまり……性交だ。リュカが姫さんに手を出していなくても、ゲイという奴が姫さんを抱いたから、リュカは間接的に穢禍術をかけられたのだろう。その鎮呪は、姫さんを抱きながらする必要がある」
「……は!?」
ハンは言いにくそうに、ひとつ咳払いをしてから続けた。
「つまり……俺か、力をつけたお前が姫さんを抱いて、姫さんの中の〝邪〟を鎮めねばならねぇ。だから、タイラを連れたあの男が女である限りは、玄武の力を制御出来る器だったとしても、鎮呪すらできねぇんだ。身体的に、姫さんを抱くことが出来ねぇんだからな」
「だ、抱くって……お触りぐらいか?」
「いいや、挿入が必須だ」
途端、サクはゲホンゲホンと咽せ込んだ。
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