明敏犀利の蒸気歯車機関(めいびんさいりのスチーム・ギア)Ⅱ シャーウッド・ローズと萌木のロビンフッド

野村だんだら

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4その2

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「シャーウッド・ローズのスケッチかい? 何処にだったか、仕舞ってあるから……ちょっと待っていてもらえるかな」
 普段は接待に使われるのだという、出窓が特徴的な二階中央のサロンに通されたところで、ミス・キャロリンがアーサー氏にスケッチの有無を尋ねたらしい。使用人のフレッド氏に先んじてバルブを捻っては照明の機関ランプを点灯させつつ、入った戸口から右手側にある本棚に近付いたアーサー氏は、「たしかこの辺りに……」と呟いて、しばらくすると何枚かの紙を持ち出して戻って来た。
「マチルダ・スミス女史が描いたものではないから、ボタニカル・マガジンにも載せられていない貴重なスケッチなんだけれど、キミはエドウィンストー出身だからね。特別に見せてあげるよ」
「ボタニカル・マガジン、ですか?」
 目を丸くして驚いた様子を見せていたミス・キャロリンは知っているようだが、千早には初耳である。
「まあ、普通の人は知らないよね。まして日本人ともなれば、無理もない」
 聞けば、カーティス・ボタニカル・マガジンとは一七八七年から発行が開始された植物画雑誌ということだった。キューガーデン――王立植物園で働いていたウィリアム・カーティス氏が創刊したという、歴史と権威のある雑誌らしい。現在は、マチルダ・スミスという女性が図版を担当しているのだとか。
 そうした説明を受けてから書架に目を向ければ、それらしき雑誌がびっしりと敷き詰められているのが分かる。許可を得て一部を手に取らせてもらえば、豪奢な植物画が美しい雑誌であることが理解できた。植物に関する説明文も添えられて有るにはあるが、おそらくメインは図版の方であろう。
 買って日本に送れば、きっと千颯が喜びそうだ、と思う。とはいえ学術書ともなれば高価だろうし、難しいだろうか。
「うーん、ポストカードでもあれば……」
「おや、故郷に送りたいのかい?」
「え? はい。図版が美しいので、もしあれば許嫁が――幼馴染が喜びそうだと感じたもので」
「今、手元にスミス画伯の物はないが……わたしの古いスケッチで良ければ差し上げるよ。日本の女性に贈るとなると……うむ、やはり桜がいいだろうか」
 遠慮している間もまるでない。あれよあれよと思う間に、書棚から桜のスケッチが出てくる。そうして取り出してもらった絵を見せてもらえば、書籍のアートと比べても遜色のない出来映えに見えた。
「桜、それも染井吉野……ですね。本当に、いいのですか?」
「練習で書いたものだからね、特に使い道のないスケッチなんだ。これで喜んでくれる女性がいるなら、描いた身としては嬉しいものだよ」
「ありがとうございます。きっと千颯も――幼馴染も喜びます」
 なんて良い人なのだろうか。これは、是非ともアーサー氏のことも手紙に書かなければなるまい。などと思っていると、シャーウッド・ローズの図版から眼を離してミス・キャロリンが、桜のスケッチを覗き込んできた。
「チェリーブロッサム・ソメイ・ヨシノ……それがマサズミの、故郷の花なの?」
「春の、ほんのひと時だけ花を咲かせるんだ。花その物もだけれど、何よりも散り際がとても綺麗な花なんだよ。桜吹雪と言ってね、まるで雪が降るように花弁を風に乗せて散らすんだ」
「散るのが良いの? 不思議な花ね……」
 目をパチクリさせて、キョトンとしている。まあ、実際に見なければ分からないこともあるだろう。
「そうだ。見せてもらうばかりもでいるのも悪いから、わたしの故郷の花も見せてあげたいのだけれど……」
 期待を目に宿しつつアーサー氏を振り返るミス・キャロリンに、彼はしばしば悩むそぶりを見せた後、「まあ、かまわないよ」とて、小さく首肯した。あるいは、女性に甘いのかもしれない。
 して、シャーウッド・ローズは、名に薔薇ローズとついてこそいるもののバラ科の植物ではないらしい。淡い青色をした薔薇様の花を付ける未知の植物とのことで、茎に棘も無ければ、葉もシダに似た姿をしているようだった。一見して異形の植物であることは明らかである。
「葉も美しければ、青い薔薇のような花を付ける……なんとも不思議な植物ですね」
 美しいが、それだけではない。怪しい魅力をもった植物だということが、図版だけでも分かった。またアーサー氏がこの花に魅了され、それ故に持ち出してしまったのだろうことも、理解ができた。否、理解できてしまった。
「魔力、に……似た物を感じるわね」
 声がして、振り向けばコレット女史が立っていた。
「……魔力、ですか?」
「図版だけでも分かるわ。この花は特別よ。魅了されたら最後、欲しくてたまらなくなってしまう……そんな蠱惑的な魅力を感じるわ。ミスター・アーサーは、薬効だのなんだのと理由を付けていたけれど、持ち出した理由を推察していいなら、単に、植物に魅了されただけ……なのではないかしら?」
 コレット女史の視線を受けたアーサー氏が眼を逸らした。肩をすくめて、図版に手を伸ばす。
「わたしは、一部のプラント・ハンターがするような、過激なことをした覚えはありませんよ。おかしな憶測はやめていただきたいものですな」
 ミス・キャロリンの手からシャーウッド・ローズのスケッチを取り上げたアーサー氏は、図版を折り畳むとそのまま書架の方にすたすたと早足に近付いては、棚に収めてしまった。
 一部のプラント・ハンターがする過激なこと――森を焼くなどはしていない、ということだが、一方では、その場に有った株をすべて持ち去っているわけで。そうした行為は、過激とは言わないのだろうか。
「まだ見たかったのになぁ……」
 ミス・キャロリンの恨めしそうにする声が、広いサロンに小さく響いた。

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