マスタードラッグⅠ〜アルター・エゴ〜

本城遊斗

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第一章 モルモットに利尿薬を与える

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 目を覚ますとそこは真っ白な部屋だった。
 見覚えはない。少なくとも自分の部屋ではないことは確かだ。
 八畳ほどの広さの部屋。隅には洋式トイレの便器、ロッカーが六個、そして堅牢そうな扉。あとはこのベッドを除き、何もない。
「まるで牢屋だな」
 と呟いた。呟くしかなかった。
 記憶を辿り、今の状況を整理してみる。大学に行こうとしたら、仮面の男にさらわれて、ここに拉致監禁されている。それならまさに最悪の状況だ。しかし、荒唐無稽ではあったが、意識を失う前の出来事から推測すると、それが一番しっくり来る。
「いやいや、そんな馬鹿な」
 とりあえずドアを開けようと思いベッドを降りる。そこで、自分の服装が変わっていることに気がついた。上下緑色のゆったりとした服だ。まるでこれから手術をする患者が着るようなもの、あるいはそれこそテレビで見たことのある囚人服に酷似していた。
 徐々に膨らむ不安に目を瞑り、ドアノブを引く。案の定びくともしない。二、三度引いてみるも結果は同じだった。
「そうだ。鞄は?」 
 一度気づいてしまうと駄目だった。別の不安が首をもたげる。より急速にそれは膨らんでいき、ついには溺れているかのような恐怖が俺を襲った。
 ベッドの影にはない。パニック寸前の俺はロッカーを開けようとした。しかし、その内5つには鍵がかかっており、祈るような気持ちで開いた最後のひとつのロッカーにそれはあった。
 この状況でようやく見慣れたものが視界に入りほっとする。間違いない。いつも大学で使っている鞄だった。中身を確認すると、財布もスマホも取られていたが、青、黄、赤のピルケースだけが残っていた。まあいい。これらこそが俺の求めていたものだったからだ。
 青色のピルケースから白い錠剤を一粒取り出し、口の中で溶かして飲み込んだ。
 不安を感じた時に頓服とんぷくするエチゾラムだ。三十分もあれば効いてくるだろう。薬の効果はまだ先だが、とりあえず薬を飲めたことで落ち着きを取り戻すことができた。
 俺は精神的に不安定なところがあって、普段から薬を手放せないのだ。情けないことに豆腐メンタルというやつだ。何とか治したいとは思っているわけだが……。
 さて、とはいえこれからどうしたものか。もう調べていないところはトイレくらいだった。とりあえず便座を上げたり、タンクの中を覗いてみるが、気になることはない。
 ポケットに両手を入れて天井を仰いだ。ため息をついた俺の右手にかさりとした紙の感触があった。何だろうと引っ張り出してみると、パーティの飾りで使われるようなただの輪っかだった。
「いや、違う。途中で捻ってある。これは――」
 背後で鍵の開く音がした。俺は言葉を切って振り返る。
 部屋に入って来たのは仮面の人物。俺をさらった張本人だ。今はスーツではなく白衣を着用していた。
 鉛のように重たい沈黙の中、俺たちはしばし見つめ合った。ロマンスのかけらもない対面だった。
「何だ……。一体誰なんだお前は?」
 慎重に言葉を紡いだ。声が震えているのが自分でもわかる。
「メビウスですよ」
 くぐもった声でメビウスは言った。その声質を脳で検索するが、ヒットしない。仮面をつけているせいもあるだろうが、聞き覚えのない声だった。男の声ということしかわからなかった。
 俺は再び右手の輪っかに目をやった。途中で捻れたそれはメビウスの輪だ。この輪っかのある地点から線を引いていくと、やがて裏側に到達するが、最後は元の位置にまで戻って来てしまうという性質をもった不思議な輪のことだ。
「や、俺が聞いているのはあんたの名前なんだが……」
 少し苛立ちを込めて言ってみる。
「だから、メビウスですよ。ちなみにあなたが持っているのはメビウスの輪でしょう。ご自身で作られたんですか? それより、もうあなた以外は全員ホールに集まっていますから、ついて来てください」
 俺はしばし逡巡した後、何の役に立つかもわからないメビウスの輪をポケットにねじ込むと、その輪と同じ名前を名乗る男を追って外に出た。もちろんピルケースも忘れずにズボンのポケットだ。
 廊下には同じような扉が六つあった。廊下を挟んで対称に三つずつだ。おそらく中は同じような造りなのだろう。ドアに1から6までの数字が書かれたプレートがあり、俺がいたのはどうやら6号室らしい。
「あの、俺は両親もいなくて……、身代金とか期待できないと思いますよ」
 背後からカマをかけてみる。メビウスは肩を揺らしてくっくと笑った。
「金目当ての誘拐じゃありませんよ。あなたは選ばれたんです。知っていますよ、あなたのことは……。ようく、ね」
 表情が読めない分、不気味さが倍増だった。頭部にすっぽりとニット帽を被り、その上から仮面を被っているため髪型さえもわからない。目と鼻の部分に穴が空いているが、素顔を判別することはできなかった。
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