騎士物語〜塵芥のための舞台〜

ミイ

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塵芥のための舞台(1)

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見事なものだ…。

赤毛の騎士、ジークベルト・キルヒアイスが内心でつぶやく。

夜とはいえ、夏の盛り。涼風が肌に心地良いことはあっても寒いと言うことはない。周囲は篝火がおしげもなく焚かれ、月光も明るく今宵の宴を照らしている。

王国の国境近くの街にある、歴史ある野外歌劇場。大戦前は年に一度王国でも名の知られた歌劇祭が行われていたこの場所で、少なくともこの十年は開かれたことの無い、盛大な宴が開かれていた。

本来の歌劇場の観客席は、豪奢にしかし品よく飾り立てられていて、賓客の豪華さも相俟って、現実と夢の合間のような、そんな雰囲気さえ現れていた。

しかし、そもそも宴が催されるような場所ではないこの歌劇場を、どうして夢か幻かと疑うほど、王城の使用人達が総出で飾り立てる必要があったかといえば、それは単に出席者による。

この歌劇場を舞台にした宴、正確に言えば宴の前に行われた条約の締結交渉、おそらく大陸の歴史に残る交渉の当事者、そして立ち会い者達。

一に交渉の当事者として、ジークベルトの生国でもある大陸の最大国家・アレマニア王国。

急拵えの玉座に賢王を頂き、王の下座の左側に聖銀の騎士・アウグスト、下座の右側には紅の剣士・ナインハルトが控える。どちらも騎士の正装に身を包みながらも、十分に実戦に耐えられる装備を整えていて一分の隙も覗かせない。

さらにその周囲には近衛騎士団、ジークベルトも所属する聖銀の槍の団が警備に当たっていた。

二に交渉の立ち合い者として、ワティカニス聖教国・神官団。

文官や下働きを合わせてもわずか20名ほどの使節団であるが、今回は聖教国の権威ではなく、その実力を持って交渉の当事者たちを睥睨している。

「童子切」「天使つき」「超越者」「神眼」「青焔」一騎当千どころか、小国なら一人で落としかねない強者たち、人よりも亜神や精霊に近いような人間たちが、普通の人間のふりをして、王国より供された、料理と酒に舌鼓を打っている。

そして、最後。三に王国と対になる、もう一つの交渉の当事者。王国民より蛮族と蔑まれ、恐れられる王国東部に繋がり広がる草原の覇者、ジェチ・ウルス。

自らを王国や帝国、公国と称さず、ウルスと称するこの国は、もともと定まった都を持たず、草原を移動しながら生活を行う遊牧民たちの緩やかな連合であったが、蛮族王として名を馳せた先代の王の治世に、大戦の混乱の隙間をついて、周辺国家の都市を侵略し、一部では定住民を支配下にすら置いた。また同じ遊牧民であっても先代の王に歯向かうものは容赦なく粛清されたという。

一方、大戦の途中、現王・バトゥの治世になってからは、周辺国家とは良好とは言えないまでも小康を保ち、大戦終結5年が経つ今回、大陸に名を馳せるアレマニア王国と、ウルスとして初めてとなる基本条約の締結交渉に望んでいる。

そしてこのジュチ・ウルスの王・バトゥを含む使節団が、今回この野外歌劇場が交渉の場に選ばれた原因なのである。
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