明敏犀利の蒸気歯車機関(めいびんさいりのスチーム・ギア)Ⅱ シャーウッド・ローズと萌木のロビンフッド

野村だんだら

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2その5

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 ミス・キャロリンがチェルシーの宿を引き払ってやってくるのと時を同じくして、コレット・マグヌス女史が、約一週間ぶりにフェアリーズ・シェルフに顔を出したとあって、昼を過ぎてからのマギエラの機嫌はすこぶる悪くなった。
「どうしてあなたっていつもそうなの? わたしを放ったらかしにするのもそうだけれど、チハヤのことまで放っておいて! 責任感とか義務感とかは無いの?」
「そう言わないで、わたしにも色々と仕事があるのよ。マサズミのことは……師として悪いと思ってはいるのよ」
 ホゥ、とため息をついて少々疲れた様子を見せるマグヌス女史は、マギエラの定位置であるはずのロッキングチェアに陣取ると、ミリアを見て「暖炉をお願い」と。遠慮がない。
「寒い……ですか?」
 目をパチクリさせているミリアである。
「うーん……普段いる研究所が蒸気やら火やらで熱いから、寒く感じるのかしらね」
「わたしの部屋なんだから、暖炉に火を入れるかどうかはわたしが決めるわ」
 マギエラはすっかり反抗期の子供である。
「まあ、そう言わずに、ね。ほら、キャリーも急な雨で濡れてるみたいだから」
 マギエラとコレット女史の口論に臆して入室を躊躇っていた様子のミス・キャロリンに気付いて、ミリアが、メイドらしく部屋へと通している。今日も彼女が濡れているのは、先程のにわか雨が理由だろうか。
「ええと……わたし、お邪魔じゃないかしら?」
 ミス・キャロリンの肩身が狭そうだが、それもそうだろう。目の前に、英国の至宝と名高い蒸気機巧術技師コレット・アンナ・マグヌスがいるのだ。緊張しない方がおかしい。とはいえ「クシュン」とくしゃみをされては、遠慮してくれと言う人などいるはずもない。
 コレット女史が席を立った。どうやら暖炉の前を譲るつもりらしい。
「さ、座ると良いわ」
「いえ、あの……立ってますので……」
 良いからいいから、と座らせるコレット女史である。それから、ふとミス・キャロリンの顔を見た彼女は、ニコリとした。
「あら? あなた、可愛いわね。マギエラのお友達?」
「あ、ええと……キャロリン・リー・ローリンソンです。エリーとは、昨日知り合ったばかりで、今日からこちらの下宿にお世話になる予定なんです」
「あら、それはいいわ。魔術の素養も高そうだし、あなたにその気があるなら、そこのマサズミ・チハヤのついでに色々と教えてあげるわよ」
「え? あの……え? 魔術、ですか?」
「わたし、魔術的素養と容姿には密接な関係があると考えていて、ね。そこのメイドちゃんもそうなんだけれど、あなたにも蒸気機巧術技師の素養があると思うの。まあ、急にこんなことを言われても戸惑っちゃうと思うから、しばらく考えてみてね」
「え、ええと。はい……はい?」
 ミス・キャロリンは寝耳に水、と言った塩梅である。無理もない。
「この人、可愛い子を見るといつもそう言っているから、あまり真に受けない方が良いと思うよ、キャリー」
「あら、わたしはいつも本気なのよ?」
「はい、はい。わたしはこの通り、普通のしがないメイドですよ」
 一方で、慣れた様子のミリアは薪をくべて暖炉の準備を始めている。彼女は、これまでにいったいどれほど誘われているのだろう。マッチを擦って火をつけたところで、ミス・キャロリンを振り返った。
「服が乾いてからでいいから、部屋は、三階に空きがあるからそこを使ってね。それと、分からないことはキーン夫人か……まあ、わたしに訊いてもらってもいいかな。あと、三階の物置部屋の鍵は失くしちゃってるらしいから、使いたいならわたしが開けるから言ってね」
 ミスキャロリンが不思議そうに首を捻った。
「失くしちゃってるのに……開ける?」
「空き巣くらいはしたことあるのよ、わたし。足は洗ったけど、まあ……得意だから、ね?」
 悪戯っ子のように舌を出すミリアだ。
「ミリアも苦労したのね……」
「普通よ、ふつう。ロンドンの貧民街では、ね。だから、キャリーはイーストエンドに近寄っちゃダメよ」
「うん、ありがとう……」
 暖炉の火にあたって、ウトウトと舟をこぎ始めるミス・キャロリンである。疲れているのかもしれない。寝るのも時間の問題だろうか。
 メイド稼業も板について来たミリアが、パンッと手を叩いた。
「さて、濡れたまま寝ると風邪を引いちゃうからダメよ。そうだ、キャリーが寝ちゃう前に、お茶にしようかしらね」
 うむ、如才ない。

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