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4その8
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サロンに戻れば、すでにマギエラの姿はあったものの、グラント警部の方は見当たらなかった。今も警官隊に指示を出しているのだろう。
各々の様子はと言えば、コレット女史は、暖炉の傍に椅子を持って行って暖を取っているようだった。アーサー氏は、次の弓を恐れてか書架の傍に腰掛けている。それからフレッド氏は、相も変わらずテーブルの隅に待機していて、執事然と変わりなかった。
また、先程まで料理の並んでいたテーブルの上は片付いているが、フレッド氏が片付けたのだろうか。今は、ただ一本の矢が突き立って残るのみであった。
「誰にも当たらなくて良かったわね」
言って、マギエラが矢を手に取る。長さは五十センチほどで、刃に至っては三センチも無い。弓がどの様な物か分からないから確かなことは言えないが、さして殺傷力のある矢には見えなかった。
「あまり強力な矢には見えないね」
「殺す気が無かったか、あるいは的確に首を狙える自信があったか……まあ、考えても詮無いわね。単に、携帯できる弓矢が小さかっただけとも考えられるから」
「毒は?」
マギエラがかぶりを振る。
「何も塗って無さそう。前回の襲撃でもそうだったようだし、都会は、田舎とは勝手が違うから、適当な毒の入手が出来なかったのかもしれないわね」
なるほど。
「殺意がないにしては、二度も襲っているのはどうなんだろう、とも思ったんだけど……毒が手に入らなかったという考え方もあるんだね」
「まあ、ただの推測だけれどね」
マギエラが肩をすくめている。あまり自信が無いらしい。
「外の様子を聞いてもいいかい?」
頷いたマギエラは、しかし次の瞬間には言葉を濁していた。
「様子と言っても……」
いわく、異変らしい異変の何ひとつが感じられなかったらしい。マギエラ自身が、蒸気機巧術によって造られた自動人形であるからして、人間よりも五感において劣る部分があるのは否めない、などと口にしたが、彼女の心情を思うとその是非の如何に拘わらず、首肯することは、千早には躊躇われた。
「揺れている木があった、とかも無かったのかい?」
「無かったわ。既に逃げた後だったのかもしれないし、どこかに潜んでいたのかもしれないけれど……とにかく、わたしの目や耳では捉えられなかったのよ」
ため息をついて、すっかり意気消沈しているマギエラである。そこへ、暖炉から離れてコレット女史が近付いて来た。
「あなたの目や耳が正常に機能しているのは、わたしにも分からない部分が多いの。なにせ、目を瞑っていても周りが見えるでしょう? 耳は収音機が機巧炉心に振動を伝えているとして、目に関しては、機巧炉心その物が身体を透かして物を見ている、としか思えないのよね……けれど、それにしては顔に目隠しを施すと物が見えなくなるし……」
なるほど。マギエラの構造に関しては、作者であるコレット女史にも把握できていない部分があるらしい。というか、である。
「そんな重大な話を、こんな場所でして大丈夫なんですか?」
小声で話しているとはいえ、誰が聞いているとも知れないのに。
「この子は機密だけれど、軍事的価値の一切は無いと判断されているから、特に知られても問題はないのよ。大量の思念歯車が必要だから複製も困難だし、ね」
ふとマギエラが頬を膨らませた。
「……何が言いたいのよ」
「いわゆる触覚――痛みや熱さを感じられないからと言って、目や耳までをも否定しなくても良いのよ、ってこと。特に、目に関して言えば見えていること自体が奇跡に近いのだし、目を瞑っていても見えるだなんて人間よりも優れていると言えるのよ。分かるでしょう?」
コレット女史なりに慰めている、といった塩梅だろう。言葉選びこそ不器用だが、傍目にも愛情が感じられる。
しかし……なるほど。これまでマギエラの見ている世界と、自分達――人間に見えている世界は、同様の物だと思っていたのだが、違っている可能性も有るということなのだろう。すると、これからはその点に気を配るなどして、少しばかり気を付けた方が良いのかもしれない。
少しだけ躊躇って、それから、先のことを思うと知っておいた方が良いだろうと思い訊いてみた。
「もしかして……暗いところが苦手、とかもあるのかい?」
目をパチクリさせて、マギエラが小さく頷いた。
「よく分かったわね」
「ほら、写真機で撮る時、暗い場所だと撮影にも時間が掛かるから……その、もしかしてと思ったんだ。それに、ほら。さっき襲撃のあった直後、僕に外を見るよう促したよね? エリーも傍にいたのに、さ」
「あら、うちの子をよく見てくれているわね」
コレット女史がニコニコして言う。揶揄っているというか、面白がっているのだ。
「師匠の思っているような関係じゃありませんよ」
「あら、そう? でも、ほら可愛いでしょう?」
可愛いし綺麗なのも認めるが、とにかく自分には許嫁がいるのだ。
「御巫家に顔向けできなくなるようなことは、するつもりはありませんよ」
「つれないのね」
残念そうに言うコレット女史だ。
と、ペチッと音がした。マギエラがコレット女史の頭をハタいたのだ。
「くだらない事を言ってないで、今は事件のことを考える時でしょうに」
「くだらない、って……あなただって女の子なんだもの、恋は大事よ?」
もういちどペチッと音がする。続く言葉は無かった。
各々の様子はと言えば、コレット女史は、暖炉の傍に椅子を持って行って暖を取っているようだった。アーサー氏は、次の弓を恐れてか書架の傍に腰掛けている。それからフレッド氏は、相も変わらずテーブルの隅に待機していて、執事然と変わりなかった。
また、先程まで料理の並んでいたテーブルの上は片付いているが、フレッド氏が片付けたのだろうか。今は、ただ一本の矢が突き立って残るのみであった。
「誰にも当たらなくて良かったわね」
言って、マギエラが矢を手に取る。長さは五十センチほどで、刃に至っては三センチも無い。弓がどの様な物か分からないから確かなことは言えないが、さして殺傷力のある矢には見えなかった。
「あまり強力な矢には見えないね」
「殺す気が無かったか、あるいは的確に首を狙える自信があったか……まあ、考えても詮無いわね。単に、携帯できる弓矢が小さかっただけとも考えられるから」
「毒は?」
マギエラがかぶりを振る。
「何も塗って無さそう。前回の襲撃でもそうだったようだし、都会は、田舎とは勝手が違うから、適当な毒の入手が出来なかったのかもしれないわね」
なるほど。
「殺意がないにしては、二度も襲っているのはどうなんだろう、とも思ったんだけど……毒が手に入らなかったという考え方もあるんだね」
「まあ、ただの推測だけれどね」
マギエラが肩をすくめている。あまり自信が無いらしい。
「外の様子を聞いてもいいかい?」
頷いたマギエラは、しかし次の瞬間には言葉を濁していた。
「様子と言っても……」
いわく、異変らしい異変の何ひとつが感じられなかったらしい。マギエラ自身が、蒸気機巧術によって造られた自動人形であるからして、人間よりも五感において劣る部分があるのは否めない、などと口にしたが、彼女の心情を思うとその是非の如何に拘わらず、首肯することは、千早には躊躇われた。
「揺れている木があった、とかも無かったのかい?」
「無かったわ。既に逃げた後だったのかもしれないし、どこかに潜んでいたのかもしれないけれど……とにかく、わたしの目や耳では捉えられなかったのよ」
ため息をついて、すっかり意気消沈しているマギエラである。そこへ、暖炉から離れてコレット女史が近付いて来た。
「あなたの目や耳が正常に機能しているのは、わたしにも分からない部分が多いの。なにせ、目を瞑っていても周りが見えるでしょう? 耳は収音機が機巧炉心に振動を伝えているとして、目に関しては、機巧炉心その物が身体を透かして物を見ている、としか思えないのよね……けれど、それにしては顔に目隠しを施すと物が見えなくなるし……」
なるほど。マギエラの構造に関しては、作者であるコレット女史にも把握できていない部分があるらしい。というか、である。
「そんな重大な話を、こんな場所でして大丈夫なんですか?」
小声で話しているとはいえ、誰が聞いているとも知れないのに。
「この子は機密だけれど、軍事的価値の一切は無いと判断されているから、特に知られても問題はないのよ。大量の思念歯車が必要だから複製も困難だし、ね」
ふとマギエラが頬を膨らませた。
「……何が言いたいのよ」
「いわゆる触覚――痛みや熱さを感じられないからと言って、目や耳までをも否定しなくても良いのよ、ってこと。特に、目に関して言えば見えていること自体が奇跡に近いのだし、目を瞑っていても見えるだなんて人間よりも優れていると言えるのよ。分かるでしょう?」
コレット女史なりに慰めている、といった塩梅だろう。言葉選びこそ不器用だが、傍目にも愛情が感じられる。
しかし……なるほど。これまでマギエラの見ている世界と、自分達――人間に見えている世界は、同様の物だと思っていたのだが、違っている可能性も有るということなのだろう。すると、これからはその点に気を配るなどして、少しばかり気を付けた方が良いのかもしれない。
少しだけ躊躇って、それから、先のことを思うと知っておいた方が良いだろうと思い訊いてみた。
「もしかして……暗いところが苦手、とかもあるのかい?」
目をパチクリさせて、マギエラが小さく頷いた。
「よく分かったわね」
「ほら、写真機で撮る時、暗い場所だと撮影にも時間が掛かるから……その、もしかしてと思ったんだ。それに、ほら。さっき襲撃のあった直後、僕に外を見るよう促したよね? エリーも傍にいたのに、さ」
「あら、うちの子をよく見てくれているわね」
コレット女史がニコニコして言う。揶揄っているというか、面白がっているのだ。
「師匠の思っているような関係じゃありませんよ」
「あら、そう? でも、ほら可愛いでしょう?」
可愛いし綺麗なのも認めるが、とにかく自分には許嫁がいるのだ。
「御巫家に顔向けできなくなるようなことは、するつもりはありませんよ」
「つれないのね」
残念そうに言うコレット女史だ。
と、ペチッと音がした。マギエラがコレット女史の頭をハタいたのだ。
「くだらない事を言ってないで、今は事件のことを考える時でしょうに」
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