マスタードラッグⅠ〜アルター・エゴ〜

本城遊斗

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第一章 モルモットに利尿薬を与える

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 俺たちは廊下から食堂に入り、大きな扉を開けると広いホールに出た。何故部屋の名前がわかったかというと、食堂にもホールにもご丁寧に扉にプレートが掲げられていたからだ。それぞれ「食堂」、「ホール」といった具合にだ。しかし、違和感を感じる。これは誰に対する案内なのだろうか。
 しかも、ホールの高い天井を見上げると、パトカーのランプを逆さまにしたようなものがいくつもくっついている。さっき通り過ぎた部屋や廊下にも同じものがあった。これは監視カメラなのではないか……。
「さて、彼らが他の被験者ひけんしゃですよ。これから五日間、仲良くしてください」
 メビウスが指し示す方向を見ると、男が四人集まっていた。全員が俺と同じ上下緑のスクラブを着ている。しかし、そんなことよりも聞き慣れない単語があったぞ。
「被験者? なあ、どういう――」
「ちょっとぉ! やめてっ。触らないでっ!」
 突如、ホール響く女性の声。最初は男たちの陰に隠れて見えなかったが、少し横に移動するとその姿を確認することができた。
 男は俺を含めて五人、女が一人。全部で六人。さっきの部屋の数と一致する。しかし、一体何のために集められた六人なのだろうか。そして、どう考えても彼女と男たちの間には何やら不穏な空気が流れているし、どう見ても男たちからは粗野でガラの悪い雰囲気が漂っていた。日常生活ではまず近づこうとはしないだろう。
 メビウスが意に介さず近づいていくので、俺もそれに倣った。言い争いの声がはっきりと聞こえてくる。端的に言うと、婦女暴行させろという下衆な要求を突きつけているようだった。
 止めないのか、とメビウスへ視線を送ったが、彼は成り行きをじっと見守っているだけで動こうとはしない。その間にも男たちの行為はエスカレートしていく。髪を掴み、馴れ馴れしく腰に手を回す。
「やっ、痛いわね! いい加減にして! 警察を呼ぶわよ!」
 ドッと笑い声がホールに反響した。導火線に火がついたダイナマイトを見ているような気分だった。爆発は近い。
 俺が頭の中のマイルールを参照し、どう動くべきか決めようとした時――。
「よく見ていてください双海ふたみさん。ルールを破るとこうなります」
 メビウスがそう言った瞬間、男たちは呻き声を上げて床をのたうち回った。吐瀉物を撒き散らし、何もない虚空に手を伸ばすその様は、俺にピカソのゲルニカを連想させた。
 狂騒の後、ホールが静寂に包まれた。彼女を中心にして花が開くように倒れた四人は、白目をむいたままもう動かなかった。
「お……、おい」俺は唾をごくりと飲み込んだ。「これって死んだんじゃ?」
「そうですね」メビウスは平然と言い放つ。「私の許可なしに暴力を振るうことは禁止されています。この臨床試験において私の定めるルールは絶対です。違反すればその首輪から毒が全身に注入される仕組みになっています。彼らには既に告知済みだったんですが、人の言語を解さないチンパンだったようですね」
 その首輪と言われて初めて、俺は首元に手をやった。指先に硬質な感触。凄惨な顔で倒れた四人の首にも、呆然と立ち尽くす彼女の首にも同じものがあった。飾り気のない銀色の輪を嵌められて、毒蛇に生殺与奪の権利を握られているような気分になった。
「それでは、臨床試験を始めましょう」
 メビウスは両手を広げてそう言った。仮面の下の表情が分からないのは相変わらずだが、俺には笑っているように思えて仕方がなかった。
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