吼える月Ⅰ~玄武の章~

奏多

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第5章 脆弱

 思惑と、揺るぎない信念

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「挿入……って、親父……簡単に言うけど、それってさ……」

 サクは顔を引き攣らせすぎて、うまく口が動かない。そんな息子を見ながら、ハンは難しい顔で話を続けた。

「……サク、これはしっかりとした術なんだ。穢禍術自体、性交によってもたらされるもの。性交によって生じる力はより強いものなんだ。禁忌ではないが、房中術と言われる術の類いがその性交時の力を術に転じたもの。リュカが姫さんを抱いて術をしていたら、姫さんはもっと酷い惨状だったろう」

 サクはいまだ固まっている。

「いいか、僅かな間で相殺を可能にするには、こちらも性交の力を利用するしかない。姫さんの……その、より体の中に続く膣内から術をかけ続け、姫さんの胎内で呪詛の大きさを推し量り、それと同等の力でもって相殺して……」
「小難しいことはいらねぇよ。俺、頭くらくらして理解できねぇ。姫様を抱く……挿入って……。冗談だろ…? 姫様は色街の女とは違うんだぞ。ましてや、恋人でもねぇのに姫様を抱くなんて。抱く……はは、ははは……」

 サクは泣きそうな顔で、空笑いを始めた。

「あの金色野郎となにが違うってんだよ!!」
「凌辱ではない、これは術だ!」
「姫様の意志を無視なら、同じだろうが!! むしろ、あの時の方が、俺を助けようとして姫様は合意をしていた。それよりタチ悪ぃじゃねぇかよ!!」
「だがそれしか、穢禍術をかけられた姫さんを救う方法がねぇんだ」
「姫様が、〝"男〟を怖がるじゃねぇかよ。〝男〟対象外の俺も……恐怖の対象に、されちまうじゃねぇか!!」
「サク。この鎮呪に〝男〟の情は、切り捨てないと駄目だ」

「……あ?」
 サクは力ない顔でハンを見る。

「ああもう、小難しい理由は抜きに、サクにわかるように端的に言うぞ。即ち――、恋愛感情抜きに事務的に姫さんを抱き、なおかつ精を放たず寸止めで耐えて、だが姫さんだけをナカでイカせないといけねぇ。それを術を施しながらやるのが絶対条件だ」

 ハンは一気に続けた。

「交わっている間は、こっちの身も呪詛にあてられている。そこに無防備になりやすい恋愛感情などに囚われ肉欲に走れば、あるいは精を放って無防備な姿をさらせば、逆に姫さんの呪詛に取り込まれる危険性が出てくる。男にとっては、命がけの術なんだ」

 しばらく、サクとサラは瞬きを繰り返し、無言だった。
 ハンが言った〝端的〟の理解に時間がかかっているらしい。
 そして同時に仲良くふたり、口を揃えた。

「なんだよ、それぇぇぇぇ!?」
「なんですって!?」

 ハンは、面倒そうにボリボリと髪を掻いた。

「……俺には力があり、姫さんが可愛いと思えども、恋愛感情はねぇ。いい大人だし、割り切って鎮呪には臨める。これは、一般的に言う肉欲の延長や愛の性交ではねぇんだよ。……サク、お前が決めろ。お前には荷が重すぎる条件ばかりだ。俺に任せるというのなら、まだ武神将の移譲をしねぇうちに、すぐにでも姫さんを抱く。黒陵の姫を、俺は見殺しには出来ねぇ」
「……っ!!」

 ユウナが好きだからこそ、サクは愛のない性交はしたくなかった。ましてやユウナは〝男〟によって傷つけられた身だ。自分だけがユウナを癒やせる、唯一例外の〝男〟でいたかった。

 だが、自分がしなければ、父親が愛しくてたまらない女を抱く――。

 そんなこと、絶対嫌だった。

 だがそれは、自分が弱いからこその有効すぎる選択肢なのだ。今の境遇からして、ユウナを一刻も早く苦しみから救えるのは、父の方がいいのかもしれない。
 むしろこの場は父に任せて、自分は別の危険に臨んで今後に備えた方がいいと、自分でも答えが返る。

 だが――。

「わかっている、わかっているんだ――」

 サクは譫言のように呟き、顔に片手を覆った。

「だけど、たとえ儀式だろうと、事務的だろうと……姫様を誰にも抱かせたくねぇよ、俺は。これは俺のただの私情だ。それはわかっているさ。……だけど、もう嫌なんだ。他の男に抱かれる姫様を見ているのは」

 前髪を掻き毟りながら、サクはまっすぐにハンを見た。
 それは息子と言うよりも、ハンと同じ"男"としての眼差しだった。

「俺が姫様を抱く」

 嫉妬にも似た、強い眼差し。

想いを禁じられようが、どんなに危険で苦しかろうが……。俺以外の男に、姫様を……ユウナを、触れさせたくねぇ。たとえ親父でも」
「サク……」
「それだけは、嫌だ。俺は姫様を抱くんじゃない。治療をするだけだ。そう思うことにする」
「気持ちはわかるけれど、あまりに無謀な試みよ」

 きっぱりと言い切ったのは、サラだった。

「サクが成功する可能性はあるでしょう。だけどそれは、きちんとした舞台が整ってゆっくりとした中でしたらの話。
神獣を正規の方法で体に入れること自体、それが馴染むまでにどんなに死に物狂いの苦しみに耐えることになるのか、サク……あんたはそこからしてまだわかっていない」
「お袋……」
「ハン、サク。なんとなく察したわ。サクが無事で生きてこれたのは、なにかと契約しているのね。その手首の邪痕をつけた相手に。そしてハンは武神将をサクに譲ることによって、神獣の力でサクを護ろうとしている。しかも正規の方法を取らずに。……聞いたことがあるわ、緊急時以外にはしてはいけないという、例外的な移譲方法を」
「そうだ。サクはあと五日の命しかねぇんだ。三日の試練をちんたらやっている暇はねぇ」
「五日……!?」

 卒倒しそうになったサラをハンが慌てて支えた。

「そう……。だったらなおさらのこと。正規ではない方法であればあるほど、誇り高い神獣はサクの体で暴れるじゃない。それだけでも私やハンが武神将となったあの試練より苛酷なのに、その上にサクの中の得体の知れないものを抑えて、さらには両者を一日で制御する……」

 サラは涙目で言った。

「どこをどう思っても、危険すぎることなのに、それで想いを封じられて姫様を抱けなんて、サクが可哀想すぎる。なんでサクばかり、そんな目にあわないといけないの? ハン……私は、貴方の妻であると同時に、サクの母親なの……」

 ハンは、辛そうに俯くサラの頭をくしゃくしゃと撫でる。その手をサラは握りしめ、そして凜然と顔を上げて言う。

「ハンがしてちょうだい。サクには、取り急ぎここを脱出できるだけの力をつける時間をあげて。限られた時間を、ゆっくりと頑張れる時間を」

 だがその声音は震えていた。

「ハンなら……、貴方の体に負担をかけずに姫様を鎮められる。鎮められれば、サクは姫様と逃げ延びられる……」

 だが鎮めるということは――。

「私は大丈夫。これは仕方が無いってわかる……もの……。私、姫様を……助けたい……もの。これは女を抱くというものではない。サクの言う通り、ただの……治療。だから……」

 女としての感情を捨てようと、サラは泣きそうな顔で笑い、そして最後には声を震わせ、俯いてしまった。
 ハンは切なそうに顔を歪め、サラを胸に抱くと、その頭に唇を落とした。

「ああ、浮気じゃねぇ。俺が愛しているのは、お前だけだからな」

 それを見たサクが、意を決して口を開こうとした時だった――。

「ユマ――っ!!」

 街の入り口近くで、街長の叫び声が聞こえたのは。

「生きて……生きていただけで私は――っ」

 そこに居たのは、号泣している街長。彼が抱きしめているのは――。

「ユマ!?」

 それはユマではあった。
 だが服は破られており、ところどころ肌は露出し、赤い月明かりを浴びたユマは、淫靡に乱れた有様だった。

 一目で何があったのかわかるその具合。

 ユマとサクの視線が合った。

「サク、サク――っ!!」

 ユマがサクを見つけて、手を伸ばしながらその場に泣き崩れた。

「ユマ!!」

 そのユマの元に、悲痛な表情でサクは駆け付けた。

「私、私、私――っ、近衛兵に……姫様と間違われてっ!! 姫様じゃないって言っているのに、姫様は色狂いして男を誘いまくるから、だからなにをしてもいいんだって、沢山の兵士達に……無理矢理っ!!」

 ユマの涙ながらの訴えに、思わずサクの足が止った。

 今、ユマはなんと言った?

――姫様は色狂いして男を誘いまくるから、だからなにをしてもいいんだって、沢山の兵士達に……無理矢理っ!!

 〝色狂い〟

 確かに、あの男装した謎の女は言っていた。

――目覚めれば呪詛により……姫はまた狂う。

 〝また狂う〟、と。

 その狂いとは、色狂いだというのか。
 自分から離れていた間に、別の男達に抱かれていたというのか。

 想像しただけでずきずきと胸が痛み、その男達を殺してやりたい気分になる。それをなんとか押さえ込むように、サクは深呼吸をした。

 あの謎の女の言葉を信じるのなら、ユウナが狂っていたのは事実。

 そして彼女が庇護し、街の外に居たサラが実際ユウナを見つけてきたのだから、ユウナが街の外に出ていたのは事実。

「――っ」

 サクは、ユマのガクガクとした両足の付け根から、白濁と真紅が混ざり合った汚濁液が、太腿を伝って伝い落ちている様を見た。

 無残にも、凶悪な赤い月の雫の如く、ユマの純潔は穢れたのだ――。
 
 ユマが、他の男に抱かれたのは事実だ。あの無残な様子から、輪姦もまた、事実なのかもしれない。

 そして――。
「サク――っ、貴方の姫様は貴方の知る姫様ではないわ!! 騙されないで、私見たの、聞いたの――っ!!」
 ユマの涙ながらの訴えは。

「あのひと、私のフリをしてタイラに抱かれていたのっ!! そしてふたりで街を出ようとしていたのよ、サクを置いて――っ!! 貴方の〝監視〟が嫌だからと」

 ぴくりと頬肉を引き攣らせたサク。
 ユマは泣きじゃくりながら叫ぶ。

「姫様に献身的な護衛のサクを置いて、別の男と共にこの街を出ようとしていたの!! そんな姫様に、貴方は今後も命をかけて守る価値があるの!?」

 確かに、どんな理由であれ、護衛役は解雇された。

「きっと今頃、タイラは姫様に唆され、私だと思い込んで……父さんの大事な紋章を盗んで金にして、逃避行をしているはずよ!?」

 タイラが紋章を持ち、ユマのことばかり呟いていたのも事実。

「このままなら私は、姫様の代わりにされてしまう!! 色に狂った姫様を求めて、私……っ、兵士達にまた襲われてしまう!! ああああああ!!」

 ユマは悲痛な声で絶叫する。

「サク――っ!!」

 震えて消えてしまうそうなユマの体。
 ユウナと同じ顔の、華奢な体。

 もしも、自分が突き放さなければ、温かい家の中にて庇護されていたのに――。

 そんな後悔とユマに対する遣り切れない陳情が浮かぶが、素直にユマのもとに駆け付けられない。抱きしめる資格すら無い気がする。

 ここまで追いつめてしまったのは、自分だ。

「怖い……私怖いの!! サク、私怖い、サク、サク――っ!!」

 護って欲しいと。
 サクに傍にいて欲しいと。
 力一杯抱きしめて欲しいと。

「サクっ!! 娘についていてくれっ!! お前はもう護衛でもない。ならば……っ、義理立てしなくてもいいんだ!! だったら、責任をとってくれ。こんなに……弱ってしまった可哀想な娘を。近くに居ながら、姫様の狂行を止められなかった、護衛としての責任、とってくれ!!」

 街長が叫ぶ。

「お前は私が護る。だから、だからお前は娘の傍に――っ!!」

 サクの本能が、警鐘を鳴らしていた。
 真実を看破しろと。
 
 サクは優しい声で訊いた。

「ユマ……お前、タイラと抱き合う姫様を見たと言っていたが、お前が家から飛び出した後、直接姫様となにか話しをしたのか? 」
「いいえ……っ、街の隅にいた時に声がして……。それがふたりの声で……。私、言葉も出て来なくて、ただ遠くから見ているだけしか出来なかった……っ」
「なんで……その後、街の外に出た」
「サクのために!! あまりに理不尽じゃないの、サクがあんなに尽くしているのに……、それなのに姫様はサクを捨てようとするなんて!! だから私、姫様にそれを訴えようと追いかけたの。それで……」
「追いかけて……、会えたのか? 姫様やタイラに」
「いいえ、見失ってしまったの。だけどもしかすると、姫様は兵士達が見つけてしまったのかもしれない。兵士達はあまりに姫様に執着していたから。私、命からがらで逃げ出したのよ!?」

 色に狂った黒陵の姫。
 その犠牲となった、同じ顔の哀れな娘――。

 諦観したように目を伏せた後、毅然と顔をあげてサクは歩き出す。

「ユマ」

 そして、痛々しい姿を見せるユマを両手で抱きしめ、言った。

「俺のために……ごめんな、ユマ。俺……、責任をとる……。お前が笑顔に戻れるよう、責任もって俺が護る。俺、そんな可哀想なお前を残して、もうどこにも行かねぇから。お前の傍で、ずっと護ってやるから」
「サク……っ」

 ユマは安心したような顔で、サクに泣き顔を微笑みに変えて見せた。
 離さないというように背中に手を回し、勝利の美酒に酔い痴れたような高慢めいたユマの表情に気づく者は、誰もいない。

「……と、本来ならそういうのが筋だろう。この状況であるのなら、真実がどうであれ」

 不穏に続けたサクの言葉に、ユマの眉間に皺が寄る。

「だけど俺、お前が実際体を犠牲にしたのは心が痛いとは思えども、これ以上、お前の狂言に付き合っている暇はねぇんだ。たとえ本当に、姫様が色に狂って他の男に抱かれようと、俺を嫌って遠ざけていようと。俺は姫様から離れることはねぇ。離されれば俺が追いかけるのみ。お前がなにをしても、俺の心はお前には動かねぇんだよ、ユマ」
「サク!?」

 ユマと街長の声が同時に飛ぶ。

「俺が護りたいのは、姫様だけなんだ。たとえ、弱ったお前を突き放すことになっても、お前を悲しませて恨まれようとも……」

 サクは、とん……とユマの体を離した。

「俺がその肌に触れ、抱きたいと思う女は……、姫様ただひとり」

「サク、ねぇ、サク!! 私――っ、姫様の身代わりでもいいのっ!!」
「俺がそう割り切れねぇんだ。お前はユマなんだ。俺の可愛い妹は、この世でひとり。それは姫様ではねぇ」
「サク――っ!!」
「ユマ。俺が姫様を護りたい理由は、凌辱されたことの同情ではねぇんだ。姫様が姫様だからこそ、だから俺は自ら進んで姫様の傍にいる。強制じゃねぇ、俺の懇願だ。お前が姫様と同じく〝凌辱された哀れな〟立場になろうと、お前が姫様の地位に取って替わることはない。……それは、生涯変わらず」
「サクっ!!!」
「……ユマ。残念だが、出て行ったはずの姫様もタイラもそこにいる」

 ユマがびくりと肩を震わせた。

「タイラに街の紋章を持ち出させて、駆け落ちを唆して街の外に出させたんだろう? 最初から辻褄合わせの捨て駒にする気で。そしてタイラを待たせて、お前が密やかに輪姦されている間に、タイラに姫様を俺から離すようななにかを命じてでもいたか。可能性的には、街のもっと東奥にあると言われる、人身売買を生業にしている輩達への仕事の斡旋だ」
「な……っ」
「だがタイラはお前と別れた後、そこではなく、たまたま見かけたのだろう貴族への密告に切り替えた。俺と紋章を売った金を、お前とのこれからの生活費の足しにしようとふっかけたんだろう。そして今そのツケとして、ああして〝壊され〟て、ここに強制送還される羽目になった」
「な、なにを……っ!! こ、壊され……!?」

 動揺したように裏返るユマの声。

「それにな、ユマ。タイラに抱かれていた姫様が、お前のフリしていたというのに、なんでタイラに語るんだ?」

――貴方の〝監視〟が嫌だからと。

「お前は……、俺に監視されている感があるのか?」
「そ、それは……」
「ユマ、どういうことだ?」
「と、父さん……これはっ」
「ユマ。清きお前の体を俺のために犠牲にさせて、本当にすまなかった。心優しく聡いお前がこんなことを決意させるまでに、ここまで追いつめさせてしまって、本当に本当に悪かった」

 サクはユマの前で頭を下げた。

「……サク、信じて? 私の狂言では――っ」
「俺は男だから理解出来ないだけか? 女ならば身に起きた辛い出来事を、こうして大きな声で誰にも聞かせられることが出来るものなのか?」

――私、私、私――っ、近衛兵に……姫様と間違われてっ!! 姫様じゃないって言っているのに、姫様は色狂いして男を誘いまくるから、だからなにをしてもいいんだって、沢山の兵士達に……無理矢理っ!!

「ひ、姫様だって……っ」
「姫様は、俺を助けるために告白しただけだ。俺がいなければ、姫様は自分からそんなことは言わねぇ。それくらい、凌辱は凄惨すぎるものだった。ひとには違いがあるだろうから、一概にすべてはこういうものだとは言えねぇだろう。だが無理矢理なされたものを、堂々と告白して隠そうとする素振りがなかったのは、俺達への、ただの気安さだけが理由か?」
「……っ」

 サクは、言葉を失ったユマに背を向けて歩き出す。

「それからユマ。……その指輪、どこで手に入れた」
 
――ユマ。お前、タイラと抱き合う姫様を見たと言っていたが、お前が家から飛び出した後、直接姫様となにか話したか? 

 接点はなかったとするユマの言葉を信じれば、ユマに渡ることはあり得ない……ユウナの指輪。酒宴の時には、ユウナの指にあったのだ。

「こ、これは――っ!!」

 そして今、遠目で見えるユウナの指に、リュカの指輪はない。

「ユマ。お前に無理をさせずに本当に幸せに出来る男を見つけろ。……俺は、お前を幸せには出来ない」
「サク、ねぇ、サク。待って、待って――っ!!」

 サクはユマに背を向けたまま、こちらを見ているハンに言った。

「――早く儀式を」

 サクの顔には、揺るぎない決意が漲っていた。

「いいのか、色男。ユマのことは」
「……茶化すなよ、親父。こっちも必死だ。もう、俺にはなにも出来ねぇ。これ以上は、俺の自制心が自信ねぇんだ。故意的にとはいえ、輪姦された可愛い妹を、怒鳴り散らしたくはねぇんだ。これが、俺の精一杯だ」

 背中に、サクを求めるユマの声。それを聞いていながら、聞き流すサクは痛ましい顔つきだった。

「お前は馬鹿なのに、おかしなところは聡くすぐに真実を見抜く。それもまぁ……姫さんが貶《けな》されて攻撃されていると思えばこそなんだろうが」

 ハンが苦笑する。

「ただの馬鹿ではなさそうなところに、期待するよ、俺は」
「ああ、今の俺ではなく未来の俺に期待してくれ」

 サクは笑って返しながら、真面目な顔をサラに向けた。

「お袋。俺にやらせてくれ。俺は、強くなりたいんだ」
「……っ」
「親父にできて俺に出来ねぇってのが、嫌だ。無性に嫌だ。親父を超えるため、最低限、ここを乗り切りてぇんだよ。限界を突破したい」

 〝親父を超える〟

 その言葉がサクの口から出たことに、ハンは嬉しさに顔が緩むのを必死で堪えていた。

 同時に確信する。
 意志を持ったサクは、必ず自分を超えてくると。

「辛いわよ。死ぬかも知れないわよ」
「死なねぇ。絶対、死ぬもんか。それだけは誓う。必ずやり遂げる。大きな力を前になす術なく四肢を砕かれた、あんな屈辱な思いは二度とするものか。……限界を超えて、強くなりたい」

 母と子の強い視線が絡み合う。
 瞳を大きく揺らして目をそらしたのは、サラだった。

「必ず、生き抜きなさい」
「勿論」
「あんたの異変を感じたら、すぐハンにさせるからね」
「……させねぇよ。強がりなお袋を泣かせるものか。そこまで俺は、親不孝ではねぇから、安心してろよ」

 サクはにやりと笑いながら、ハンを見た。

「……俺が姫様を助ける。姫様を抱くのは俺だけだ。危険は承知。この武者震いするほどの危険を乗り越えて、俺は、親父を超える武神将になってやる。絶対」

 その眼差しには、一切の迷いはなかった。
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