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第4章:ふたりの想い、消えゆく笑顔
156話
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「社長。良かったのですか?」
少し用事があるから帰ると言い出した七瀬は、見送りを断り部屋を出ていってしまった。
七瀬の姿が見えなくなると、神妙な面持ちでアキが訊ねてくる。
「1日くらいなら我慢はできる。所詮1日だけの偽りの結婚…そこに一切の愛情も、相手を想う気持ちも存在しない。これくらい問題ない、演技は昔から慣れている」
「龍司様…」
切れ長の目を細め、自傷気味に呟いた龍司の言葉に、アキは何も言えなくなってしまった。
こんな辛そうな表情を龍司にさせたい訳じゃない。
昔のような体験はもう二度として欲しくない。湊と一緒に笑って幸せになって欲しい。
そう思っていたからだ。
「アキには、明日1日会社の事は全て任せる。俺がいない間頼んだぞ。みんなにも、明日俺が1日いないこと伝えておいてくれ」
「かしこまりました…社長。どうかお気をつけて――」
アキの言葉に龍司の表情が柔らかくなる。
龍司は、テーブル脇のクローゼットを開けると、ハンガーにかけられたジャケットを取り、素早く羽織った。
少し緩められていた首元のネクタイを直す龍司の姿は、男女問わず見惚れてしまう程様になっている。
龍司様が一目惚れで湊様を好きになったように、七瀬さんもまた龍司様の事を一目惚れで好きになった…昔、龍司様からこんな話を聞いたことがある。
“七瀬から連絡が来ても一切返事はするな”
昔、何度も龍司様に言われていたから、七瀬さんから連絡が来てもスルーしていた。
だが、スルーしてもしつこく連絡をしてくる七瀬さんの執着ぶりは凄まじかった。
龍司様を想う気持ちは、当時面識がなかった俺達全員に伝わってきたが、異常だったのだ。
龍司様に報告をするために、一応七瀬さんからのメールや手紙の内容には目を通してはいた。
しかし、どれも
“龍司様にお会いしたいです”
“龍司様を愛しています”
“まだ貴方が私を好きじゃなくても、必ず貴方を振り向かせて見せます”
“どうやったら貴方に会う事を許してくれますか?”
“1度でいいので、私とデートをしてくださいませんか?”
“私は絶対に貴方の事を諦めません”
という、自らの想いを龍司に伝えるだけの内容の濃いものばかりだった。
七瀬さんの事を知らずにあの手紙やメールを見たら、ストーカーと勘違いする人も出てくるだろう。
アキは、これまで毎日来ていた七瀬からの数えきれない手紙とメールの数、そして内容を思い出してしまいゾッとした。
「アキ。数日分の服を取りに自宅に一度帰るが…――アキ?」
ネクタイを直し終わった龍司が、財布と携帯を持ちながらアキに声をかけた所で、何か考え込んでいる様子のアキを不思議そうに見る。
あんなに龍司様に会いたいと仰っていた七瀬さんが、本当に明日の“結婚ごっこ”が終わって龍司様を諦めるのだろうか…?
一目惚れして以来ずっと龍司様に思いを寄せていて、婚約破棄をしてもなお龍司様を諦めていなかったあの七瀬さんが…
――それに、最後の七瀬さんの顔…少しいつもと違う気がした…
七瀬の様子を思い出しながら、心の中のもやもやの意味を考える。
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