そのΩ、買いました。オークションで。

塒 七巳

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 美術館の前にあるベンチに、二人は腰掛ける。
 
 泣き過ぎてどうしようも無い唯が泣き止むのを、ユウマはハンカチを取り出して待った。
 
 するとユウマは徐に立ち上がり、自販機に向かう。
 
 そして唯の元へ戻ると、ペットボトルの水を差し出した。
 
 唯は一瞬受け取りそうになるが、首を横に振る。
 
 
 
「……元気そうで、良かった。まさかこんな所で会うなんてね……。もう大丈夫だから。私、帰る……––––」
 唯はそう言って自分のハンカチで目元を強めに拭い、立ち上がる。
 
 
 
 偶然だ––––
 そもそも、運命なんてものは無いっ––––実証不可能だ。
 唯だって、そんなものは信じていない。
 
 再会しても、唯がユウマに話す事は無い。ユウマが望んでそうした事に、唯が口出す権利は無いからだ。
 
 
 ––––何してたの?
 ––––どこに居たの?
 
 あの時は本当にごめんなさい–––
 心配したんだよ?
 さよならは、はっきり言ってよ……
 
 
 ユウマが消えて、心配で食事が喉を通らなかった––––
 でもユウマならまた上手くやってるかもってどこかで思ってた––––
 
 
 溢れる思いを、唯は自分の胸の中だけで何度も何度も繰り返す。
 
 
 
「待ってっ––」
 立ち上がった唯の腕を、ユウマが掴む。
 
 その感触はとうに忘れたはずなのに、ユウマの指の感触が、唯の皮膚に染み込んでいく。
 
 
「もう少しだけ……」
 そう言ってユウマに促されて、唯は困惑しながらももう一度ベンチに腰掛けた。
 
 

 すると、ユウマは徐に財布を取り出し、その中から少し汚れてヨレた古い名刺を取り出す。
 
「お姉さんに貰った名刺、連絡したんだ……」
 
 
 そう言うと、今度はシルバーに輝く品の良い名刺ケースをユウマは取り出した。
 
「––これ」
 唯に、白くピンと張った名刺が差し出される。
 
 そこには唯が渡した名刺と同じ会社名と、名前が印刷してあった。
 
〝香坂 悠〟
 
「香坂 悠こうさか ゆうです」
 ユウマの名刺を持つ手は、少し震えていた。
 
 
 
「……ユウマじゃ無くて、悠だったんだ」
 唯は掠れた声で小さくそう溢す。
 そして、その名刺に唯は決して手を伸ばさない。


「お姉さんが言ってた通り、社長、厳しい人だけど凄く尊敬出来る人だった。あんなに怖い女の人、初めて……。副社長、––旦那さんが居てくれなかったら、俺もうとっくにクビだったかも––––」
 悠はそう言って小さく笑う。

「凄く感謝してる……––。桜庭さんの知り合いならって、いろいろ忖度もあったけど……」
 不意に悠が口にした唯の苗字に、唯の体が跳ねる。
 
 確かに、唯は先手を打ってデザイン事務所の社長に電話していた。才能を持った子が居るから、なんとか会社で雇って欲しい、と––––自分は素人で、何も分から無いけど、彼にはとても才能がある、素人にも分かると念押しして……
 
 
 
「私っ……何も聞いてない––––」
 唯が悠を見上げると、悠は一瞬切なそうな顔をして、優しく微笑む。

「一人前になるまで黙ってて下さいってお願いしたから。でも、今だって全然半人前でも無い……––––」
 そう言って、悠は苦々しく笑う。
 
 その時、唯の頬にポタリと水滴が当たった。
 
 
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