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第3章 帰還
帰還した玄武の武神将 1.
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星見が告げた凶々しい予言のあくる日。
黒陵国の小さな街、黒崙に、街長による招集を命じる鐘の音が鳴り響く。
それまで、ろくに黒陵にて姿を現わさなかった皇主の犬たる近衛兵が、突然に黒崙に立ち入り、黒陵の祠官を通さずして勝手に黒陵の姫の婚儀の中止や玄武の武神将の息子を引き渡すようにと圧をかけてきたことに、黒崙の民が憤っていた最中のことだった。
その鐘は、存亡の危機が訪れぬ限りは耳にすることはない、いわば〝鳴らずの鐘の音〟。
なにより黒崙には最強の武神将がいる。
人々は不安と怯えを顔に出しながら、街長邸の大きな中庭に集う。
街長の横にいたのは、帰還したばかりの玄武の武神将。
いつも飄々として気さくであった彼の顔は険しく強ばっており、なにより誰もが驚いたのは、彼の片腕がなかったことだった。
彼は皆に告げた。
今し方、彼が帰ってきたばかりの玄武殿の有様を。
その時、彼の息子が飛び込んで来た。
~倭陵国史~
■□━━━・・・・‥‥……
・‥…━━━★゜+
「親父、それは違うっ!!」
サクは悲鳴まじりに、ハンが語るその場に飛び込んだ。
――玄武殿で俺が見たのは、胸を貫かれた祠官の屍だった。泣き崩れる多くの使用人達と昨夜夜通し警護にあたっていた警備兵のすべてが、姫さんの婚礼を阻止せんがためのサクの狂行であると証言した。
「俺は、祠官を……姫様の親父を殺してはいないっ!!」
――そのために〝光輝く者〟を連れたのだとサクが笑いながら言い放ち、姫さんを連れようとしたサクを止めようとしたリュカの前で、〝光輝く者〟とサクがふたりで姫さんを凌辱したのだと。サクはこう言って。
〝リュカ、俺や魔に穢れた姫様をもう妻になんて出来ねぇだろう? だから姫様は俺が頂く〟
「違う、違う、違う違うっ!!! 全部違う、でたらめだ!!」
――その場に駆けつけ、逆にサクに返り討ちになって深手を負った、副隊長のシュウも俺に涙ながらに言った。
〝サクを止められなくてすみません!! サクが……サクがあそこまで嫉妬に狂って、 凶々しい予言を成就させるなんて……。しかも魔と一緒に姫を穢して拐かすとは!!〟
「なんでシュウがそんなこと言うんだよ。シュウは俺の目の前で死んだんだ。餓鬼に食われて!! 来襲した餓鬼が玄武殿を食らい尽くしたんだ!! だからシュウは餓鬼から俺と姫様を守る為に、あいつは自らの命で俺達を逃がしてくれたんだ!! 警備兵も建物もすべて餓鬼にやられたんだ。屋敷の使用人や祠官はすべて……」
サクはハンの胸倉を掴むようにして吼えた。
「リュカだったんだよっ!! リュカが……〝光輝く者〟で、祠官共々殺したんだ。金色に輝くゲイっていう奴を招き入れて、そいつと一緒に姫様……くっ!!」
それ以上は、横を向いたサクの口からは言えなかった。
「サク、俺は玄武殿にて直接この目で見ているんだ。顔馴染みの屋敷の使用人も姫さんの女官も警備兵も、シュウも皆生きている。お前によって怪我を負わせられながらも。その全員が同じ証言をしているんだ」
「違うんだ、信じろよっ!! 親父っ!!」
「……それに。玄武殿に餓鬼が入った形跡はない。建物もそのままだ」
非情なまでの揺るぎない父親の眼差しに、
「そ、んな……そんなの幻だよ……」
サクは呆然として絶句する。
「……サク、今リュカは、祠官を失ったこと、婚儀が中止になったことによる、玄武殿を含めた黒陵国内の混乱を鎮めるために、仮とはいえ、祠官代理として立った。そして、出張って玄武殿に駆け付けた近衛兵とも折衝し、お前のしでかしたことを倭陵の問題に拡大せず、黒陵祠官の裁量内に留めようとしてくれている」
ハンの目は冷ややかだった。
「近衛兵の奴らは〝輝硬石〟の武具を身に纏い、リュカと俺を威嚇してきた。お前が玄武殿は滅んだと言いながら、近衛兵に牙を剥いて〝光輝く者〟を抱いて逃走した、これは中央への反乱だと。〝光輝く者〟と関係がある以上、サクの身柄は中央の皇主元、近衛兵に引き渡せと。近衛兵は威信にかけてお前を捕まえようとしている。
サク。お前はそれも幻だというのか。〝光輝く者〟を連れて逃げ、近衛兵と闘った覚えはないのか」
「それは……」
サクは口ごもった。
こんな大勢の前、ユウナの髪が銀色になったと証言していいのか、迷ったのだ。
その逡巡により、場はざわめく。
「俺はリュカに言われた」
ハンは淡々と告げる。
「お前は正気ではなかったから、捕まえたとしてもすべて幻覚やリュカのせいにして責任逃れをするだろうと」
〝――悲しいですが、ここまでの謀反を起こしたことに断罪をしないというのなら、致し方ありません。既に近衛兵の知るところになっているのなら、祠官亡き黒陵を一時的に預かる祠官代理としては、サクに烙印を押して重罪人として生涯地下牢に繋ぐしかない。これが最大の譲歩です。
そして、ユウナが〝光輝く者〟と関係したと多くの者が目撃している以上、それを隠し通すことが出来ぬ状況なれば、彼女もまた処遇を考えねば。子でも孕んでいたら尚更厄介。恐らく……幽閉の身となるでしょう。
……僕としては、ふたりを死なせることだけはどうしても避けたい〝
「俺はリュカに、祠官代理から警備兵の総司令官として申し遣った」
〝サクは黒崙に逃げ込むでしょう。むしろ近衛兵が動いているのなら、黒崙しか身を隠せる場所がない。警備兵を投入してユウナと共に連れてきて下さい。もしも貴方が正義を忘れ、息子可愛さにその任を放棄して逃走の手助けをするというのなら、私は祠官代理として、貴方だけではなく、サクを匿うすべてを根絶やしにしなければならない。愛する黒陵に禍根を残すわけにはいかないのです〟
サクは悔しげに唇を噛んだ。
「今すぐサクの捕獲にと近衛兵が出張ったから、提携という形にてリュカと近衛兵に五日の猶予をとりつけた。五日後にお前を玄武殿に連れてくる代わりに、その間はリュカにも近衛兵にも黒崙には手出しをさせない。……最強の称号を戴く、この片腕の代償に」
利き腕ではない左とはいえ、そのために喪失した最強の武神将の腕。
左袖には、ハンの逞しい腕はなかった。
唇を戦慄かせるサクの前で、再度ハンは言った。
「今日を入れて五日後。お前を差し出さねば、リュカの命で警備兵と近衛兵によって、黒崙は滅ぼされる」
黒崙の民は騒いだ。
あと五日――。
五日で目の前のサクを差し出さねば、彼らが安穏に住まう街は滅ぶ。
しかし五日後に、サクを差し出せば今まで通り――。
この街でサクは、誰もに可愛がられていた。
それは誰もが敬愛する武神将が溺愛する息子であり、サク自身も親の偉光を笠に着ることなく、自らの強さを誇ることがなく、実に気さくで民と接していたからだ。
だがそのサクは、彼らにとっては所詮は他人。
民の中には、生まれたばかりの子供を持つ親もいる。
動けない年寄りを抱えた者もいる。
結婚して幸せになろうと黒崙に移り住んできた者もいる。
サクと自分達の生活を比較した場合、どちらに比重が出てしまうのか、それは火を見るよりも明らかだった。
民のざわめきは、やがてサクに対する不穏な敵意になる。
サクさえいなければ。
サクを差し出せば。
そんな動きを、街長とハンは黙って見つめていた。
それを割って入ったのは、ユマだった。
彼女は、ユウナと共に遠巻きで見ているように、先にサクに念を押されていたのだが、耐えきれずにユマは飛び出したのだ。
「なんでそんなことを言うの、皆!!」
両手を拡げて、民の視線からサクを庇うように、声を荒げた。
「サクはこの街の一員なのよ、私達の家族なのよっ!? 家族を売るような真似をしないでよ!!」
そのユマに、抗する声があがった。
「……ユマ。その家族のひとりが、多くの家族を苦しめるというのなら、多くの家族のためにひとりで犠牲になるっていうのが、本当の家族ってもんじゃないのか」
それは、饅頭屋の主人だった。
「おじさん、サクに重い荷物運んで貰っていたじゃない!! 昔から可愛がって饅頭をいつもサクにあげていたじゃないっ! どうしてそんなに掌返すような無慈悲なことをいうの!?」
「無慈悲だと!? 真実がどうであれ、サクが黒崙に来たせいで、俺達は窮地に置かれた。そのサクを庇って、街と共に滅びろというのか、お前は! そっちの方がよほど不条理で、無慈悲だ!!」
饅頭屋の主人の声に、多くの人々が追従する。ユマはそれに恐れずに叫んだ。
「自分達可愛さに、サクに無実の罪を被せるなんてそんなの人間じゃないわ、鬼よっ!! それにサクは嘘をつく人間じゃないこと、この街の皆なら十分にわかっているばずよ!! 不条理なことを言っているのは誰か、そんなこと皆にだってわかるでしょう!? そこまで心は凍っていないでしょう!?」
リュカを責めるユマの声に黙り込む者、ユマに抵抗する者。場はふたつに大きく割れたが、サクを助けようと声を上げるものはいない。
それだけに、サクに危険を持ち込んだ責任を求める声は大きく、荒々しいものだった。
興奮じみた悪意は、瞬く間に伝播する。感染菌のように。サクに味方しているのは、華奢な体を持つユマただひとりだった。
「ハンは、サクがありえないといったものを見て聞いているんだぞ? 黒陵の……いや倭陵最強の武神将の言うことは信じられないと!?」
別の男が、ここぞとばかりにユマを攻め立てる。
「そ、それは……」
また違う男が声を上げる。
「サクは言い淀んでいたじゃないか。〝光輝く者〟を連れて、近衛兵に喧嘩売ったんだろう!? それを説明できないサクのために、どうして俺らが犠牲にならないといけないんだ!?」
「サクには、言えない理由があるのよ!」
「だったらまずその理由とやらを、説明して貰おうじゃないか!」
「サク、ユウナ姫をどこに隠した」
「この街に連れ込んでいるのか!?」
「サク!」
「サク!」
「サク!」
皆の目がサクに向かう。
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