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しおりを挟む「……あの人……有名なの?」
青葉は有紗の部屋のゲストルームで、深く短い睡眠を摂った。目が覚めて目眩も治った頃、有紗はタイミング良く青葉の顔を覗きにきていた。
青葉は有紗の顔を見ると、上体をなんとか起こし、有紗が青葉にミネラルウォーターを差し出す。
青葉が尋ねた質問の前に有紗は飲んで、とペットボトルのキャップを捻った。
「青葉テレビ持ってないし、snsもやってないもんね。有名だよ、グループの曲の殆ど作詞作曲してるし海外ドラマも最近出た。私もちょっと前に誘われてライブ行った事ある。
高校から大学までずっと海外に居たって聞いたかな……?だから語学も堪能なんだって」
「……へー」
高校から……ということは、あの後は海外で暮らしてたということだ。
杉崎 隆聖という同級生の名前を青葉は死ぬまで忘れることが出来ない。
忘れられないように、脳は刻み込んでしまった。
杉崎は暖かな心地の良い陽の下を、堂々と歩いている——
いや、恐らくもう一人のαも……——
私は、影から出られないのに……——
そんな考えても仕方の無い思いに、青葉は酷く顔を歪める。
結局、自分だけが10年前の出来事に囚われたままなのだと、痛感させられた。
「ねぇ有紗……」
「んー?」
有紗がベッドに腰掛け、青葉の顔を覗き込む。
「……価値がなくなったら……私も、一緒に……」
青葉は青白い顔を上げて、有紗にそう溢す。
その先は、きっと言わなくても分かるだろう。
囚われのまま、そこから解放される方法というのは、いつの世も限られる。
有紗は一瞬驚いて目を見開くが、直ぐに元の表情に戻して青葉の背を優しく何度も摩った。
「早く寝な……。今日は。とりあえず朝になって、ご飯も食べたらもう一度考えてみよ?太陽の光、浴びてさ……」
そう言って有紗が青葉をまたベッドに寝かせてその体を軽くトン、トン、とリズムを取って寝かしつける。
ここは安全だよ、大丈夫だよ、と小さな子供を安心させるように……——
「……言いたくない事なら言わなくて良いけど、青葉……Ryuseiと何処かであった事あるの?」
有紗が頼んだヘルシーで見た目も可愛らしい朝食の数々がテーブルに並び、有紗と青葉はそれを囲む。
フルーツの香りが爽やかで、青葉の気分は幾分良い。
「……」
何も言えず、青葉はオレンジジュースを手に取るとそれを流し込み、喉を鳴らした。
「……美味しい?食べれるだけ食べなよ。ヨーグルトとか、食べやすいと思ってさ」
有紗は何も無かったように、自身も食事に手を伸ばす。
青葉がもう一度喉を鳴らしてゴクッと、唾を飲み込んだ。
「……高校の時、昨日見た杉崎に……あのRyuseiって人に……いや、あともう一人居たけど……。あの日は、私に来た初めてのヒートの時で……二人はαだったから、フェロモンに当てられて……」
青葉がゆっくり言葉を紡ぐと、有紗も手を止めてそれをじっと青葉を見つめる。
「私は、行政の措置で逃げるように引っ越したけど……家族にもそれで凄く迷惑掛けて……。結局、家族とも縁切ったから……もう、家族に、迷惑はかけずに済むんだけど……」
青葉が言い終わると、有紗はすぐに立ち上がって青葉を抱き締めた。
「私が連れて行かなければ良かった。
ごめん……」
有紗の言葉に、青葉は首を振る。
有紗は仕事を辞めた青葉を励まそうと外へ連れ出してくれた。
「有紗は何も悪くない」
青葉はそう言って強く強く抱き締める有紗の体に頭を預ける。
有紗は悪く無い。
誰が悪いか、なんて……誰も決められない……
ただΩに、陽の下を歩く事は許されていない。
いくら望んでも、影からは出られない。
αの所有物として、その頸に印を貰わない限り……
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