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しおりを挟むスマートフォンの通知がうるさい。
ここ最近は、画面を覆うほど、特に通知が激しかった。
海途はその通知を遂に消音にする。
内容は、目にも映したく無い内容だ。
話題に上がるのは、世界的にも注目されつつあるかつての同級生……
そして、世にも稀な体質を持った、もう一人の話題——
ハッキリとは誰も言わない。
盛り上がってるのはほんの数人なのに、
どこか遠回しに囃し立て、火に油を注ぐが如く勢いは増していく。
ケジメをつける必要がある——
海途は冷静に、この混沌とした自らの感情を、それでも明瞭にしようと決めた。
余りにも感情的で、合理的でも無く、冷静ささえ欠いている——
そうであっても……
例え意味の無いことであっても……
もっと、上手いやり方は何通りもある。
それでも、今は、ただそうしたいと思った。
海途が出来る精一杯の誠実さは、一つしかない。
嘘は、もうつけない——
海途はスマートフォンを取り出し、既に日常に組み込まれた動作で、慣れ親しんだ人物へメッセージを送る。
何食わぬ顔でこのままでいれば良い。
元々いた場所で、また上だけ見ていれば良い。
どう考えても、それが最善の道で、未来への確実な投資……——
最初梨緒に会った時、海途はさして気に止めずにいた。
まさか同じ会社に勤めているとも思わなかった。知り合いに紹介されなければ、話すことも無かっただろう。
だが、梨緒は明るく優しい女性で、梨緒が居ると、そこに人が集まるような、花のような人間だった。
何よりも、その屈託の無い明るさが、どこか海途の追懐を誘った——
最初からきっと、まるで、誰かを重ねていたのかもしれない……——
梨緒から二人で会わないかと誘われた時、海途は勿論断らなかった。理由が無かったからだ。
彼女の容姿、性格、肩書き、能力—— 全てを鑑みて、一緒にいれば満足し、信頼し、楽しかった——
知れば知るほど、飾らない梨緒に海途は惹かれた。
彼女が好きだった——
そうに違いない
嘘じゃない——
落ち着いた雰囲気の、半個室になったカフェで、海途は梨緒と向き合って座り、昼下がりの木漏れ日が穏やかに二人を照らしている。
「もう付き合えない。だから、内見には行けない……。梨緒の事を、これ以上蔑ろに出来ない」
穏やかな雰囲気に反して、自らが発する言葉は余りにも不穏だ。
けれど、こんな話に見合った場所も時間も、恐らく世の中には存在しない。
独りよがりで自分勝手でも、せめてそっと、穏やかな光の中で、海途は梨緒に伝えたかった。
梨緒は、自分よりよっぽど善人だ——
女性としても、とても魅力的だ——
尊敬出来る人というのは、彼女のような人のことだ——と海途は思う。
決して短く無い沈黙の中で、木漏れ日の光だけがきらきらとゆっくり流れる。
「……ああ。ごめんね、びっくりしちゃって……」
呆気に取られ、掠れた声を絞り出す梨緒を、海途はまっすぐ見つめていた。
梨緒の少し灰色がかった目が、ピクピクと素早く動く。
梨緒を傷つけたいなんて、微塵も思っていない——
なのに、傷つけざるを得ない。
その矛盾と罪悪感が、どうしても海途の居心地を悪くした——
いつもなら、段々と距離を置き、時間を置き、円満に別れる様に海途自ら仕向けるのは容易い。面倒ごとはごめんだと、上手くコントロール出来た。
勿論、一夜だけだろうとなんだろうと、別れてもあっさりと済む人間を選んでいたことも理由かもしれない。
けれど梨緒は違った。
梨緒に見せれる誠意は、残酷な傷を与えてこそ、恐らく証明出来る。
一番避けたい方法でこそ、今まで過ごした時間が決して嘘では無いと伝えられる、と海途は手探りで結論づけた。
残酷な程暖かで、穏やかな木漏れ日の中で——……
それでも、自らの思いの核心を巧みに伏せるのは、果たして卑怯なのか優しさなのか……——
多くを伝えればそれが真摯な姿なのか、ただこの関係を簡潔に終わらせる方が優しさなのか、未だにその答えは海途には分からない。
青葉へ抱く自らの思いがαのΩへの執着なのか、真心であるかの確信と証拠が無い——核心さえ、本当は揺らいでいる。
「……どんな人?」
高くて小さく、そしてふわりとした声だった。
目は悲しげなのに、そう発した梨緒の口元には、優しい笑みが浮かんでいる。
海途がピクッと反応すると、梨緒の目元は一気に緩んだ。
見透かされてるかのような梨緒の眼差しと、一歩立ち入った梨緒の問い掛けに、海途は多少なりとも面食らった。
けれど、見くびらないでよ、と言いた気に微笑む梨緒の姿は、子を見る母のような、表現し難い余裕さえ感じさせる。
何とも言えない情け無さに襲われて、海途はぎこちなく梨緒から目を逸らした。
年齢にちっとも見合わない、まるで洗練されて無い未熟さを、いとも簡単に暴かれた気分だった。
「海途を、そんな風に……させる人……。 海途は直感で何かをするような人じゃないでしょ……?」
嘘をついていたわけじゃ無い——
本当に梨緒が好きだった、本当に……
そんな慌てた言い訳がましい言葉だけが、海途の頭をよぎる。
けれど既に過去になってしまった思いをここで伝える事が、未来への糧になるとは到底思えない。それが、梨緒にとって梨緒をこの先苦しめる鎖の一つにでも海途はしたくは無い。
「……私がこの後どうなるか、分かる?」
梨緒は、ただ穏やかに微笑みながら、海途を真っ直ぐ見つめていた。
「……打ちひしがれて、きっと大泣きするんだよ。どんなに小さな物でも海途の気配を感じると、いちいち反応して……。
馬鹿みたいに、きっと何度も何度も……。
いつかあんな頃もあったって、この先思えるまでね……」
そう言って、梨緒はニッコリと笑った。
凛として強く、心を強く掴んで、惹かれる笑みだった。
「勿論、今は泣かないけど。
私たちαはそれが無駄とか不利になるって分かるから抑えられる。でも頭で分かっていても、抑えられない時もある……。人間らしく、ね……。
海途の人間らしい面、初めて見たかも。 情けなくて不甲斐なさそうな、海途のその顔……凄くかっこ悪い……」
梨緒は、相変わらず笑みを絶やさず、目を細めた。
「でも、……凄く好き。人間らしくて……。海途、そんな顔、するんだね……」
そう発した途端、梨緒の目元には木漏れ日とも違う光が宿る。
分かっていても、止められない……——
そう海途を見透かして、梨緒もまた同じように抑えることは叶わなかった。
「……私が幸せを感じる時、きっと海途のこと忘れてる。だけど、その顔だけは、忘れない。全然海途らしく無い、その顔……」
梨緒は徐に目を伏せ、大きなため息を吐くと、顔に掛かる艶やかな髪を耳にかけた。
「もしこの先、私を思い出す時があったら……せめて、そのカッコ悪い顔して、私を思い出して」
梨緒は最後にそれだけ言って、爽やかな風を纏うように席を立った。
まるで吹いて捨てるように残された海途には、未だ梨緒の残した爽やかな風の跡が、まるで目に見えるようだった。
呆気なくも清々しく、梨緒は軽やかに去って行った。
胸が痛まないわけじゃ無い。
こんな時でさえ——
胸は痛むのだから、自分には真心がある——
真心を持てる人間だ——
そんな確認が出来た事に、海途はなぜか安堵していた。
やっぱり最低だ、善い人間なわけが無い——
そう海途は自らを嘲笑いたくなる。
結局、たった一人を今も思い浮かべてる——
何気なく映ったガラス越しに見えるのは、情けなくて怯えて疲れ切った男の顔
——
完璧で冷静なαの男じゃない。
不器用で、傲慢で、バカな男——
歳だけ食った、10年前と同じ顔だった——……
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