明敏犀利の蒸気歯車機関(めいびんさいりのスチーム・ギア)Ⅱ シャーウッド・ローズと萌木のロビンフッド

野村だんだら

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3その4

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 大きな木造の玄関扉をグラント警部がやや乱暴にノックをすること、三度。少々待たされたものの扉は無事開いて、使用人と思しき中年の男が姿を現した。
「騒々しいと思えばロンドン警視庁スコットランドヤードのお方……ですか。少々お待ちください」
 開いたはずの扉が閉まってしまう。すると、マギエラが不機嫌な顔になった。
「……グレン、当主に話を通していないの?」
「手紙で連絡は差し上げてあるのだが……なにぶん、こちらも警護に人数を割けないとあって、直接の連絡は取っておらんかったのだ」
 グラント警部の言うように、倫敦警視庁からの警護の人員は、警部が一人とハンサム・キャブを運転してきたインメルマン巡査が一人で、計二人。そこに千早が加わる形である。神出鬼没の殺人犯を相手にするには、少々心許ないことは言うまでもない。警部が直接の説明を渋ったのも、その辺が理由だろう。相手方に変に期待を持たせても悪い、というわけだ。もちろん、警察の面子もあるには違いない。
 しばらくして、再び扉が開いた。「どうぞ」と、入っても良いらしいが……、
「ジャン・ハーバート・オーキッド氏はどちらですかな?」
 出迎えたのは先程の使用人だけで、当主の姿が見当たらないのである。
「ジャン様は、しばらく前から体調を崩しておりまして……この場で直接ご挨拶が出来ませんことを、どうかご理解の上お許しください」
「なるほど、そうした事情でしたか。あとで御挨拶申し上げても?」
「もちろんですとも。そちらのお嬢様方も、どうかお会いになって下さいませ。きっとお喜びになります」
「ええ、そうさせていただくわ」
 コレット女史がスカートの裾を摘まんで優雅にカーテシーをしたところで、使用人が目を丸くした。
「コ、コレット・マグヌス様でしたか。お待たせしてしまい申し訳ございません、早速お部屋をご用意いたしますので……」
「そうした歓迎は構わないでちょうだい。それよりも、わたしの造らせた温室が見たいわ。わたしとそこの綺麗な彼女は、この警官に付いて来ただけで、目的はアーサー殿の警護ではないの。いいわね?」
「わ、わたくしめの一存ではなんとも……アーサー氏を呼んで参りますので、しばしお待ちください」
 コレット女史の来訪は想定の埒外であったのだろう、明らかに狼狽した使用人は、礼節の一切も忘れた様子で踵を返すなり駆けだそうとする。するとそこへ、奥の階段から声が飛んで来た。
「フレッド、そう慌てるな。わたしはここに居る。ご婦人方を待たせるなどするでない」
 使用人の名はフレッドと言うらしい。して、階段を降りてきたのは三十歳ほどの若い男で、杖を付きつつ左足を引きずっていた。脚に怪我をしているらしい。ということは、彼がこの農園の管理を任されているプラント・ハンターのアーサー・ヘンリー・ウォルコット氏なのだろう。
 時間をかけて慎重に階段を下りきったアーサー氏は、平身低頭といっても過言でないほどに恐縮し切った様子で、開口一番に頭を下げた。
「コレット女史、お久しぶりにございます。このような姿での歓迎となり申し訳ない。というのも先日、脚に矢を受けてしまいましてな」
「そこの警部さんに付いてきたのよ、それくらい知っているわ」
 肩をすくめて言うコレット女史である。「それで、当主に挨拶をしたら温室を見て回りたいのだけれど、いいかしら?」
 すると、アーサー氏は困惑した表情を浮かべた。
「温室を、ですか? 順調に稼働しておりますが……何か気になることでもありましたでしょうか?」
「違うわ。ただ、弟子を採りたいと思ってね、わたしの造らせた機巧を見せたいのよ。彼女、植物が好きなみたいだから、きっと興味を持ってくれると思っているの」
「弟子、ですか。お若いのに、素晴らしい事です。オーキッドの御当主も、養子を取るなりして跡継ぎを用意できていればよかったのですが……」
「あら、そんなに悪いの? まだ四十も手前でしょうに」
「ここだけの話にはなりますが……もって数年、と言われておりまして」
 すると、結核か何かだろうか。おいたわしいことだ。
「前は元気そうだったのに……挨拶は手短に済ませた方が良さそうね」
「お心遣い、感謝します」
 帽子を脱いで、敬意を示すアーサー氏だ。「……ところで、お弟子様はどちらに?」
「警部さんの要望で警護に来た、そこのマサズミと……あら?」
 振り返って、苦笑する。「あの子、ったら……ミス・キャリー、いらっしゃい」
 コレット女史が呼ばう。と言うのも、ミス・キャロリンは庭の草花を見ていたのである。
「え? あ、すみません……つい」
 頬を染めて恥ずかしそうにしつつ、こちらに寄って来る。すると、アーサー氏の表情が変わった。目を見開いて、明らかに驚いた様子を見せたのだ。
「え? もしや……ミス・キャロリン・ローリンソンですか?」
「ごきげんよう、ミスター・アーサー・ウォルコット」
 一方でミス・キャロリンは、はにかみつつカーテシーで応じている。アーサー氏を知っていたらしい。これには、コレット女史が目をパチクリさせた。
「あら、知り合い?」
「アーサーの奥様のマリーさん……ええと、マリアンヌさんが、エドウィンストーの――ノッティンガムシャー州の田舎村の出身で、わたし、彼女には良くしてもらっていましたので、その縁でちょっとだけですけど」
 なるほど。アーサー氏を知っていると言うよりは、その妻をよく知っている、といった塩梅の仲らしかった。
「それで……マリーさんは、こちらには居ないんですか?」
「先日までは妻もここに滞在していたのだけれど、今はエドウィンストーの実家にいるよ。と言うのも、わたしが矢を受けてしまったからね。念のため、避難してもらったんだ」
「まあ、無難な判断ですな」
 グラント警部がそう言う傍らで、ミス・キャロリンはやや残念そうに肩を落としていた。
「そっか、巻き込まれても大変ですものね……」
「彼女の実家に妻が向かう旨を電報で知らせたところ、そろそろ孫の顔を見せろ、と義父や義母からは苦言を貰ってしまったけれどね」
「結婚して四年……でしたか?」
「そうだね。けれど、わたしが南米や東南アジアに行ってばかりいるから、妻との時間が作れなくて、ね……。イギリスに戻ってからのノッティンガムシャーでも、外来種があると聞いては植物採集ばかりしてしまったし」
 途中までは哀れみの目で見ていたミス・キャロリンが、呆れた表情に変わった。
「ノッティンガムシャーでも、って……それは酷いですよ。もっとマリーさんを大事にしてあげてください」
「だ、大事にしていないわけじゃないんだよ……?」
「どうだか」
 ムッとした顔を見せるミス・キャロリンに狼狽しているアーサー氏である。そこへ、コレット女史からも「酷い人ね」と援護射撃が加われば、彼は、両手を挙げつつその場から一歩も二歩も後退って、降参の意を示した。
「どうやら、わたしが悪いようだ……」
 妙齢の女性二人から責められ弁明を諦めたアーサー氏は、屋敷の案内を始めることにしたらしい。「まあ、立ち話もなんだから……」とて、グラント警部を先頭に、奥へと通しはじめた。

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