明敏犀利の蒸気歯車機関(めいびんさいりのスチーム・ギア)Ⅱ シャーウッド・ローズと萌木のロビンフッド

野村だんだら

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2その4

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 して、デイリー・テレグラフ紙は、倫敦のロビンフッドについて、次のように書き記していた。

『先月末にウィリアム・フレイザー氏を、今月四日にはハンス・フォーチュン氏を、八日にはジョゼフ・ブラント氏を、それぞれ弓矢を用いて殺害してノッティンガムシャー州の人々を震撼させている現代のロビンフッドこと「萌木のロビンフッド」が、どうやら昨日九日の夜、倫敦に現れたようである。
 犯人――以後「萌木のロビンフッド」と称す――は、これまで炭鉱関係者を襲っていたようだが、今回の標的は異なった。というのも、狙われたのはオーキッド商会に雇われているプラント・ハンター「アーサー・ヘンリー・ウォルコット氏」であったのである。
 ウォルコット氏は、オーキッド商会の栽培園に居たところを弓矢で射られ、足を怪我したとのことであるが、幸いなことに命に別状はないとのことである。弓を持つ人影を見たというウォルコット氏によると、萌木のロビンフッドはフードで顔を隠し、ゆったりとしたシルエットのズボンを穿いた「少年、ないし小柄な男だろう」とのことだ。萌木のロビンフッドは非常に身軽のようで「弓を射ると、栽培園の木から木へと飛び移って、敷地の外へと逃げていった」と氏は証言している。
 ウォルコット氏が狙われた理由は不明であるが、あるいは、オーキッド商会は先日シャーウッド・ローズの最後の苗木を枯らしてしまったことを報告しており、これが理由ではないかと筆者は考えているが、警察は考えを明らかにしていない』

 また、デイリー・ニューズ紙はこうである。

『ノッティンガムシャーで支持されている現代のロビンフッドこと「萌木のロビンフッド」がロンドンにも現れたようだ。というのも、オーキッド商会のプラント・ハンター「アーサー・ヘンリー・ウォルコット氏」が弓矢で射られるという事件がチェルシーにある商会の栽培園で昨夜発生したのである。
 先月末から今月の八日にかけて三人の炭鉱関係者を襲い殺害してきた「萌木のロビンフッド」であるが、此度は失敗したか、あるいは手心を加えたらしい。というのも、ウォルコット氏は足に軽い怪我をしただけで死亡には至らなかったのである。
 また、現場から逃げ去る「萌木のロビンフッド」は軽業師が如く身軽であったらしい。木から木へと飛び移っては瞬く間に現場から逃走してしまった、とウォルコット氏が証言しているのである。フードを目深に被り、ゆったりとしたシルエットのズボンを穿いた、少年ないし小柄な男を見たとも氏は話しているが、これは「萌木のロビンフッド」の初めての目撃証言となっており、今後、警察による捜査が急速に進むことが予想される』

 その後、デイリー・クロニクルにスタンダード、ペル・メル・ガゼット紙をそれぞれ確認したものの、目新しい情報はほとんど無かった。しいて注目すべき記事を挙げるとすれば、ペル・メル・ガゼット紙がテレグラフに次いでシャーウッド・ローズに言及しており、その内容が少々過激であったことだろうか。

『……八日の記事でシャーウッド・ローズの最後の苗木を枯らしたことを嘆いていたオーキッド商会であったが、此度の襲撃は、おそらくそれが理由であろう。「マリアンの恋人」とも称される薔薇に似た美しい花を咲かせるこの植物の、葉や花の蜜は、様々な難病に効く可能性があるとして注目されていた。数少ない希少な植物の苗を、シャーウッド・フォレストから根こそぎ持ち出してその全てを枯らした、ウォルコット氏に「萌木のロビンフッド」が義憤を覚えたとて誰が責められようか……』

 と、いう主張である。恨まれても仕方がない、とでも言いたげな塩梅の書かれようなのだ。
「オーキッド商会、って……もしかして強引な会社なのかい?」
「強引? いいえ、オーキッドの収集と栽培、品種改良で巨額の富を築いた会社で、真面目な会社のはずよ。蘭科植物便覧の発行でも業界に貢献しているし、ね。まあ、でも、オーキッド・ラッシュで身を滅ぼした人も多いでしょうから、恨みを買うことがまるで無いとは言い切れないけれど……」
「オーキッド・ラッシュ……?」
 なんだそれは。
「ゴールド・ラッシュに沸いた時代があったように、人々がオーキッドに熱狂した時代があったのよ。蘭科の植物が豊富に生息している熱帯低緯度地域は、十九世紀後半当時は金鉱脈に例えられたくらいだわ。
 美しく珍しくそして豪華な蘭の花を見つけることが出来れば一攫千金も夢ではない、そんな状況にあって、植物にたいした興味もない人々をも巻き込んでの、蘭の争奪戦が南米や東南アジア地域で行われたのよ。そうした人々を、特にオーキッド・ハンターと呼んだわ。蘭に泣き蘭に笑う人々が現れたとなれば、成功者たるオーキッド商会を逆恨みしている人々がまるで居ないとは、とても言い切れないでしょう?」
「たかが単なる植物に、そんな大袈裟な……」
「それが、単なる植物ではなかったのよ。採集地と採集した植物を独占する為に森を焼いたプラント・ハンターも居たくらいなのよ。オーキッドは、それほどまでに人々を魅惑したの。――いいえ、今も魅了し続けていると言っても過言でないわ。オーキッド商会は今でも蘭の収集に熱心だし、ロウ商会、ロッディジーズ商会、サンダー商会、トムソン兄弟社……数々の園芸商社が蘭の収集の為に、今も各地にプラント・ハンターを派遣しているの。チハヤが言う『たかが植物』に、そこまでしているのよ」
 ……ううむ。なんだか、規模の大きな話だと言うことだけは理解できた気がする。
「すると、だよ。シャーウッド・ローズを枯らした、というのは……蘭ではないにせよ、とても不味い事のように思えるんだけれど」
 どうなのだろうか。疑念を払拭できない千早に対して、マギエラはこう言い切った。
「そうね。人によっては――殺したいほどに憎むことだってあるでしょうね」

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