私に残った物、もうΩしかありません。

塒 七巳

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「余りおすすめは出来ませんが、少し強めの抑制剤を打ちます。勿論お相手の方にもです。心配要らないと思いますが、万が一です」
 
 青葉のヒートの周期やその他の数値は全て把握されている。文字通り、全て——だ。
 
 ここぞとばかりにありとあらゆるデータを取られているような気も……しないでも無い——
 
 と青葉は横目で記録に勤しむ病院関係者の姿を見ていた。
 
 
 
「日にちはこちらで設定します。大丈夫ですか?」
 
「防護服は必要ですか?」
 
「首を守るネックウォーマーは?」
 
「見守りとして同席しても?[#「?」は縦中横]
 
 
 
 青葉以上に青葉の体の隅々までを知っているとは言え、そこまで干渉されているとまるでケージに入れられたネズミのような気分だった。
 
 
 確かに相手はαだ——
 βの晴臣とは違う。
 
 とはいえ見知った相手だ。
 
 青葉の為——とはいえ、流石に息が詰まってきて、青葉は提案をやんわりと断った。独特な圧に気圧されて承諾しそうになったが、やはり限りなく自然な形で叶えたかった。せめて、形だけでも——
 
 
 それに、予め抑制剤を打っていれば、そこまでの心配も無い。ヒートの周期は完璧に管理されている。きっとどの位の量を打てばどれ位の時間で効果が出始めるか、全て緻密に計算されているだろう——
 
 
 忙しなく書き込まれるカルテとメモ、時にタブレットや小型pcを弾くパチパチとした音——その規則性のある機械的な音が、話し声の後ろでずっと鳴り続ける。
 微かな消毒液の匂いと清潔なリネンの香りがするこの部屋は安全で、青葉を傷つける人も居ない。皆冷静だ。
 けれど、この空間だけはなぜか異様な程無機質で、シーツが擦れる感触さえ、青葉にとっては小さな棘がいつまでもチクチクと肌に刺さるようだった。
 
 
 
 
 聞き慣れない足音が、聞こえてくるような気がした——
 自分の鼓動がうるさい。
 確証は無い、空耳かもしれない。けれど、コツ、コツ、と一歩一歩、明らかに普段聞く音とは異なった音が近付いてくる気配がした——
 
 
 
 時間通りだ……と青葉は思った。
 
 
 軽くノックされた病院のドアは静かに開かれ、そしてそっと閉じられる。
 
 
「……」
 
「……」
 
 扉の方へ顔を向けると、そこには確かに昔の面影がある人物が居た。
 セットもされていない柔らかな黒髪の隙間からから覗くアーモンド形の瞳に、青葉は確かな見覚えがあった。
 窓からの光が海途の髪へ当たると、その色素は薄く見える……——
 
 青葉がゴクリと息を呑んだのは、その美しい佇まいのせいか、それとも過度の緊張からなのか分からない。
 
 
「……久しぶり」
 
 低く澄んだ声が、青葉の耳にしっかりと届いた。ネクタイも無く、カジュアルなスーツスタイルの海途の胸には、色とりどりの花が束ねられた小さなブーケが抱かれている。
 
 
「あ……」
 
 一瞬全てを忘れて見惚れてしまうほど、大人へと変貌した海途はまるっきり別世界の住人のようで、学生の頃とは違う余裕と大人の色香を纏って、その姿は青葉の想像以上に鮮烈だった。
 
 
 
「っ久しぶり……橘くん……」
 
 ようやく声を振り絞った青葉に、海途はコツ、コツ、と床を鳴らしてゆっくりと近付く。そしてベットに上体を起こして座る青葉へ、胸に抱いていたブーケをそっと差し出した。
 
 
 
 花瓶はここでは使えない——
 
 危険がありそう……と判断されるものは大方いつまでもこの部屋からは取り除かれていて、晴臣からのブーケも、結局飾れはしなかった。青葉も自分がした事に少なからず負い目を感じているので、ブーケが一体どこへいったのか聞けていない。
 
 この花束も、きっと……——
 
 と青葉が花束から海途へ目を移す。
 
 近くで見たその横顔は、まるで彫刻のように鋭く冷たい。陶器のように白く滑らかな肌に血の気は無く、目の下には薄らクマさえたくわえていた。
 
 そんな海途から醸し出される雰囲気は、誰も立ち入れさせない程近寄りがたく、否定しようも無い陰鬱さが立ち込めていた。
 
 
 当たり前だ——
 
 後悔と焦燥を奥歯で噛み潰して、青葉は一瞬ギュッと目を瞑る。分かっていて尚、その再会はそれでも、どこか青葉の奥底に眠らせた感情を乱暴に揺さぶってくる。
 
 
 
「ぁ……」
 何か話さないと、と焦ってみても、青葉は何も言葉が出て来ない。
 自分で望んだのだから、耳障りの良い綺麗事でも言えれば良いのに、青葉は目をぱちぱちとさせ、落ち着き無く瞬かせた。
 
 ピンと張った糸が、その目で見える様に、室内の空気は張り詰めていた。
 
 
 
「……元気そうだな」
 
 長い睫毛を伏せ、海途は青葉を見下す。
 
「っああ、うん……」
 
 不意打ちで話しかけられ、青葉は一瞬ピクッと肩を震わせた。
 
 
「……どうして、俺を呼んだの?」
 
 その問い掛けは、当然されるかもしれないと青葉も予想していた。
 
 けれど、海途を目の前にすると、予め用意していた言葉はすらすらとは出てきてくれない。何かが喉につっかえたように、口からは空気だけが歯の間をすり抜けていく。
 
 
「……昔のこと、わだかまりをっ……失くしたくて……」
 
 青葉は何度か口をパクパクとさせ、用意した言葉のほんの一部だけを絞り出せたが、青葉は海途の目をしっかりとは見れなかった。
 
 
 
「ふうん……。まさか青葉が、こうして面会を希望するなんて思わなかったよ。 もう二度と、会うこともないと思ってた……」
 
 青葉の頭に降ってくる言葉は重い。
 
 まるで雪が溶け出して作り出された氷柱のように、冷たく鋭くて、それは青葉の胸を確かに貫いた。
 
 
 その痛みこそ、青葉が望んでいたものだった。
 
 
「……あの時は、本当に……バタバタしてて……」
 
 ジンジンと広がる痛みが、青葉の頭を冴えさせ、体を落ち着かせる。言葉は、自然と口から発せられるようになっていた。
 
「……ああ。知ってる。教えてもらったよ。αが絡めば、Ωがそうしなきゃいけないって」
 
 重くても滑らかな口調の海途が何を考えているのか、青葉も微かな機微を捉えようとは試みてみる。だが、海途の喜怒哀楽の感情はやはりハッキリとは感じ取れない。
 
 青葉の知る海途では無い——確かな時間の流れは、捉えがたい曖昧な空白になってしっかりと二人の間に立ちはだかる。
 呆気ないほど、青葉はそれを見せつけられた。
 
 
 
「……ごめんね、……何も言えなくて……」
 
 これは青葉の長年抱えた本心だ。
 やっと言えた——そう思えば、少しだけ肩の荷は降りる。
 ただの自己満足だと分かっている——
 今更だということも——
 
 
 それでも、過去の海途に駆け寄って、青葉はそう伝えたかった。過去の自身を慰める為にも、いつまでも思い出の中の幻に縋り付く事からも、解放される。
 
 
 もっと痛みが欲しい——
 そうすると、分かるからだ。
 
 認めざるを得ない痛みが、奥底に仕舞い込んだものを無理矢理にでも露わにしてくれる。
 
 例え惨めに思えても、過去の自分を否定出来ない。
 
 そうして、星川青葉だった頃の歓びも後悔も、全て受け入れられると青葉は思っていた。いや、むしろ、これで、自分は悔いもなく……という表現が近いかもしれない——
 
 
 
「昔の事だ、もう……」
 
 暫く沈黙した後、海途は青葉が期待してた通り、そう言った。
 
 それを聞いて、青葉も美化された夢物語は雨風に晒され、時間の流れと共に風化したのだと目に見えるように確認出来る。
 欠片を掻き集めても、意味は無い。
 自分だけが、一人取り残されていても、ただ流れのまま、同じく指先から零れ落ちる塵に代わり、何も無くなる。
 
 
 ただ、それだけだ——
 
 時間は、流れる——
 
 私一人、居なくても……——
 
 
 
 これでいい——
 
 
 
「……わだかまりは無くなった?」
 
「え……ああ、うん……」
 
「……じゃあ、もう帰るよ。体に障る……。お大事に」
 
 海途は素っ気なくそう言って、ゆっくりと踵を返し、ドアへ向かった。
 
 
 
 その背に、思う事は無いはずだった。
 もう、青葉の知るかつての人も居ない。
 
 それでも、青葉は目を逸らせない。
 
 何度も、何度も追いかけた——
 
 今は昔よりもより筋肉質で、大きく感じる——
 
 
 青葉が海途を呼ぶと、海途が必ず振り向いてくれるのを、過去の青葉は知っている——

 一体どんな顔で、振り返るのかも……——
 
  
 
 ダメだっ——
 言っちゃダメ——
 
 もし、口にしたら……——
 
 
 
 そう思っても、止めることが出来なかった。
 
 
 
「……橘くん」
 
 懐かしさが込み上げただけだったのかもしれない。過去の習慣が、不意に過っただけだったのかも——
 
 遠のく背中を見ることは、初めてじゃ無い。それなのに、まるで自分の意思とは関係無く、青葉はその背に海途の名前を呼んでいた。
 
 聞こえてないといい——
 途端にそんな小さな後悔もやってくる。
 
 
 海途の足は、ピタリと止まった。
 けれど、海途は青葉を振り返りはしない。
 
 
 
「……もし、……もし何も起きてなかったら、私たち……今も一緒に居れたと思う?」
 
 なぜ、そんなことを口走ったのか、青葉にも分からない。ただ、不思議と後悔は無かった。
 
 
 振り返らないままだった背が、一瞬の躊躇いの後、静かに青葉の方を振り返る。
 
 
 
 その顔は、先ほどよりもまた異質な、青葉の全く知らない海途だった。
 
 能面のように色も無く、表情も無い。 青葉の全身に、ゾクリと不気味な寒気が走った。
 
 
 
「……あの日、私、逃げたかったのか逃げたく無かったのか、未だに分からないの。忘れたいのに、絶対に忘れられない……。それでも私、あの時、どうしてたのかっ……」
 
 そんな海途を前にして、まるで言い訳のような、懺悔のような言葉を青葉は口にした。
 解決の仕様も無い過去の出来事——
 口に出すつもりは微塵も無かった。
 
 自身の奥底にある疑いと自己嫌悪を吐き出すつもりなぞ、青葉は毛頭も無かったのに……——
 
 なぜそんな事を口走っているのか、そんな青葉の疑念と困惑が、部屋中に張られたピンと張った糸を、よりきつく締め上げる。
 
 
 海途が分かるはずない——
 いや……分かるかもしれない——
 けれど、わざわざ自分から扉を開けてしまうなんて——
 
 
 青葉は、青葉の意思に反して溢れかえる濁流のような勢いを必死に抑え込もうとするが、制御しきれない。
 この胸騒ぎは一体何なのか、どうしてこんなにも一気に流れ込んでくるのか、自身の中でいくつもの激流が轟々と渦を巻く。
 
 
 ただ、海途の光の無い瞳だけが、何も映さず静かに青葉を見つめていた。
 
 
 
 
「……雨、まだ怖い?」
 
 そう海途はポツリと青葉に尋ねる。
 
 青葉は海途から目を離さず、戸惑いながらも、微かに首を上下して、何度か頷いた。
 
 
 
 そう、怖い……——
 本当は怖くて堪らない——
 誰かに聞いて欲しい
 叫びたい程、こびり付いて離れない
 本当は何が怖かったのか
 
 
 今も、ずっと、怯えている
 
 
 
「俺も……吐き気がする程嫌いだ……」
 
 海途の体が青葉の方へしっかりと向き直る。
 
 
「でも、俺は間に合わなかった。
 間に合ってたら……、もっと強引に青葉に会いに行ってたら……もっと、がむしゃらになって諦めなければ……。
 もし、αじゃなければ……って飽きるくらい考えた。だけど分かってたんだ。 ……何しても、どうしようもないって。 そして……いっそ忘れられたらって……思うようになった」
 
 
 海途はそう呟いて、仄暗い目に困惑する青葉の姿を映し出す。
 
 
「……青葉がこの先どう生きていくか分かる?」
 
 青葉は海途の抑揚の無い声に、ただ頷くか首を振るかでしか反応は出来ない。
 
「もっと絶望して、もっと傷付いて、孤独で惨めに生きてくんだ。いくら青葉が必死になったって、何も変わらない。  ……青葉は、Ωだから」
 
 青葉の目は大きく見開かれ、呼吸をするのも忘れた。けれど、海途は決して口を閉ざさない。
 
「なんで知ってるかって?たまたまだった、本当に。俺が青葉を見つけた時…… 青葉はカフェでバイトしてて、その日暮らしみたいな生活してた。本当に偶然だった。その時、青葉は何を持ってたと思う?」
 
 そう言って海途は一度顔を伏せ、そしてもう一度、今度は青葉を睨むようにしてその顔を上げた。
 
 
「Ω救済の……オークションの書類持ってた。もう、記入済みの……」
 
 
 頭を殴りつけられるような衝撃に、青葉の視界は大きく歪んだ。
 オークション——他人事のように聞いていたΩ救済を謳う人身売買が、まさか自分の身に起こるとは、この時の青葉は考えてもみなかった。
 
 そこまで未来の自分が自身の身を追い詰めるなぞ、記憶を失くした青葉は想像さえしていなかった。
 
 
 
「この先、青葉を待ってる人は居ない。 俺がこの目で確かめた。青葉は結局、そうやって生きていくしか無い。
 ……青葉の周りには、今も青葉を利用しようとか弄ぼうとする連中ばっかりだ」
 
 海途の青葉を映すその瞳に、先ほどとはまた違う何かが、暗がりの中から蠢き始める。
 
 
「オークションを止めさせる権利なんて俺には無い。それでも……青葉が青葉のままでいられるならって、俺も思ってた」
 
 海途はその体を一歩一歩、ゆっくりと青葉の方へ向かわせる。
 
「青葉が選んだ道ならって……」
 
 
 青葉の前までやって来ると、海途は足を止めた。そして青葉の顔に、自身の顔をグッと近づける。
 
 
「……言えよ、青葉」
 
 
 近付いたその距離に、かつての胸のときめきや懐古は無い。記憶とは全く違う感情が、青葉の中でまるでチグハグな錯覚を引き起こす。
 青葉が見上げるその顔は、薄らと笑みを浮かべていたが、目は一切笑っていない。
 
 
 その目は、全てを見透かすように、深く、鋭かった。
 
 
 
「なんで、俺をここに呼んだ?」
 
 青葉の体はビクリと不自然に体を揺らす。体は一際大きな寒気に反応して、鼓動が早くなる。それなのに、石のように硬直して、指一本でさえ動くことが出来ない。
 
 
「……」
 
 
「……いつも大事なことはいわない。
 10年前も、再会してからも……ずっと……。本当は、何を考えてるのか……」
 
 そう言って海途は体を屈め、また一歩、青葉に近づく。
 
 青葉の耳元に口元を近づけ、海途はそっと囁いた。
 
 
「今度こそはって、思ってるんだろ?
 その傷を作ったのは、自分だってとっくに気付いてるはずだ……。
 いい加減分かるんだよ。……身辺整理のつもり?
 ……また、自分だけ逃げるのかよ。自分の体だけ痛めつけて、助けてとも言わずに、全部自分で抱え込んで……」
 
 
 耳元から聞こえる声色は、全てお見通しだと青葉を嘲笑う。
 なのにこれ以上ない程悲し気で、青葉は反射的に海途の表情を確認したくなった。
 
 これは軽蔑なのか、それとも……——
 
 
 そう思って海途に向けようとした青葉の頭は、いとも簡単に制される。
 骨ばった大きな手は、青葉の頭を先ほどまでブーケを抱いていた自らの胸へ押し付けた。
 
 下に向けられた青葉の視界に、海途の片膝が映っている。
 一瞬の内に海途は青葉のベットへ片膝をついて、青葉に覆い被さっていた。
 
 
 その距離の近さに青葉がハッとしても、次の瞬間には芳しい香りに包まれる。
 調香を重ねられたであろう、香水の香り——
 
 けれどその奥には、懐かしい海途の香りが見え隠れする。
 込み上げてくる何かを、止める術は無かった。
 
 
 
「俺はαだ……。俺にはもう、これしか出来ない」
 海途の手にぎゅっと力が込められて、それは、ほんの一瞬の出来事だった。
 
 
「……っ待って!」
 
 青葉の息がヒュッと吸い込まれ、危機を察した時には、既に鋭い痛みが走っていた。
 
 
 
「っ————————!」
 
 
 
 青葉の髪を無造作に掻き上げ、海途は躊躇なく青葉の白い首筋にガブリと噛み付いていた。
 
 海途の鋭い歯が、青葉の首筋にしっかりと食い込む。
 
 
 
 流れてくる激しい電流のような衝撃——
 
 とてつもない興奮に体が小刻みに震える。そして、脳はこの上無く上質な温かさと幸福感に満たされた。
 
 それと同時に、2人が共に過ごしたかつての記憶が、走馬灯のように脳内へ映し出される。
 過去が現実に呼び起こされて、今の現実が幻のような錯覚さえ起こさせた。
 
 
 青葉の目は見えもしない白いフラッシュに眩んでいた。
 
 
 いくらかの正気を保てているのは、抑制剤のお陰かもしれない——
 そして、この幸福感——
 ただ、その幸福感には、どこか苦味の様な後味の悪さを遠くに感じる。
 
  
 たらりと垂れた一筋の血が、青葉の背をさっと伝った。
 
 
 確固たる絆が出来た——
 誰にも邪魔出来ない——
 
 なのに、なぜか張り裂けそうな程、胸が苦しい——
 
  
 
 青葉は浅い呼吸で肩を上下させる。
 青葉の首筋から歯を離した海途は、そのまま崩れる様に青葉の肩に自身の頭を預けた。
 
 
「……もう、青葉が知ってる俺は居ない。
 ……っ。……俺を憎んで。許さないで……。もしも何もかも嫌になったら、まず俺の事探して、殺しに来てよ……」
 
 海途の声は、震えていた。
 震えていたのは、声だけじゃない。
 歓喜の震え、でも無かった——
 
 
 結局、自分達は、αとΩであって、かつての自分達は夢物語同様、幻なんだと——これが現実なんだと、二人はお互いに突き付けてしまった。
 
 
 Ωの解放と訪れる激しい縛り——
 
 
 代償を払わなければ、青葉は自由にはなれない——
 
 
 海途は、知っていた。
 奪えば、青葉に自由を与えられる事を——
 
 
 だから、あの頃の二人はもう居ない——
 
 
 
 青葉の肩は重いまま、湿り気を帯びる。
 それは、青葉から流れ出た血ではない。

 
 
「……いつまでも雨の中じゃ、飛べないから」
 
 海途の声は、聞きとりずらく、ひしゃげた声をしていた。
 
  
 未だ指一本も動かすことが出来ない青葉の見開かれた瞳から、涙だけが滴り落ちる。
 今海途がどんな顔をしているのか青葉には分かる。けれど、青葉には、何一つ出来ることは無かった。
 
 
 
 もし自分が星川青葉であったなら——
 
 一体自分はどうしただろう——
 
 
 
 
 きっと——
 そんな顔しないで、と自身も同じ顔をして、海途の震える背を撫で、両手で、これ以上無いほどきつく、海途を抱きしめたかもしれない——
 
 
 
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