明敏犀利の蒸気歯車機関(めいびんさいりのスチーム・ギア)Ⅱ シャーウッド・ローズと萌木のロビンフッド

野村だんだら

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3その3

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 一筋ある道を奥の方へと進めば農園の管理棟兼屋敷があるとのことで、オーキッド商会の栽培園の中を、グラント警部が運転する自動車が、左右の草花を傷付けないよう慎重に進む。すると、自然とゆったりと遊覧走行することになるわけで、
「わっ、スノーフレークだ。かわいい」
「わぁ、綺麗なカトレア。いったい何色あるのかしら」
「あのデンドロビウム、もしかしたらキンギアナムかしら」
「あ、あの温室に有るの、きっとゴクラクチョウカだわ」
 などと、ミス・キャロリンが興奮した様子で、今もキャビンの車窓から身を乗り出している。天真爛漫で実に微笑ましい。
 しかしながら、である。
「よく見えるね」
 複数の温室を有している栽培園であるが、ミス・キャロリンが指をさしている温室までは、ざっと見積もっても五十メートルは離れているように思える。それを、車内から花の種類までをも見分けるとなると、並の視力ではない気がした。
「だって、特徴的な花ですよ? 分かりませんか?」
 ミス・キャロリンの言うゴクラクチョウカ――極楽鳥花――は、その名の通り、極楽鳥の頭部にそっくりな花を咲かせる植物だという。バナナと同じバショウ科の植物で、フランシス・マッソンの手によって十八世紀に南アフリカからイギリスにもたらされのだとか。当時は「イギリスにもたらされた最も珍しい、最も華麗な花のひとつである」と評されもしたのだという。
 そんな説明を受けたが、さっぱり分からない。千早は、植物にまるで造詣が無いのだ。
 ところが、ふとそうした中で、見覚えのある植物を道端に見つけた。まだ花期でないため花こそ咲いていないが、故郷の庭に植わっていたので葉と茎だけでも辛うじて分かる。真っ直ぐに伸びた花茎に螺旋を描きながらピンク色の小花を付ける、ちょっと変わった見た目をした植物である。
「あれは分かるよ。日本でもお馴染みの植物で、ネジ花だね」
「ネジ・バナ? へえ、日本ではスピランテスSpiranthesをそう言うのね。あれも、ああ見えて蘭なのだそうよ」
 言って、興味深そうにしているミス・キャロリンである。
 して、そうこう話しているうちに、色や容もとりどりのカトレアやらデンドロビウムとやら蘭科植物等の、咲き乱れる栽培園の筋道を抜けて、ここの管理棟だろう屋敷が、木立の隙間の向こうに見えて来た。ざっと外観を確認したところ、今見えている部分は建物の裏手側で、簡素な造りではあるものの四階建てのようだ。各階の雨樋に沿うようにして設置された蒸気送配管からは、各部屋に蒸気機巧が備え付けられているだろうことが容易に想像できた。
 建物の脇を抜けて、自動車をぐるりと転回させれば、イロハモミジらしき大木が見えて、グラント警部はこれを避けつつ自動車を、屋敷の正面、車寄せの脇に着ける。
「なかなかに立派な『モミジ』……メープルですね」
 キャビンを降りつつ大木を振り返って、思わず声が漏れる。紅葉の時期が楽しみになると言うか、深く郷愁を誘われた。
「マサズミ、エスコートをお願いしてもいいかしら」
「もちろんです」
 師に言われて断る弟子がどこに居ようか。
 それから、マグヌス女史に続くかたちでミス・キャロリンを自動車のキャビンから降ろしていると、彼女もまた一本の大木を振り返った。
「おそらく……ですけれど、ジャパニーズ・メープルだと思います。深く切れ込んだ葉っぱの特徴が、一般的なフィールド・メープルのそれとは異なりますし、窓からも良く見える位置に植えてあるということは、植えた当時――たぶん十九世も前半頃――には、それなりに珍しくまた見栄えのする植物だったのだろう……と、推察できそうです。今でも、名立たる植物園に行かないと見られないはずですし、枝が三階を越えて梢の先が四階にまで届くような、これだけの大きなジャパニーズ・メープルとなると、ロンドンと言わずイギリス国内でも珍しいのではないでしょうか」
 見惚れているからか静かな口調だが、枝葉を見上げている目からは興奮が伝わってくる。
「左右のメープルもなかなかに立派ね」
 とは、マグヌス女史の言である。大木の他にもフィールド・メープルの高木が、窓からよく見えるだろう位置に植わっているのだ。樹高にして十五メートル弱と言ったところだろう。木々の位置関係からして、同時期に植えた三本のうち、中央のイロハモミジジャパニーズ・メープルだけが大きく育ったといった塩梅だろうか。
「これでけ大きな『モミジ』は日本でもなかなか見られないので、圧巻ですね」
 さすがは英国を代表する園芸商社と言ったところか。きっと、一階か二階辺りにサロンでもあって、このモミジを見ながら商談を進める等もするのだろう。
 そう思って建物を見上げると、各階に窓は基本七つあるようだ。位置関係からして各階の部屋割りは、正面窓側に三部屋、その奥は廊下と言ったところだろうか。正面左手側の二部屋は窓が二つ、右手の一部屋は窓が三つ、という構造のように見える。
 とは言っても、例外はある。正面に見えている、一階と二階の中央付近の窓だけが窓二つでひとつ分という、大きな出窓構造になっているのだ。三階と四階部分は窓枠こそ凝った意匠になっているものの壁に埋まるようなのっぺりとした造りなので、やはりサロンなり応接室なりが階下にあるのだろうか。
 して、窓三つ分はあるだろう幅広の正面玄関は、建物右手側にあって、古代ギリシアの神殿を思わせる荘厳な意匠の車寄せが特徴的だ。とはいえ、装飾は神話の神々ではなく植物――様々な蘭とシダ等の葉が美しい植物である。
「流石はオーキッド商会の栽培園ね。管理棟まで豪奢だわ、使用人小屋まであるだなんて」
 声に振り向けば、ハンサム・キャブからマギエラが降りるところだった。グラント警部いわく、馭者はネイサン・フォン・インメルマン巡査だそうだ。彼が今回の警護に充てられたのは、以前の事故が原因で、いわゆる左遷人事であるとのことであった。とはいえ、マギエラのエスコートはミリアがしている。
「使用人小屋?」
 何処にそんな物が、と思って視線を巡らせれば、管理棟の右手側に造られた生垣の、裏に隠れるようにして平屋の建屋が垣間見えていた。なるほど、質素な建物は客人の目に触れないようにしているらしい。郷紳の美意識というやつだろうか。メイドや使用人は、基本的に「居ない者」が原則であるらしいのだ。
「ああいうのを見ると、憂鬱になるわね……」
 ミリアがげんなりしていたが、おそらく心配はいらないだろう。彼女の格好は豪奢なエプロンで自らを飾り立てた、いわゆるパーラーメイドだ。客人や主人の前に姿を現すことを仕事とするメイドなのである。それも、年端もいかない少女となれば、居ない者扱いされることはなかろう、というわけだ。

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