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4その6
しおりを挟むミリアとミス・キャロリンが出て行って五分ほどが経った頃だろうか。割れたグラスを片付け終えたフレッド氏がテーブルの傍で微動だにせず待機していることに、「これが執事か」と千早が感心していると、窓の外で、何かが――例えば葉の擦れるような――ガサッという物音が、聞こえたような気がした。
「警部、件のロビンフッドでしょうか?」
「ん? 何かあったかね?」
立ったまま二個目のサンドウィッチを頬張っているグラント警部は、どうやら気付いていないらしい。あるいは、気のせいだったろうか。
そうして思えば、物音を気にして耳を傾けている今は、カサカサと枝葉のさやぐ音が絶え間なく聞こえている。どうやら外では風が吹いているらしい。ともすれば、先程の物音も突風によるものかもしれなかった。
目を凝らして窓外を見ても、眼前の枝に人影があるようには見えない。
「気にし過ぎ……だったかもしれません」
「奴はノッティンガムシャーに行っておるのだ、来るとは限らん。だから、そう気を張らんでも良かろう」
「グレン。警部殿がそう暢気に構えているのは、いかがなものかしらね?」
パイプを咥えつつ、マギエラが揶揄う。
――と、窓外で何かが光った気がした。
何だ? と思う間もない。ただ覚えた違和感から無意識に抜刀するのと同時に、出窓のガラスを粉々にしながら突き破って「何か」が飛び込んできた。直後、刀身に衝撃を感じて、その「何か」が、刀に触れたのだと理解する。
その「何か」を、目線で追うことなど叶わなかった。遅ればせながら振り返れば、小さな矢が、アーサー氏の傍ら――ビーフシチューの入った器のすぐ横に付き立っていた。刀に触れていなければ、ラタンの背もたれを貫通して、彼の背の何処かに刺さっていたことだろう。
「きゃっ!」
とコレット女史が悲鳴を上げている。彼女は、アーサー氏の斜向かいに座っていたのだ。矢の飛距離次第では危うく当たる処である。あるいは、矢の軌道を逸らした千早のせいであろう。
「す、すみません。怪我は――」
「それよりチハヤ、外は?」
マギエラに促されて我に返る。そうだ、矢が飛び込んで来たということは、今まさに犯人が外に居るということだ。
粉々に砕け散った出窓に近寄って眼前の枝を見れば、犯人らしき男の姿は、影も形も無かった。既に逃げたようだ。しかし、裏を返せば次が飛んで来ることは無いということである。
と――、上で何やら物音がした。ドン、と何かが床に当たる音に続いて「ひゃっ」という悲鳴が続く。ミス・キャロリンに何かがあったらしい。
「警部!」
「うむ、何かあったようだな」
「チハヤ、キャリーをお願い! わたしは外を捜すわ。グレンは警官隊に注意を促して!」
グラント警部の返事を待たずに駆けだしたマギエラに倣って走り出せば、背後からは「お、おい!」と不服そうな警部の声が聞こえたが、構ってもいられない。
階段を上って、サロン直上の部屋を目指す。
あっという間に部屋に着く。一旦落ち着くため納刀をしつつ、戸を開ければ、尻もちを付いたミス・キャロリンの姿が目に飛び込んできた。彼女の左右を見回しても、犯人らしき男の姿は無い。
「いったい、どうし――」
「きゃーっ!」
駆け寄ろうとして、悲鳴を上げられてしまう。見れば、ミス・キャロリンはコルセットにドロワーズ、そして傍らにはハーフ・クリノリンに似たバッスル――要するに、下着姿だったのである。ドレスが染み抜きの最中にあることを忘れていた。
慌てて眼を逸らす。
「ご、ごめん」
「い、いえ……あの、大丈夫です。すみません」
そう言われたが、部屋から出て廊下から声を掛けることにした。
「何があったの?」
「木の上に、人がいたんです。それで驚いて転んだだけで……本当に、なんともありませんから」
「怪我はない?」
「はい、ちょっと腰を打ちましたけど、それだけです。あ、バッスルが少し壊れてしまっていますね……けど、本当にそれだけです」
バッスルが壊れるとなると、結構な勢いで転んだようだが、それでも怪我がないなら何よりだ。少しだけ安堵する。
「それで、犯人の顔は見たのかい?」
「小さな、フードを被った男の人のようでした。けど、顔までは……」
見ていない、と言うことだった。
まあ、着替えを待っていたのだし、下着姿であったとなれば無理もない。
そこへ、黄色のドレスを手にしたミリアがちょうど現れた。
「あら、どうしたの? 覗きだなんて、マサズミらしくもないわね」
ロビンフッドの襲撃を知らない彼女は、いかにも呑気なものだった。
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