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しおりを挟む「辞めた?」
「はい……。このご時世なのでそれしかお伝え出来ないんです、すみません」
カフェの店長は気まずそうにそう言って軽く頭を下げそそくさと海途から離れる。
消えた——
また……——?
最近見ないと思ったら……海途は踵を返して来た道を戻る。
海途の中で、話はまだ終わっていない。
オークション……——
それを思い出すと、不思議と手に力が入り、海途は必然的に拳を強く握る。
奥の手は使いたいと思って無かった。 そんな事はひっそりと、分からないようにするもの——
情報を集める為に手段は選ばないが、選び方と集め方にはいろいろある……——
問題は、時間がないこと……
海途は指で唇を軽く引っ掻きながら足を進める。
過去の自分に、答えは出せていない。
では今の自分は、何がしたいか……
逃げる青葉のか細く白い腕を、海途は掴みたい。
今度こそ、強く掴んでみたい——
その先の事は、分からないとしても——
「やっと帰ってきたな、海途。また海外行くの?」
二週間前の約束通り、海途は中高の同級生二人とガヤガヤと騒がしくタバコ臭い居酒屋で乾杯する。
「……希望出すなら、まぁ……。でも、国は選べないと思う」
海途は普段通りの態度とテンションで、ビールを一口口にした。
「相変わらず冷めてんなー。しかし頼もしいよな、エリートは!羨ましいよ本当」
海途より少し小柄で、疲れた顔をした同級生は、グビッとビールを煽る。
「橘くんのsns見たよ!あのサプライズ動画は結婚式用なんですよね、橘くん?
結婚式呼んでよ!約束したからね!」
少し下にズレたメガネを直しながらタバコの煙を吐くもう一人の同級生は、興奮気味にそんな話を海途に振った。
結婚……確かにそんな雰囲気があるのは海途も理解していた。
それでも、お互い口にしない。
確約も無いが、この年齢で同棲するとなれば、周りは既にそのつもりで話をする。
海途も、そう思っていた。
このまま、きっと……と。
つい、この間までは……——
疑問も、躊躇も1ミリだって湧かなかった……
「……なぁ今だから言うけど、海途って星川の事、何か知ってる?」
疲れた顔の同級生が声を顰め、体を寄せてそう海途に尋ねる。
「いや……」
目線を合わさず、海途はそう何気なく答え、もう一口ビールを飲み込んだ。
「まぁそうだよな、なんだかんだ10年だし……。もう結婚するし良いよな、言っても……」
同級生二人は少し気まずそうにお互いを見て、また海途に視線を戻した。
「……」
一体なんなんだ……そんな思いを顔には出さず、海途が黙って二人の様子を窺うと、いかにも話しずらい話をこれからします、という雰囲気で一人が口を開く。
「いや、その……あの時の……今すっかり有名人だけど……杉崎がさ……」
「ああ……」
発せられた声に重ねるように、海途が反応した。
杉崎 隆聖——
忘れるはずないその名前を聞くと、海途の首筋や顔の血管は自然と浮き出してきてピクピクと反応する。
だが表情は決して変えない。
誰にも、胸の内は察しはさせない——
「此間何かのイベントで杉崎が出演して、そのイベントに星川が来てたって……。 ……それで杉崎が星川に気付いたらしくて、星川の連絡先が知りたいって今周りに聞きまくってんだよ……」
海途はあくまで自然にビールグラスを机に置く。
だがそれは予想外に大きな音を立て、海途の手首に巻かれた金属製の腕時計も机にぶつかってひしゃげるような音を立てた。
「……ああ、悪い」
前にも、こんな事をした——と海途は思い出す。
ビクッと肩を震わせた同級生二人に、穏やかな口調で海途が謝ると、二人はまた何度かお互いを見遣る。
「……あいつも今や売れっ子有名人だし……変な話週刊誌とかにタレ込まれたく無いからじゃないかって皆言ってるんだけど……。謝りたいんだって……星川に……」
海途の目が勢い良く血走った。
それでも、感情を露わにしないように海途は務める。
「信じれないよな。今更そんな事言ったってさ……。ほとんどお咎めなしで、あいつら楽しく生きてんだから」
お咎めなし……地元に居られなくなって海外に行った杉崎は、皮肉にもその経験のおかげで今の成功に繋がっている。
それは周りから見ても、結局神も仏も自分次第だと、運をも味方に付けた杉崎が証明していた。
天罰……そんなものは、杉崎には降っていない——
むしろその名声はより人を呼び、富を呼び、称賛と尊敬の眼差しで杉崎に心酔する人間は少なく無い。
「青葉と杉崎……そのイベントで直接会った?」
海途は味も感じないビールを二、三口飲んで見せる。
気にして無いから、続けてくれと言うように……——
「……詳しくは分かんない。
星川と一緒にいたのが、モデルの誰だったけな……?言われれば顔見た事あるんだけど……。
その子と星川が一緒に来てたけど、その後すぐ星川達出てったって同じイベントに行ったやつは言ってた」
青葉は杉崎と接触があった……だから杉崎は青葉の存在に確信を持って周りを巻き込んでいる……
そう考えると納得出来る。
「——でも星川も元気にやってんだな。
……あんな事あったけどさ。モデルの子と居たって聞いたし、何してんだろ、今……。星川も地元の友達とは全く付き合い無いみたいだから、会っても俺は話せるような関係じゃ無いけど……
Ωだから、αと番ってたりすんのかな?今幸せだったら、余計杉崎が引っ掻き回さないと良いなって話してんだよ……」
「……元は星川さんがΩのせいでって未だに言うやつも居るけど……それは星川さんが望んだ事じゃ無いし……。
それは、勿論、αもなんだろうけど……Ωなら仕方無いみたいな空気って、
本人からしたらたまったもんじゃ無いよね……」
そう言う同級生達の一言一言が、海途の耳奥深くに入り込む。
元気にやってる——
幸せ——
青葉が……?
Ωなら仕方無い……——
フェロモンを撒き散らしてαを誘惑した、Ωが悪い——
αという産まれが免罪符となり、杉崎達は人生を謳歌している。
Ωとして産まれただけで、罰を受ける様にして生きる青葉とは対照的に……——
机の下で、海途はこれ以上無いほど拳を握りしめた。
自身もまた、αである事は変えられない——
呼吸が浅くなる……海途はビールを流し込むように、勢いよくグラスを仰いだ。
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