明敏犀利の蒸気歯車機関(めいびんさいりのスチーム・ギア)Ⅱ シャーウッド・ローズと萌木のロビンフッド

野村だんだら

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1その7

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「さて、事故当時の状況について、何が起きていたのかを整理してみましょうか」
 部屋に移って、暖炉の前でロッキングチェアに身を委ねながらパイプをくゆらせつつマギエラが話を始める。彼女は、口が寂しい時にパイプを吸うことも多いが、考えをまとめる時にも口を付けている気がする。
 ミリア・ウォルターズがコレット女史の紅茶を用意し終えたところで、マギエラは再び口を開いた。
「グレンの報告書によると、連続少女殺害犯であるジョルジ・アンリ・シャルダンを乗せた警察の移送車両は、イーストスミスフィールドつまるところセント・キャサリンズドック前の道での検分を終えた後、ペニントン街を通ってロンドンドック埠頭に着けたわ。自動車の馭者――運転手はネイサン・フォン・インメルマン巡査。グレンの信頼も厚い、真面目な警察官という評価のようで、件の連続少女殺害事件でも熱心なくらい捜査に当たっていたわ。チハヤとミリアも、ドローイング・ドロシーことドロシー・エミー・コールマン殺害の現場で会っているし、その後も何度か顔を見ているわよね」
 首を傾げるミリアである。
「ほら、暴れるあなたを羽交い絞めにしたでしょう?」
「ああ、あの時どさくさに紛れて胸を揉んできたスケベ巡査ね!」
 胸に触れたのは不可抗力だったろうに、なんともあんまりな認識である。
 ふと、マギエラが咳払いをした。
「スケベかどうかはともかく……小児性愛者とまでは言えなくとも、それに近い気はあったかも知れないわね」
「どういうことだい?」
「分からない? それとも憶えていないだけかしら? ドロシーは可愛いと評判の娘だったわけだけれど、インメルマン巡査は、そんな彼女に何度も絵を描いてもらうよう頼んでいるのよ。美少女に真剣な目で見つめてもらえるだなんて、そんな理由で似顔絵やデッサンを頼む男性客が多くいた中で、彼もそうした客のひとりだったのよ。もちろん、彼女の才能に惚れこんでいたという可能性も否定はできないのだけれど」
 なるほど、言わんとするところは理解した気がする。
「下心が無かったとは――巡査がドロシーに惚れていた、その可能性がまるで無いとは――言い切れないね」
「そう。そして、そんなインメルマン巡査が埠頭に着けた途端、歯車機関が暴走を起こしたわ」
 テムズ川に落ちそうになる移送車両。中には、ドロシーを殺したシャルダンが手錠で繋がれている。ブレーキを踏めば最新式の自動車は止まることが出来るが、そのままにしてしまえば、可愛がっていた少女を殺した憎い男を、自らの手で葬り去ることが出来る。
 どうせ絞首刑が決まっている男だ。一瞬の判断とはいえ、インメルマン巡査は悩んだことだろう。
「結果として、シャルダンは溺死したわ。原因は、ネイサン・フォン・インメルマンがブレーキを踏まなかったから」
 溺死であれば、絞首刑よりも多くの苦痛を与えることが出来る。インメルマン巡査に動機があるとすればそこだろうか。
「……消極的殺人、と言えるかしらね」

 翌日の新聞に、移送車の事故原因が掲載された。「暴走車両に動揺した巡査の操縦ミスで、事前知識のなかった氏に事故の回避は不可であった」とのことである。
 インメルマン巡査が、法の裁きを受けることはなかった。

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