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6その5
しおりを挟む「うーむ、少し遅いな……」
お茶に口を付けたグラント警部がそう呟くのとほぼ時を同じくして、トントントンと階段を下りる軽い足音が響いたかと思えば、戸が開かれた。
ミリアが顔を覗かせる。
「ええと、その……探したんですけど、居ませんでした」
「居ない、だと?」
部屋に戻るなり開口一番にミス・キャロリンの不在を報告したミリアに、少々大きな声を出して驚いた様子を見せたグラント警部は、そのまま顔をしかめて、小さく唸った。
怒っている、という感じでもなさそうだが……、
「居ないと困る感じですか?」
「うむ。実は……いや」
何をか言いかけて、かぶりを振る。「なんでもない」
ため息をついて椅子を立ったグラント警部の様子からは、少なくとも「なんでもない」だなんて雰囲気ではないように思えた。
「ミリア嬢。ミス・キャロリンの部屋に案内してもらっても構わないか?」
「えっ? あ、はい。それは、その……部屋の前までくらいなら大丈夫なのですけど……」
言い淀むミリアに、グラント警部が訝しげに眉を寄せた。
「む、何か問題でも?」
「レディーの部屋ですので、許可なく殿方を部屋に通すというわけにも……」
「友人としてではなく、ロンドン警視庁の警部として頼んでいる。ミリア嬢には無理を通してもらいたいのだが……」
「警部として、ですか……?」
途端に不安そうな様子で愁眉を寄せるミリアだ。彼女は、一呼吸をするほどの時間だけ躊躇ったふうに視線を左右に彷徨わせては、腰のシャトレーンに手を伸ばした。じゃらりとした鎖の先には、キーン夫人の信頼の証しである鍵がいくつも付いている。その中に、ミス・キャロリンの部屋を開けられる鍵も在るのだろう。
「家捜しだけは……その、遠慮していただけると、しがないメイドとしては助かるのですが」
「キミに責任が及ぶということだな。なるほど、承知した。扉を開けてもらうだけで構わない。部屋を荒らすような真似はしないと誓おう」
「でしたら……どうぞ。案内します」
こちらです、と戸を開けつつミリアが案内する。グラント警部が出て行けば千早としても手持ち無沙汰になるため、彼等について行くことにした。
して、ミス・キャロリンの部屋は、千早達の――マギエラとの共同部屋から、ちょうど真上にあたる部屋である。すぐ脇には、千早が寝泊まりしているのと同じ規格だろう物置部屋があるが、鍵を紛失しているらしいことを聞いていた。内側からなら施錠できるためピッキングさえすれば使えるようになるのだが、開錠したという話は聞いていない。
「ええと、ここの鍵は……」
これだったよね、と鍵穴に鍵を通して捻ると、ミリアはノックをしてから静かに、ミス・キャロリンが使用している部屋の戸を開いた。
グラント警部が戸の向こうに消える。その足取りは、警察らしく躊躇いも無ければ遠慮もない。
「椅子にテーブル、使い込まれたトランク鞄がひとつ、それから……オイルランプか。機巧は……まだ持っていないようだな。まあ、田舎から出て来たなら当然だろう」
警部に続いて部屋を覗かせてもらえば、ミス・キャロリンの部屋は、引っ越して来たばかりだから当たり前と言えばそうなのだが、物の少ない部屋である。また、隅にあるベッドには天蓋が掛けられていて、中の様子が見えないようになっている。
グラント警部が天蓋のカーテンを捲れば、着替えらしいドレスやコルセットなどの転がっているのが見えて、ミリアの手ですぐに閉じられた。
「こちらは、流石にマズいですよ」
「むう、そうか」
生真面目そうな顔で顎を掻いているグラント警部だ。
「……とにかく、たしかに居ないようですね」
千早としても、今更それを口にするでもない気もしたが、ミス・キャロリンの姿はどこにも見当たらない。
「みたいだな。ところで――、隣の部屋は確認したのかね?」
グラント警部がミリアを振り返る。すると、彼女は首を横に振った。
「鍵を紛失していて、使えないんです」
「ふむ、それは本当かね?」
グラント警部がこちらを振り向いた。
千早とて、その意図するところくらいは分かる。
現状を考えれば、警部がミス・キャロリンを疑っている――ないし重要参考人として探している――ことは明らかである。故に彼は、ミリアが友人を匿っているとでも考えたのだろう。しかし、だ。
仮に、ミス・キャロリンが倫敦のロビンフッドで、グラント警部の訪問を事前に察知していたならば、ミリアに頼んで開錠しておいてもらうことも出来ただろうが、あのマギエラが直前まで気付かなかったくらいである。故に、それはほぼ不可能であろう。あるいは、先程ミリアがミス・キャロリンを呼びに行った際に、錠前破りの腕前を披露したと考えられなくもないが、もしもあの場でグラント警部がミリアに付いて行ったならばと考えると、それはいささか事前準備に欠けると言うか、博打が過ぎるように思う。
以上のことから、ミリアがミス・キャロリンを匿っていないことは明らかだ。となれば、わざわざグラント警部の前で「ミリアは錠前破りが特技なのだ」などと吹聴する必要もあるまい。彼女の犯罪歴を警部の前で開陳するのはあんまりだ。
「……事実ですよ。先日ミス・キャロリンに部屋を貸す際にも、ミリアがそう説明していましたし」
「そうか……」
呟きつつ、部屋を出たグラント警部が隣の、物置部屋のドアノブに手を伸ばした。これを捻ったところで、戸はガタガタと音を立てるだけで開くことはなかった。
施錠されている。
物置部屋は、使われていない。
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