僕、勇者サマの養い子になりました

36.

「イアラ、いい所に！悪いけど今すぐこの子に治癒魔法を掛けてくれ」
「診せて！」

イアラさんは真顔になって短く応えると、急いで僕に駆け寄ってきた。
ビクリと震えて身体からだを思わず引くと、宥なだめるようにアヤさんに背中を撫でられてキツく目を瞑つむった。

急に誰かに近付かれ過ぎるのは怖い。女の人は特に怖い。今既すでに目を開けるのが怖い。

気合いを入れてる時は何とか耐えられるんだけど、でも話し掛けられるのも、触られるのも、僕は本当は怖いんだ。

僕は真っ青になって震えて続けていると、ゆっくり、そっと頭を撫でられた。
あんなに寒くて震えが止まらなかったのに、身体の奥からポカポカと暖かくなってきて、驚いた僕は目を見開いた。

「これでもう大丈夫。顔色も大分マシになったよ」

イアラさんに優しい笑顔で声を掛けられて、でもつい僕は無意識に身体を引いてしまった。
僕の頭を撫でていた手がパタリと落ちて、イアラさんにキョトンとした顔をさせてしまう。

ヤバイ！失礼な事をしてしまった。
早く謝らないと！

焦る気持ちとは裏腹に、僕の口は全く動かなかった。
真横に結んだ口が一向に開かない。

どうしよう、どうしよう…
どうして僕はこんな時に、当たり前の事すら出来ない…

すぐイアラさんに謝らないといけないのに。
喉が痛いのも治ってて、ちゃんとお礼を言わなきゃいけないのに。
きっと不愉快な思いをさせてしまった。
だからせめて今すぐ謝りたいのに。

そう…
こういう時、
いつもあの人は容赦ようしゃ無く、僕をメチャクチャに…

「っ…うっ……」

への字に曲がった口からは嗚咽おえつが漏れ、涙が零れ落ちた。
ガタガタと震えながら自分を抱き締めて、歯を鳴らして腕に爪を立てる。

泣いてる場合じゃない。
泣くのなんてただの甘えだ。自己弁護だ。
早く声を出して謝らないといけないんだ。
泣いてる場合なんかじゃないのに。
ちゃんとしないと、ちゃんとしないと、こんな時に…泣いてたら、怖い。
怖い…事が……
こわい…

「もう、何て泣き方するの、イツキ…」

声と同時にアヤさんにギュウっと抱き締められた。
頭を撫でられ、もう片方の手で背中をポンポンされて脱力した僕は、その涙腺を呆気なく決壊させて大きく肩を震わせた。

「あーもう、そんな風に声も出せずに泣くとか、見てるこっちがイタイから」
「め…ッ…なさ。ごめ、なさぃ。ごめんなさ…ッい、ごめんなさい。ご」
「いいから！違うから！怒ってるんじゃないの。謝らなくていいから」

アヤさんの腕の中で漸く声が出せた僕は、今まで焦ってた分を取り返すように謝罪の言葉を連ねた。

「イア…ラさ、に、治して貰っ…のに、僕、違…のに、身体が、逃げッ…っ…」
「うんうん、それで？」
「嫌な思…させ、僕、お礼…言わな…と、なのに、僕」
「声が出せなかったの？」

嗚咽混じりの言葉を懸命に紡ぎ、アヤさんに優しく聞かれて僕は必死に頷いた。