やがて一つになる君へ

秋月。

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幼い頃の記憶。

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拓斗:もう10年前になる。

拓斗:親戚のおばさんが交通事故で亡くなった。

拓斗:当時の俺はまだ9歳で、葬式っていうものがよく分かってなかった。

拓斗:だけど、よく覚えている事がある。

拓斗:1人の女の子に出会ったことだ。


10年前。

広い屋敷で葬式が行われている。

その屋敷の一室で少年と少女が向き合っている。


拓斗:当時の俺よりも少し年下の女の子だ。

拓斗:何かを失った瞳で、手には本を抱いていた。

拓斗:今なら分かる、『母を失ったのだ』と

拓斗:でも、当時の俺にはそこまでの事を察する事が出来なかった。


拓斗:「こんにちは」


紫苑:「・・・。」


拓斗:「なにしてるの?」


紫苑:「・・・。」


拓斗:「いっしょにあそぼうよ」


紫苑:「・・・。」


拓斗:「きいてる?」


拓斗:彼女は何も言うことはなく、それでも静かに首を動かして頷いてくれた。

拓斗:俺は初めての葬式で、大人達が忙しそうにしてるの横目に暇を持て余している所だった。

拓斗:・・・今思えば、彼女も親戚だったのだろうか。

拓斗:おばさんは都心から離れた離島に住んでいて、俺は会ったこともない人だった。

拓斗:当然、その身内関係がどうなっているかも分からなかった。


紫苑:「あなた、だれ?」


拓斗:「ぼくはたくと!」


紫苑:「・・・。」


拓斗:「えっと、きみはなんていうの?」


紫苑:「・・・すみれ」


拓斗:「すみれちゃん?」


紫苑:「・・・。」


拓斗:彼女は黙って頷く。

拓斗:あまり喋りたくないんだろう。

拓斗:あの頃の俺でも、それは分かった。


拓斗:「すみれちゃんは、ここでなにしてるの?」


紫苑:「ほん・・・」


拓斗:「ほんをよんでたの?」


紫苑:「・・・んーん。」


拓斗:「ちがうの?」


紫苑:「・・・かんじ、よめない」


拓斗:「ああ・・・」


紫苑:「ほん、よんでくれる?」


拓斗:「だれかよんでくるよ」


紫苑:「や、んーん」


拓斗:「え?」


紫苑:「いっちゃ・・・やだ」


拓斗:彼女よりは歳上だったが、それでも俺もまだ子供で、漢字をスラスラ読む自信がなかった。

拓斗:誰かを呼びに行こうとして振り返ったところで、菫に服を掴まれた。


拓斗:「ほん、よめないよ?」


紫苑:「・・・いい」


拓斗:「そっか」


紫苑:「ん・・・」


拓斗:「えっと・・・はなしてくれる?」


紫苑:「・・・やだ」


拓斗:「どうして?」


紫苑:「いなくなっちゃ、やだ」


拓斗:「どこにもいかないよ」


紫苑:「・・・ほんと?」


拓斗:「ほんと」


紫苑:「ぜったい?」


拓斗:「ぜったいだよ」


紫苑:「ん・・・ずっと、いっしょに、いて?」


拓斗:「うん、いいよ」


拓斗:菫の手が俺から離れる。

拓斗:ゆっくりと、静かに。

拓斗:何かを納得したのか、何かを諦めたのか、あの頃の俺は考えもしなかった。

拓斗:だから、余計なことを言ってしまうんだ。


拓斗:「おかあさんがくるまで、ぼくもひまなんだ」


紫苑:「ぁ・・・(少し震えながら息を吸う音)」


拓斗:「どうしたの?」


紫苑:「・・・なん、でも・・・」


拓斗:「だいじょうぶ?」


紫苑:「ひっ・・・ぐっ・・・」


拓斗:「え、ええ!?」


紫苑:「うわぁぁぁぁぁぁん」


拓斗:菫は肩を震わせながら静かに泣き出すと、その声を徐々に大きくしていく。

拓斗:俺は何も出来ず、ただ慌てるだけだった。

拓斗:泣き声を聞いた大人たちが部屋にやってきて、俺と彼女は引き離された。

拓斗:そのまま俺は母さんの所に連れていかれて、式が終わるまで彼女に会うことはなかった。

拓斗:どうやら彼女は泣き疲れてそのまま眠ってしまったらしい。

拓斗:そして式が終わり、もう一度会った彼女は───

拓斗:「それじゃあかえるね」

紫苑:「さよなら」

拓斗:別人の様に冷たかったんだ。

紫苑:「・・・うそつき」

拓斗:別れ際に彼女が小さく呟いた一言は、今でも俺の胸に突き刺さっている。

 

拓斗:しかし、その日の夜のことだ。

拓斗:母さんから聞いて驚いたことがある。

拓斗:親族に、菫という女の子は居ないということ。

拓斗:10年経っても俺の記憶からなくならない彼女との思い出は、一体なんだったのか。

拓斗:俺はどうしてもこの事が気になり、大学生になって初めての夏休みの2週間を使って、おばさんが住んでいたあの離島に向かう事にした。

拓斗:彼女は、果たして誰だったのか。

拓斗:あの儚い少女は、今はどうしているのか。

 


拓斗:これは、やがて一つになる君と過ごしたひと夏の物語だ。

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