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しおりを挟むタクシーに乗せられて向かったのは、高層ビル内にあるレストランだった。
青葉の格好は不相応極まりない。
着倒された白いシャツに黒いパンツ、そしてスニーカー……
スニーカーの穴は、まだ、空いたままだ。
入店拒否を願ったのに、お構いなしに個室の席へ案内されてしまって青葉は当てが外れてため息を吐く。
窓際の席なので、ここでも夜景がよく見えた。雰囲気の良い、それこそ大事な人と大事な話をする時……特別な時間を過ごす様な空間だ。
勿論、その時間は幸せに違いない——
この一室以外は……——
「それで何、話って……」
席に座って直ぐ、青葉は視線を伏せたまま、向かい合って座る海途に尋ねる。
しらばっくれても、遅いのは分かっていた。
「……あれって、俗に言うオークション?」
お互い向かい合った席で、海途は青葉をしっかりと見ている。
けれど、青葉の視線は未だ向かい合うことを避けていた。
「さすがα。よくご存知で……」
青葉はそのまま視線を動かさず、淡々と答える。
「出るの?」
「30歳以下までだから、まだ対象内……です……し……」
海途の話し方は、尋問めいた圧のある喋り方だった。有無を言わさない気配を青葉はビリビリと感じる。
「そういう事じゃない」
海途は深い溜め息を吐き、机に両肘を着いて片手で目元を覆う。
「苗字が違うけど、あんな書類持ってるし……。あんなもの出るならむしろ……結婚してたならそれが一番、良かったっていうか。確認が必要だと思って……」
海途は苛立ちながら、もう一度ため息を吐いた。
苗字が違うからカマを掛けたのか……と青葉も腑に落ちる。
オークションに出れるなら独身、出れないなら既婚……——
あの時結婚してるか確認したのは、その為だったのか、と青葉は理解した。
どうやらΩの避難措置がどこまでしなければいけないものなのか、海途は本当に詳しく知らないのだろう……
名前も、本当は全て変えなければならなかった。
だが海途は知らない——
海途には関係の無い事だから、知らなくて良い……
「関係ある?既婚でも独身でも……。 オークションに出ても出なくても…… 私がΩでも、そうじゃなくても……」
あえて昔のことを思い出す様な、意地悪な言い方をしたと青葉も自覚がある。
子供じみているが、踏み込んできたのは海途だ。
青葉は許可していない、望んでもいない。
「関係無い、とは……言えない」
海途は徐に顔を上げて、睨むように眼だけを上に上げる。青葉を見ると、小さく低い声でそう言った。
青葉の息がハッと吐き出されて止まる。
10年ぶりだ——
10年ぶりに会った——
お互いの間柄を表現出来る言葉も無い。
「私達は高校生の頃少しだけ接点があっただけの他人。それだけ。……放っておいて。」
青葉が海途を見ると、海途は青葉の視線をそっと避ける。
「あの時は、星川の状態が中々分からなかった……。すぐ行政の避難措置が決まって、連絡も返ってこないまま、俺も父親の海外転勤が決まって——」
「そういうのは関係無い。私の事なんて気にしなくていい。そのまま、忘れててくれて良いって事……」
海途の言葉を遮って、青葉はそう言った。
ふと足元に目をやれば、スニーカーに空いた穴……
それを、必死に必死に隠す自分…… ——恥ずかしさや情け無さ、あらゆる感情に青葉の頭は混乱する。
そんな時、ふと青葉が思い出したのは、海途の隣に居た恋人の事だった。
爪の先まで磨かれた、自信に満ち溢れたあの美しい女性……——
思い出すだけで、吐息が漏れるような、魅惑的に輝く人……
海途やその恋人は、青葉とは違う世界を生きている——
産まれ持った全ての特権と特性を生かして、青葉には手の届かない場所でその身にあった人生を謳歌している……——
広く無い一室に、お互いが向かい合って座っていても、青葉にとってその差は明確に、まるで目に見えるようだった。
「私は、自分の立場も……身の丈も、よく分かってる……。橘くんのことをこれから何か口にするつもりも無い。あんな学生の頃の事なんて……遊びの延長の、ただのままごとっていうか……気の迷い?みたいなものでしょ?」
青葉の人生の中で、ただ一人の人が海途だとして、更新も上書きも未だにされていない。
記憶の中のまま、一番楽しかった頃自分が見た海途を、青葉は自分の中だけに仕舞っておきたかった。
誰にも知られず、誰にも見せない自分だけの場所に、青葉だけの記憶として——
冷たそうに見えても、どこか面倒見が良くて……
優秀な癖にそう見られる事をどこか嫌ってて……
少し照れ屋で、それでいて子供っぽい彼を……——くしゃっと幼く笑う、海途の笑顔を……——
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