私に残った物、もうΩしかありません。

塒 七巳

文字の大きさ
12 / 48

12

しおりを挟む


 タクシーに乗せられて向かったのは、高層ビル内にあるレストランだった。
 
 青葉の格好は不相応極まりない。
 着倒された白いシャツに黒いパンツ、そしてスニーカー……

 スニーカーの穴は、まだ、空いたままだ。
 
 
 入店拒否を願ったのに、お構いなしに個室の席へ案内されてしまって青葉は当てが外れてため息を吐く。

 窓際の席なので、ここでも夜景がよく見えた。雰囲気の良い、それこそ大事な人と大事な話をする時……特別な時間を過ごす様な空間だ。
 勿論、その時間は幸せに違いない——
 
 
 この一室以外は……——


「それで何、話って……」
 
 席に座って直ぐ、青葉は視線を伏せたまま、向かい合って座る海途に尋ねる。
 しらばっくれても、遅いのは分かっていた。


「……あれって、俗に言うオークション?」
 
 お互い向かい合った席で、海途は青葉をしっかりと見ている。
 けれど、青葉の視線は未だ向かい合うことを避けていた。

「さすがα。よくご存知で……」
 青葉はそのまま視線を動かさず、淡々と答える。

「出るの?」

「30歳以下までだから、まだ対象内……です……し……」
 
 海途の話し方は、尋問めいた圧のある喋り方だった。有無を言わさない気配を青葉はビリビリと感じる。
 

「そういう事じゃない」
 海途は深い溜め息を吐き、机に両肘を着いて片手で目元を覆う。
 
「苗字が違うけど、あんな書類持ってるし……。あんなもの出るならむしろ……結婚してたならそれが一番、良かったっていうか。確認が必要だと思って……」
 海途は苛立ちながら、もう一度ため息を吐いた。

 苗字が違うからカマを掛けたのか……と青葉も腑に落ちる。
 
 オークションに出れるなら独身、出れないなら既婚……——
 
 あの時結婚してるか確認したのは、その為だったのか、と青葉は理解した。
 
 どうやらΩの避難措置がどこまでしなければいけないものなのか、海途は本当に詳しく知らないのだろう……
 
 名前も、本当は全て変えなければならなかった。
 
 
 だが海途は知らない——
 海途には関係の無い事だから、知らなくて良い……
 
 
「関係ある?既婚でも独身でも……。  オークションに出ても出なくても…… 私がΩでも、そうじゃなくても……」
 
 あえて昔のことを思い出す様な、意地悪な言い方をしたと青葉も自覚がある。
 子供じみているが、踏み込んできたのは海途だ。
 
 青葉は許可していない、望んでもいない。
 
 

「関係無い、とは……言えない」
 海途は徐に顔を上げて、睨むように眼だけを上に上げる。青葉を見ると、小さく低い声でそう言った。
 
 
 青葉の息がハッと吐き出されて止まる。

 10年ぶりだ——
 10年ぶりに会った——
 お互いの間柄を表現出来る言葉も無い。


「私達は高校生の頃少しだけ接点があっただけの他人。それだけ。……放っておいて。」
 
 青葉が海途を見ると、海途は青葉の視線をそっと避ける。


「あの時は、星川の状態が中々分からなかった……。すぐ行政の避難措置が決まって、連絡も返ってこないまま、俺も父親の海外転勤が決まって——」
 
「そういうのは関係無い。私の事なんて気にしなくていい。そのまま、忘れててくれて良いって事……」
 
 海途の言葉を遮って、青葉はそう言った。
 
 ふと足元に目をやれば、スニーカーに空いた穴……
 それを、必死に必死に隠す自分……  ——恥ずかしさや情け無さ、あらゆる感情に青葉の頭は混乱する。
 
 
 そんな時、ふと青葉が思い出したのは、海途の隣に居た恋人の事だった。

 爪の先まで磨かれた、自信に満ち溢れたあの美しい女性……——
 思い出すだけで、吐息が漏れるような、魅惑的に輝く人……


 海途やその恋人は、青葉とは違う世界を生きている——
 
 
 産まれ持った全ての特権と特性を生かして、青葉には手の届かない場所でその身にあった人生を謳歌している……——
 
 
 広く無い一室に、お互いが向かい合って座っていても、青葉にとってその差は明確に、まるで目に見えるようだった。


「私は、自分の立場も……身の丈も、よく分かってる……。橘くんのことをこれから何か口にするつもりも無い。あんな学生の頃の事なんて……遊びの延長の、ただのままごとっていうか……気の迷い?みたいなものでしょ?」

 青葉の人生の中で、ただ一人の人が海途だとして、更新も上書きも未だにされていない。
 記憶の中のまま、一番楽しかった頃自分が見た海途を、青葉は自分の中だけに仕舞っておきたかった。
 
 誰にも知られず、誰にも見せない自分だけの場所に、青葉だけの記憶として——
 
 冷たそうに見えても、どこか面倒見が良くて……
 優秀な癖にそう見られる事をどこか嫌ってて……

 少し照れ屋で、それでいて子供っぽい彼を……——くしゃっと幼く笑う、海途の笑顔を……——
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

処理中です...